「で、どうする?」
ケンがアーリーに視線を向ける。
「……とりあえず、お探ししないといけないと思っただけで、何か案があるわけではございません」
アーリーはバーニーとは違い、ケンにも丁寧な言葉を使っていた。
「あまり動き回ってデータスさまの目に触れるのも、賢いとは思わないな」
「はい。私もそう思います」
「アドニスの承諾は後でもらうとして、先に動くか」
ケンが何でもないように言う。
「いいの? そんなことして」
潤は思わず声がでた。アドニスを蔑ろにして言い訳がない。
「アドニスの承諾はお前が取るんだよ」
「俺は――――そんなこと」
できる自信はない。
「やってもらわなきゃ困るんだ。俺はアーリーと相談があるから、お前はアドニスの寝顔でも見ながら考えろ」
言い捨てるように言うと、ケンはアーリーと共に家を出ていった。

「そんなこと言ったって……」
一番難しいことを押し付けていったような気がする。ケンやバーニーの言葉に耳を貸さないやつがなんでついこの間知り合ったばかりのやつの言うことを聞くん だと思う。
それでも、やらなきゃいけないらしい。
潤は小さくため息を零すと、寝室の入り口に立った。
アドニスが顔を向けてくる。
「起きてたんだ」
潤はゆっくりとアドニスに近づいた。
「ん……」
アドニスは小さく頷く。
「休めた?」
ベッドは違うから宮のようにぐっすり眠ることはできないだろう。けれど、体力が回復しないと宮へも帰ることができないようだった。
「ん……」
アドニスの視線は遠くを見ていた。
「みんな心配しているよ」
潤はベッドの縁に座ると、そっとアドニスの髪に触れ、撫でた。アドニスに触れているとそれだけでほっとする気持ちがあった。
「僕のことなんか……」
潤の手を避けるように、アドニスが体を捻る。
「一番大事な役目を果たせないのに、心配なんかすることないんだ。いっそのこと、詰なじってくれた方がどれだけ楽か分からない」
苦々しく言う。
「本当にそう思うのか?」
問いにアドニスの答えは無かった。
「安心していいよ。潤はちゃんと帰してあげる。僕の傍にいてよ。絶対守るから」
背を向けたままアドニスが言う。
そんな体で? と潤は思った。
一度使いきってしまった気力が元に戻るまでどれほどの時間が必要かは分からない。
支えてあげたくなってしまうほど、今のアドニスは儚げに見えた。最初に会ったアドニスとは違う。

「俺、帰らないよ。ずっと、お前の傍にいる」
帰りたくない。帰れない。アドニスを目の前にして本気でそう思う。
「ケンが何を言った?」
「色々教えてくれた。一言じゃ言えないよ」
ケンだけじゃない。バーニーも。
「潤が気にすることはないよ」
「違うよ」
「何が?」
「俺はアドニスがどういう立場にいるかなんて考えてない。ただ、俺が傍にいたいと思う。それだけだよ」
自分ができることなんて何もない。けれど、だからといって忘れるなんてできない。
「潤――――」
上半身を起こしながら言いかけて、アドニスが家のドアへ視線を向けた。
コツコツとドアをノックする音が聞こえてきて、口を噤む。
誰か来たのか、まさか――――そう思いながら、潤は動けずにいた。
こんな時にケンがいない。自分には立ち向かえる術がない。
アドニスも潤と同じことを考えているのか、ドアへ視線を向けたまま動かなかった。
もう一度ノックする音がして、その後きいっとドアがゆっくり開く音がした。
どうしよう、そう思って見回した潤にクローゼットが目に入った。とりあえず、アドニスを隠さなければいけない。
「ケン、いないの?」
聞こえてきたのは知らない声だった。
咄嗟に潤はアドニスを隠すようにベッドの脇に立った。今更音もたてずにクローゼットに隠れることもできない。力を持たない自分には対抗できるものがない。
けれど、最悪の場合でも向こうはアドニスの命を狙っているわけじゃない。自分が素直に従えば、コトはそれですむはずだ。
「ケン? まだ寝てる?」
怪訝そうな声が近づいてくる。
自然と手はアドニスを守るように伸びた。
「大丈夫だよ」
アドニスが背後から声をかけてくる。
知っている人?
そう訊きたかったけれど、その人物はもう寝室に入り口に来ていた。
「きみは?」
不思議そうな顔をして潤を見てくる。歳は同じくらいだろうと潤は思った。少なくとも、アドニスの父親本人ではなかったらしい。けれど、王宮からの使者かも しれない。
「怪しいものではないよ」
答えられなかった潤の代わりに、後ろからアドニスが答える。
「お兄様?」
そいつは、更に不思議そうな顔をして潤の後ろを覗きこもうとした。
「大丈夫だよ、潤」
アドニスの手が背中に触れる。
アドニスがそう言うのならと潤が体を避けると、そいつは、アドニスに向かって膝を折り頭を下げた。
「まさか、お兄様がいらっしゃるとは思いませんでした」
顔を伏せたまま、言葉にする。
「コリン、そんな堅苦しい挨拶はいいよ。ここは王宮じゃないのだから」
アドニスはケットを剥ぐと、足を床へ下ろした。
「お前がケンに用事があるなんて、いったい何が……」
アドニスが続けた。
「ケンではなくて、お兄様に――――直接はお会いできないと思いましたので、ケンに伝えてもらおうと思いました」
「僕に?」
アドニスが意外そうな声を出す。
「はい」
コリンはもう一度深く頭を下げた。
「向こうへ行こうか」
アドニスが居間を示す。
「はい」
コリンは頷くと、立ち上がった。


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