「そんなことを考えさせてしまうのは、僕のせいだね」
アドニスが静寂を切ってぽつんと言う。
「僕が――――」
続けたアドニスが声を詰まらせた。
「どうしてお兄様はお一人で全てをかぶろうとなさるんですか?」
コリンの言葉は非難を含んでいるように聞こえた。
「あ、でも、それは……」
アドニスの言葉がしどろもどろになる。
「僕は自分も王族の一人だと思っておりますが、僕なんか必要ない、ということですか?」
「そんなことないっ」
アドニスが慌てたように顔をあげると否定して頭を振った。
「それとも、王族の一人だというなら、何も言わずさっさと地上から子を産んでくれる人を迎いいれろ、ということですか?」
「違うっ」
アドニスは更に強く頭をふった。

「お兄様が僕に直接話してくれることはできないとしても、バーニーもアーリーもケンも、なぜ、一言も言ってくれなかったのですか? このまま、もし、お兄 様が命を落としたとしたら、僕は一生悔やまなければいけなかったでしょう。そうなることを、みんなが望んでいたのですか?」
「それは――――」
アーリーとケンが揃って声をあげた。
「確かに、僕はわがままで自分勝手でみんなを心配させばかりいて、僕なんかに任せられないと思う気持ちは分かります。でも、僕もこの地が大切で、好きで す。守るために自分が役に立てるのならば、それを拒む理由はありません」
「違うよ、コリン。誰も、コリンのことを信用してないわけじゃないんだ。ただ――――」
アドニスは身を乗り出すようにして、テーブルに手をかけた。
「だから、それが信用していないのでしょう? 違いますか?」
コリンの言葉に応えるように、アドニスが手を拳に握る。
「でも……」
コリンから逸らすようにアドニスは顔を伏せた。
「王族の果たすべき義務は子を残すことだけはありません。この地を守り、皆を守ること。そのためにある力をお兄様は、ご自分で無駄にされるおつもりです か? お兄様が生きていればこの先何年も得られるだろう、温暖な気候や豊かな土壌を、僕たちは諦めなければいけないのですか? 」
「でも、僕は――――」
「この地も、皆のことも関係ないと、そうおっしゃるのですか? 」
コリンの声は寂しげだった。
ふっとアドニスはケンが見あげた。
「僕は間違っていたのかな……」
悲しげに言葉にする。
潤はつくんと胸が痛んだ。アドニスにとって、一番なのはケンだと思った。誰よりも信頼している。
「それは分からない……けれど、そんなお前だから、俺は命をかけても惜しくないと思うよ」
ケンが語りかけるようにアドニスに言う。アドニスの全てを肯定した言葉だと潤は思った。何があっても付いていく。ケンにはきっとその覚悟がある。

「僕は――――でも、僕は自分が許せない――――」
アドニスが声を絞り出すように言うと、両手を握りしめて顔を伏せた。アドニスの手は小さく震えていた。
「そんなに、神殿に入りたければ神殿に入ればいい。そして一生神に祈りつづければいい」
ケンが言う。
「ケンっ!」
潤は思わず声を出していた。アドニスが気持ちを変えようとしていて、それをケンも望んでいたはずだった。
「僕はそうしようと思っていた。でも、それじゃ――――」
一生といっても、それは酷く短い時間でしかない。
「潤はお前に付いていくそうだよ。俺が生きるための術を潤に教え込んでやるよ。あの山の上に畑を作っちゃいけないとか、生き物を飼っちゃいけないなんて決 まりないだろ?」
「ありません。僕が作らせません」
コリンが後ろを向いて、ケンに答えた。
「――――みんな、お前に生きていて欲しいんだよ」
ケンの言葉に、アドニスは顔を伏せ肩を震わせた。



黒い紙の上に小さなダイヤをちりばめたような空は月は大きな顔をしているのに、いつも見えていた青い星が見えなかった。
コリンに守られるように、アドニスはアーリーと宮に戻り、土いじりなどしたことない潤は、ケンに一から教えられて、もう二週間が過ぎた。
「いいのか?」
ケンが後ろから声をかけてくる。
「ん」
空を見上げながら、潤は答えた。
「でも――――」
ひとつ気になることがある。
「どうした?」
すぐ後ろにケンの気配を感じた。
「俺でいいのかな」
その疑問はきっと解けない。
「お前しかいないだろ? あの神殿に入ることができるのは、王族のものとその者に永遠の愛を誓ったものだけだ」
――――永遠の愛?
「俺、誓ってないよ」
そんな仰々しいもの誓えない。
「じゃ、帰るか? まだ間にあうんじゃないか?」
「嫌だ」
それだけは、どうしても嫌だった。
「何が不満なわけ? 代われるもんなら俺は代わりたいよ」
ケンがため息をつく。

不満というのは違うと思う。
「不安なんだ」
俺でいいのか?
ケンの方が適任だと思う気持ちは無くならない。
「何が?」
「だから、俺でいいのかって、適任なのは――――」
突然後ろからケンに口を塞がれた。
「お前、俺に殺されたい?」
ケンが体に腕を回しぎゅっと締め付けてくる。それが愛情の印でないことは分かっていた。
わがままだよな、と思う。アドニスは、何も言わなかった。それは承諾だと、あの場にいた誰もが思ったと思う。
それはアドニスは誓ったということだ。
「い……」
ケンの腕は緩むことなく締め付けてくる。ケンが本気になれば、骨をも砕いてしまうだろうと思った。けれど、ケンは絶対そんなことはしない。そう思う気持ち はあった。
「っ……」
ゆっくりとさらにきつく締め付けてくる。骨がぎしぎし文句を言う。いつまでこんなことと思いながら、意識が遠のいていきそうになった。
もしかして、本気?――――そう思った時、ぎゅっと締め付けていたケンの腕からふっと力が抜けた。
「お前、贅沢だよ」
ケンが耳元で呟く。
「ん」
この人は自分より遙に長い間アドニスを見てきた。自分がしたのはその人を途中から掻っ攫うようなことだ。
「アドニスは、守るよ」
何があっても。
「……頼んだぞ」
愛する人を委ねる祈りにも聞こえたそれは何より辛い言葉だろうと潤は思った。

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