「じゃあさ」
潤はケンの顔を覗き込んだ。
「何?」
ケンが怪訝そうな顔をする。
「俺が、アドニスに永遠の愛とやらを誓ったら……どうなんの?」
それで、アドニスを救うことができる?
「生贄、っていうのはどういうことか知ってるか?」
「それは、何かに命を捧げるってことだろ。神さまとか、妖怪とかに」
そういうことでしか知らない。
「ここでは、神殿に身を捧げるってことだよ。外界との繋がりを断ち、命ある限り神に祈りを捧げることだ」
「もしかすると、俺に、アドニスと一緒に神殿に入れってこと?」
「察しがいいな」
ケンがふっと笑う。
「でも、それじゃ、アドニスを救うことにはならないだろ」
自分がいたところで何の役にも立たない。
「一人じゃ……寂しいだろ?」
ケンの声が酷く悲しげに聞こえた。
思わず潤は顔が歪んだ。それじゃ、絶対にアドニスを助けられない、ということだ。
「あ、でも、そんなこと……俺じゃだめだよ。アドニスは俺と居ると息がつまるって言っていた。俺なんか居ても、不快なだけだよ」
潤が頭を振ると、ケンが呆れたように息を吐く。
「……本当にそう思うなら、地上に帰ればいい」
でた言葉は突き放されたような言い方だった。
「なんで、そんなこと言うんだよ。俺は、アドニスのことを考えて――――」
潤は言葉が詰まった。
救えないのだろうかと思う。あのきれいな柔らかい笑顔を守ってやりたい、と思った。
「俺は、この後に及んで、まだお前を巻き込むことに迷ってる。アドニスを救えると思う方法は、お前に地上での生活を捨てろということだ。もう二度と帰るこ
とはできない。どれほど会いたいと思う人がいても会うことはできない。そんなことを要求していいいのか分からない」
もう、会えない? 親にも友達にも?
けれど。
「救えるの?」
「たぶん、な」
救える?
「会えないというなら、同じことが言えるよ。帰ったら、もうここで出会った人とは会うことはできない」
アドニスにも、バーニーにも、ケンにも。
「でも、記憶は消されるだろ?」
潤は返す言葉がなくて、俯いた。
「まだ時間はある、考えてくれればいい。ここに残ってもお前の得になることは何もない。ただ、アドニスがどうのこうの、と言うなら一つだけ教えてやるよ。
ここはだいたい15日周期で月の周りを回っている。お前がここに連れてこられた日は、一年に一度だけある二日続けて地球が月の影に入る日だった。アドニス
がその日を選んだのは、誰かが選ばれたとしても、すぐに地上へ帰すためだったと思うよ。でも、あいつはそれをしなかった。そればかりか、泣きそうな顔をし
て俺のところへ来た。そうさせたのはお前だ」
――――俺?
「じゃあ、俺は仕事に行くからゆっくり考えるといい」
残っていたパンを口に放り込むとケンは席を立った。
ケンが家を出ていくと、潤は大きく息を吐き宙を見上げた。
アドニスに何かしたっけ?
そう思えば思いだすのは抱かれたことで、自分はすごく良かったけれど、アドニスがどう思ったのかは分からない。意識はいつのまにか落ちていた。
「申し訳ありません。お話を聞いてしまいました」
誰もいないはずなのに声が聞こえて、潤が声の方へ顔を向けると寝室の入り口にバーニーが立っていた。
「少し休むつもりが寝てしまい、気がついた時にはお二人の声が聞こえてきて、どうしようにも……」
申し訳なさそうに顔を歪め、言い訳のように口にする。
「いいよ、それは、別に」
聞かれて困ることは何もない。かえって、バーニーも人なのだと安心した。そして、それほど疲れさせてしまったのかと、潤は申し訳なく思った。
「それより……お昼御飯まだだよね」
「あ、お気遣いはいりません」
「遠慮はいらないよ。と言ってもケンの家だけど。スープもパンも余っているから……スープ温めるよ」
バーニーの返事は聞かず、潤は席を立った。
「それは……」
バーニーが戸惑ったような声を出す。
「もし、時間があるなら、話をしたいのだけれど」
バーニーに背を向けながら、潤は訊いた。
バーニーは一番アドニスの近くにいた人だった。きっと、誰よりもアドニスのことは知っている。
「アドニスさまのことですか?」
「うん」
「私で、分かることなら」
「良かった」
潤がバーニーの方を見て笑うと、バーニーは笑いながらも少し困ったような表情を見せた。
自分でやると言うバーニーを押さえて、潤はバーニーの前にスープをパンを載せた皿を出した。
「申し訳ありません」
バーニーが恐縮したように頭を下げる。
「ここは宮じゃないんだから、対等な立場だよ?」
主人のアドニスもいない。
「いいえ、潤さまはどこへいらしてもアドニスさまの大事なお客さまであることは変わりません」
「あ、そう……じゃあ、とにかく食べながら話をしよう」
律儀というか誠実というか、寝起きだと言っていたのにタキシードにも撫で付けられているような髪にも顎鬚にも乱れは無かった。
「失礼します」
かしこまったように丁寧に頭を下げ、バーニーはスプーンを手に取った。
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