「ちょっと待てよ。なんであいつがそんなことするんだよ。そりゃ、無理矢理連れてきた責任を感じているのかもしれ ないけど、あいつが俺のためにそんなことをする義務はないだろ」
「嫌なのか?」
ケンが目が細めた。
「嫌だよ。嫌に決まってるだろ。誰かが自分のために犠牲になるなんて平気でいられるわけがない!」
アドニスが自分の身代わりになるなんて考えただけでもぞっとする。
「全て、アドニスが撒いた種だろ」
「なんで、そんな平気な顔してられるんだよ。恋人なんだろっ?」
訳わかんないやつだと思う。だいたい、自分の恋人に永遠の愛を誓えなんてどこから出てくるのか。自分が誓ってやればいいだろ、と思う。
「恋人?」
ケンがきょとんとした顔をする。
「そうなんだろ。初めて俺がここに来たとき、あんた達は――――」
その先は言えなかった。
キスをしていたのをはっきり見た。それから後の態度も、主人と元使用人とは思えない。この広大な土地を与えるほど、アドニスはケンのことを思っているはず で、ケンもまた同じなのだろうと思う。
「確かに、体の関係はあるよ。でも……恋人っていうのとはちょっと違うな」
ケンの答えに潤は胸がつんと痛んだ。
そうだろうと思っていたことでも、実際に知ってしまうとショックがあることもある。目の前のケンを見て、こいつはアドニスの肌を知っているのだと潤は思っ た。
「あいつにとって俺は使用人の一人に過ぎない」
「そんなことないだろ」
潤は思わず声をあげていた。アドニスが他の人に対してどんな態度を取るのかあまり知っているわけではない。けれど、ケンへの態度は明らかに他の使用人とは 違った。それに、アドニスが使用人の一人に過ぎないやつと体をあわせるなんてことは信じたくなかった。
「そりゃ、肌を重ねている気安さはあるさ。だけど、あいつの心の中までは入れない。誰もあいつの心の中には入れない、そう思っていたのに、違ったみたいだ な」
最後は呟くように言うと、ケンは立ち上がり、服についたくずを掃った。
「昼飯にしよう」
ケンはそう言うと天を仰いだ。

潤には気になっていることがあった。
「ねえ、太陽の位置って変わんないの?」
東から上がって西に沈む。それは常識のひとつだ。ここの太陽は空の真中にいつもある。朝も昼も夕方も。明るくなるときは雲に隠れていた太陽が姿を現すよう に、暗くなる時は何かに隠されるように段々と暗くなっていく。
「変わらない。自転はしていないからな」
朝焼けも夕焼けも見たことは無かった。
「じゃ、じゃあ、どうして夜があるんだよ」
太陽はどこに隠れる?
「ここは中を守るように周りに巡らされた厚い層がある。その層は常に回っている。昼と夜があるのも、気温がいつでも変わらないのも、空気が無くならないの も、全てその層があるお陰だ。夜と言われる時間は太陽の光を通さない層が地表を覆っている」
「へえ……」
「その層を維持し動かしつづけているのは、王族の力だ」
「は?」
「王族が絶えるということは、ここは人が住める土地ではなくなるということだ……行くぞ」
ケンは顔を向けると、潤に立つように促した。

スープとパンの昼食は質素で、けれど温かさを感じた。全て、ケンが自分の手で作ったものだった。
「アドニスは、あいつは、王族として一番自分がしなければいけないことができないんだ」
ケンがスプーンにスープをすくいながら言った。
王族が一番しなければいけないことは、後継ぎをつくることだろうと潤は思った。
「でも、弟がいるだろ。弟が継げばいいだけの話で命までどうこういう事じゃないだろ」
「まあね」
ケンは一口スープを飲むと、スプーンをスープ皿に放った。
「ただ、コリンさまには決められた人がいる」
「は? それなら、好都合なんじゃないの? 」
「王族は力を持った者との間で子供はできない、って言わなかったっけ?」
「あ、聞いたよ。でも、それなら、子供ができない人を決めることはないだろ」
決められた人というなら、全て条件を満たす人であるはずだ。
「まあ、色々あってさ。アドニスは小さい頃から父上のデータスさまに溺愛されていたし、持つ力の大きさに慕う者も多い。当然、待遇も全然違って、コリンさ まは自分は必要ないものだと家出されたことがある。その時、データスさまも後悔しておられた。自分の子供なのだから可愛くないはずはなくて、けれど、どう してもアドニスに向かってしまうお気持ちがあったのだろう」
ケンは小さくため息をついた。
「その時、四方八方捜しても見つからなかったコリンさまが戻ってこられた時、コリンさまは一人の少女を連れてこられた。その少女と添いたいとね。データス さまは一もニも なく了承された。それが、せめて今まで辛い思いをさせただろうコリンさまへの償いだと思ったのだろうと思う。その時、アドニスは15歳だった。自分は女の 人を愛せないかもしれないと気づいた頃だった。それがどういうことか分かるか?」
「あ、うん……」
潤は喉をごくりと鳴らした。
「それから、アドニスは自分はどうしたらいいのだろうとずっと考えていた。その結果が、神殿に自分の体を収めることだ。神殿の伝説は知ってるか?」
「あ、うん。たぶん……」
高い山の上に見えた建物を神殿だとバーニーは教えてくれた。
「王族を絶やさない、唯一の方法だと言われているからな」
「でも、そんなことが……」
伝説は伝説であって、実際に起こるとは限らない。
「あったと言われれば、信じるしかないだろ。結局、コリンさまが地上からの者を迎い入れることになるんだろう。けれど、だからと言って、のうのうと生きて いけるやつじゃないよ。アドニスは」
「そんな……」
潤は心臓をぎゅっと掴まれたような痛みを胸に感じた。

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