ケンからのお許しがでるまでに、半年かかった。
それから昼は山に入り下地作りに二ヶ月ほど。バーニーとアーリーは交代で、マットやらケットやらテーブルやらと必要なものを代わる代わる運んでくれた。
季節が変わらないこの地で、月日の流れを実感できるものはない。あっという間に思えた時間が実は一年近く経っていたのだと、後で思い、感慨深かった。
両親は、兄は、昌生をどうしているだろう、とこの地に来て初めて思った。
空には、青い星が浮かんでいた。

「後悔してるのか?」
ケンが背後から声をかけてくる。
「そういうわけじゃない」
ただ、少し、懐かしいと思う。元気かなと思い、元気に決まってると結論付けた。何があったとしても、何もできない。
「明日、どうする?」
潤はケンに向かって問い掛けた。
バーニーが迎えにきてくれることになっていた。正装して待っていろと動きづらそうな服を渡されていた。
「俺は、いつもと一緒。畑のやつらは待ってくれない」
椅子の背にもたれ、遠くを見るように視線をあげる。
アドニスには会わないつもりなのだと、潤は思った。
「何か伝えること、ある?」
きっと、それは一言や二言ですむことじゃない。
「きゃわん」
「きゃん、きゃん」
潤の問いかけに答えてくれたのは、二匹の小さな犬だったりした。
「何? お前らは何かあるの?」
足元で吼える二匹を潤は掌に乗せた。
「きゃん、わん」
「くーん、わうん」
何かを盛んに言っているようだけれど、いかんせん、動物語は分からない。
アドニスが宮を離れたら、バーニーやアーリーたち使用人は王宮に戻ることになったけれど、キアとフェイはケンのところへとアドニスが望んだという。
「分かったよ」
潤は頷いた。
実は、全然分かっていなかったけれど、何度繰り返されても分かるとは思えない。
ただ、この二匹も寂しくて、心配なのだと思った。
「ケンは?」
「別に」
気の無さそうな声をケンは出した。その声に潤は重さを感じた。
「明日は朝早いんだろ? 早く寝れば?」
ケンが寝室を指指す。
「ん、そうするよ」
潤は席を立った。
反対の立場だったら、自分なら普通の態度ではいられないと思う。今日、ぼやいたら、本気で殺されるだろうと思った。
「ありがとう、ケン」
感謝は限りなくある。けれど、この言葉を口にしたのは初めてだった。
潤が寝室に入ると、明りが消され、しばらくしてドアが開く音がした。それは、ケンが外へ出ていったのだと思った。

なかなか寝付けなくて、寝られないかと思ったのに、いつのまにか寝ていたらしい。ばさばさっと大きな羽の音にびくっとして起きると、外はまだ暗かった。
ノックの音が聞こえてきた。
「ケン? 潤さま?」
バーニーの声がした。
まだ寝衣姿だったけれど、ケンの声が聞こえなかったこともあり、潤はベッドから起きてそのままドアを開けた。
「バーニー、おはよう」
「おはようございます」
朝早いのに、いつものように身支度が整っているバーニーが丁寧に頭を下げる。
「ごめん。今起きたばかりなんだ」
「では、御支度が終わるまで外でお待ち申し上げております」
「あ、うん」
ケンは?と思う。そう思って部屋を見回すと、テーブルにスープ皿とパンが置いてあり、暖炉に小さな火がついていて、上に乗ったなべにはスープが入ってい た。
帰ってきて、スープを作った後、また出て行ったのかと思う。
バーニーを待たせているから、ゆっくりはできないと思ったけれど、せっかく、ケンが作ってくれたものだから、スープを少し皿に盛ると、口へ運んだ。
温かくて、甘くて、優しくて、何度教えてもらっても、同じ味にはできなかった。
まだ時間はかかるかもしれないけれど、この味を覚えていて、いつか同じものを作れるようになりたいと思った。

着替えを済ませて、外に出てもケンの姿は見えなかった。ついでに、キアとフェイの姿も見えない。
「よろしいですか?」
バーニーが馬車のドアを開けようとする。
「あ、ケンに」
最後に、挨拶をしていきたいと思っていた。
「ケンは、潤さまに、元気で。と伝えるように言われて、畑の方へ行きました」
「え、いつ?」
「先ほどですが」
バーニーはきょとんとしていた。
やられた、と思う。畑に入られてしまえば、捜すことは大変で、もう会う気はないのだと思った。
そうだよな、と思う。恋敵なのに、これまで散々助けてくれた。十分すぎるほどだと思う。
ケンが望むのは別れの言葉なんかじゃなくて、早くアドニスの元へ行くことだと思った。
「ん、分かった。バーニー行こう」
潤は馬車に乗り込んだ。地上から、ここまで来たのもこの馬車だったと思う。帰るわけではなくて、また新しい世界へ連れていってくれる。

ドアが閉まってゆっくりと走りだすと、ガラガラとする車輪の音に雑じって
「がんばれよ」
ケンの声が聞こえた。
声の方へ顔を向けると、家の影にケンは立っていて手を振ってくれていて、ケンの足元で二匹がくるくると回っていた。
ありがとう――――そう言いたかったのに、潤は声が出なかった。

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