「それは、俺の出した条件を飲んだってことか?」
ケンがうかがうような声を出す。
「ん。そうだよ」
たとえ、アドニスがどう思おうとなれるなら力になりたいと潤は思った。
「一時的な同情なら、やめた方がいい」
「けしかけたのはそっちだろ? なんでそんなこと言うんだよ」
望み通りの答えを出したのに、突っかかってくる意味が分からなかった。
「俺はもう、アドニスが悲しむ姿は見たくない」
「じゃあ、お前が一緒に居てやればいいだろ。アドニスが一番頼りにしているのはあんただ!」
アドニスがどれほどケンを信頼しているかは、嫌になるほど分かる。自分でいいのかという思いだってある。
「俺でいいのなら、とっくにそうしてるさ……」
声が宙に消えていく。そんな儚さをケンの声から感じた。
「ごめん……」
潤は自分でも分からずなぜか謝っていた。
きっと、アドニスの傍にいるのはケンの方が似つかわしいのだろう。自分のどこをアドニスが買ってくれているのかは分からないけれど。感じる思いはあった。


「夜が明けていくよ」
雲が薄い紫色になっていく。
「お前はここに残るというのなら――――」
ケンは一旦言葉を止めた。
「ん」
先を促すように潤は相槌を打った。
「一緒に生きていくと、アドニスに言わせろ」
「できるの?」
生きていくことが。
「ああ、アドニスがその気になるのなら」
「のうのうと生きてはいけないと言ったのはケンだよ」
ケンの言うことは矛盾しているような気がする。
「ああ、一生神に仕えてもらおう。ずっと、ずっとな」
「そんなことができるの? 信じていいわけ?」
神殿に入ったら外界のものは絶たなければいけないという。
「ああ。だから、どんな方法を使ってもいいから、アドニスにうんと言わせろ」
どんな方法を使ってもいい?
そんなことは言われても、浮かぶものはない。
「お前も、ただ死には嫌だろ」
ケンが続けた。
「そうだね」
今はまだ。

潤が窓の外を眺めていたら、遠くの空に影が見えて、それは人の形になっていった。
「バーニーかな?」
潤が呟くと、背後に近づいてくるケンの気配を感じた。

家の前に降り立った人は、窓から見ていたことに気づいたらしく深く頭を下げた。
「アーリーだ」
後ろでケンが呟いた。
――――え?
まあ、どちらと言われても区別はつかなかった。
背格好から顔から髪型から髭まで、潤には寸分たがわず同じに思える。
ドアをノックされる前に、ケンがドアを開けた。
「アドニスならいるよ」
用件も訊かずに答える。
「……それは――――」
言葉の後、ほっとしたようなため息が聞こえた。
「寝てるから、静かにな」
「はい」
丁寧な返事が聞こえてアーリーが部屋に入ってくる。潤に気がつくと、アーリーはまた深く頭を下げた。

「なんか、俺の所為で大変なことになったみたいで……ごめん」
大人しく宮にいれば、バーニーをあれだけ疲れさせることもなければ、アドニスにあんな心配をかけなくても、アーリーにわざわざご足労いただくことも無かっ たわけだ。
「いいえ、潤さまの所為ではありません。確かに朝起きられたときアドニスさまは酷く心配をしていらして、けれど、兄のバーニーが戻った時に、お知らせする こともできたのですから」
「あ、でも、俺が言って欲しくないだろうと思ったからじゃないの?」
どう伝えるかと訊かれたとき、ケンの名を出さなかった。
「それだけではありません。きっと、お伝えしたらすぐさまにも飛んでいかれるだろうと判断したからです。今、アドニスさまが宮を離れることは危険です。気 をつけていたつもりだったのですが、お休みになったと思った隙をつかれて……」
「そう、誰でも分かることが考えられないほど、あいつは頭ン中真っ白だったんだろう」
ケンが呆れたように言った。
「けれど、結果は同じでした」
「少し違ったよ」
ケンが得意げに言う。
「お前はよく分かっただろ。あいつの気持ちが」
ケンが寝室を指差した。
「分からないよ」
潤は即答していた。
「決めたのは、あいつの気持ちが分かったからじゃないのか?」
ケンが怪訝そうな声を出す。
「アドニスは関係ない。俺がそうしたいと思ったんだ。たとえ、アドニスには迷惑でも、俺は傍にいたい、そう今は思う」
「今は? いいのかそんな一時的な感情で。後悔しても知らないぞ」
「一時的かそうじゃないかなんて結果論だろ。今は離れたくない。それしか言えないよ。先のことなんて分からない」
「どうすんの? 後悔したら」
「後悔するさ。それだけだよ」
「それだけ?」
「選んだのは俺だよ。誰の所為でもない」
ケンを見やると、ケンがひゅっと小さく口笛を鳴らす。
「かっこいいな、お前」
「そんなんじゃないよ――――」
かっこよくなんかない。何も考えていないだけだと思う。後悔したらどうするのか、そんなことも。
アドニスのように、頭の中が真っ白なのかもしれない。
自分が傍にいることでアドニスを救えるなら、それ以外選ぶ道はないと思った。

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