「ケンが言った通り、アドニスは俺を帰したら命を絶つつもりなのかな……」
スープを口に含むバーニーに向かって潤は問い掛けた。
そんなことはあって欲しくないと潤は思う。
「そのつもりでいらっしゃると思います」
バーニーの声は穏やかだった。
「いいの? それで?」
一番傍にいて、忠誠心もきっと半端じゃないと思えるのに、なぜ、そんなに平気でいられるのだろうと思う。
「良い訳がありません。けれど、どうしろとおっしゃるのですか?」
反対に訊かれて、潤は困った。
「アドニスさまは必要な方です。潤さまがご存知のはずはないのですが、この地は王族の力で守られています。アドニスさまがお産まれになる前は不安定な状態
になることも時にございました。雨が降らない、降り過ぎる。空気の流れの調節が少しずれるだけで、昼と夜の周期が変わってしまう。王族以外の力あるものが
支えることも致しますが、アドニスさまのお力はお一人だけでこの地を守ることができるほど大きいのです。居ていただくだけでよい方なのです。なのに、ご本
人は自分は自分の力を分かっていらっしゃらない」
「……教えてあげればいいんじゃないの?」
分からないなら。
「自分にとって当たり前のことは気づかないものです。そのことよりも、自分が後継ぎを残せないであろうことに酷く心を痛めていらっしゃいました」
それは、そうなのだろうと思う。
「でも、どうなることでもないだろ」
意志でどうこうできる問題じゃない。
「第一王子である立場から軽はずみな行動を取ることはできません。自分が後継ぎを残せないと知れることは不安を巻き起こすだけにしかなりません。ですか
ら、アドニスさまは少しの可能性を信じて待っておられました」
「可能性?」
「コリンさまにはお世話をする方がおります。その方との間にお子様ができることを、です」
それは、ケンが言っていた決まった人のことだろうと、潤は思った。
「でも、王族は力があるものとの子はできないんだろ。なら、ここに住んでいるやつに王族の子を産めるやつはいないってことだろ?」
力を持つものが天に昇ったと言っていたはずだ。地上から人を連れてくるのは力のないものがこの地にいないからだと思っていた。
「愛するものとの別れを望まない者で地上に残ったものも居ます。同じ様に、力のないものでも天に昇ったものもいます」
「じゃあ、捜せば力を持たないものがここにいるってこと?」
きれいにすぱっと分かれることなんてない。思えば歴史の中でもそんな場面があった。
「捜さなくても、ケンは力を持ちません」
「あ……」
そう言えば、と思う。例えば、アドニスやバーニーなら力を使うであろうところでケンは力を使わなかった。
「ただ、力を持たないものも純粋の血を維持してはいないだろうと思います。過去に王族のものが夜伽のために囲ったもので子を成したという記録はありませ
ん。あるかもしれない。けれど、それは、ひどく小さな期待でしかありません。現に、コリンさまがサライさまを迎えてから五年以上が経ちますが、お子様がで
きたとの報告はございません」
「だから、アドニスは――――」
自分が犠牲になるしかないと思ったのだと思った。
「何も理由がなく事を起こすことはできません。神獣が誰も選ばなかったとしたら、それはそれだけで理由になります」
「だけど、フェイは俺を選んだ」
選んだのかどうかは疑問だった。ただ出会って、けれど、それも縁だったのかもしれない。
「私はもしかしたら――――と思いました」
「何?」
「潤さまがアドニスさまを救ってくださるかもしれない、と」
そうできたらいいと、思う。
「――――ごめん。俺にはそんな力はない」
アドニスが要求してくることは、叶えられないことだ。
「けれど、一度は救って下さいました」
「俺、何もしてないよ」
ただ、飲んで食べてぐーたらして、考えれば最低だなと思う。
「アドニスさまは覚悟を決めていらっしゃいましたから、その日のうちに潤さまを地上を帰されることもできたはずで、そうこちらも覚悟しておりました。けれ
ど、アドニスさまはそうなさいませんでした」
ケンもそう言っていた。わざわざそういう日を選んだと。
「なんでだろ……」
分からない。一人置いて、アドニスはケンのところに来ていた。
「神獣が選んだものに、歴代の王は心を奪われたと聞きます。私はデータスさまのお傍におりましたが、アドニスさまの母上であるトモコさまには宮にいるとき
には片時も離さないほど愛情をかけておいででした。帰られた後も部屋を残され、時間さえあれば部屋で物思いに沈んでいらっしゃいました――――私個人の推
測ですが、データスさまが二度地上から呼び寄せたのは、もう一度トモコさまにお会いになりたかったからではないかと思っています」
「え? それで?」
同じ人を呼べる?
「残念ながら、トモコさまではありませんでした。それなりに愛情をかけられていたと思いますが、我々から見ればデータスさまの落胆を感じることができまし
た。尚いっそう、アドニスさまには愛情をかけられましたし……」
「それが、全てアドニスの負担になっていったんだね」
自分の力ではどうにもできないことで。
「女性に興味を持たれる節のないアドニスさまにデータスさまは心配をし、それをケンの所為にしてケンを宮から追放しました。そして、神獣の選んだものが気
に入らないわけがないとアドニスさまに説教しておられました。早く孫の顔を見せて欲しいと言われ、それでもアドニスさまは、はぐらかしておいででしたが、
もう
コリンさまに期待をかけてはいられないと思われたのでしょう。それでも、最後まで悩んでおられました。もしかすると、神獣が選んだものには惹かれるのかも
しれない、と。けれど、アドニスさまが使わしたのはフェイでした」
「でも、俺はアドニスの心なんて奪えなかったよ」
息が詰まる――――と言ったアドニスの言葉が思い出される。苦しそうに聞こえた声に絶望感に似たものを感じた。
「そうでしょうか?」
バーニーまで否定した。
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