バーニーと共にケンの所へ向かいながら、潤はアドニスの力の大きさを感じた。
こんな事は口が裂けても言えないと思う。
バーニーが頼みを聞いてくれたことは嬉しかったけれど、空を飛ぶことはそんなに良いことではなくて、アドニスと共に宮へ帰った時とは全然違っていた。
「大丈夫ですか?」
地上に降り立ち、バーニーが心配そうに見てくる。
「うん、大丈夫っ!」
意識のし過ぎか思いっきりテンション高く答えてしまってわざとらしかったかな、と思った。少し頭が回っていたけれど、へらっと笑った。感謝の気持ちを込め
て、せめて自分ができることはこんなことくらいだ。
この間と同じく、ケンの家に裏に降りていた。
やっと明るくなってきたと感じられる時間なのに、既にケンは家の外にいた。
「これは、また、ずいぶん早く結論を出したんだな」
持っていた籠を置き、近づいてきたケンが驚いた顔をした。
「まだ、結論を出したわけじゃない」
潤は頭を振った。
何も分からず答えなんてだせるわけがない。
「じゃあ、なんで来たんだ?」
ケンが眉を顰める。
潤は思わず身を引いてしまった。彫りの深い整った顔立ちは時に怖く映る。
「ケン、申し訳ないが、家で少し休ませてくれないか」
背後からバーニーの声がして、ケンの表情がふっと緩んだことに潤もほっと息をついた。あんな顔で睨まれていたら、何も言えないと思った。
「ああ、好きに使ってくれていいよ」
ケンがバーニーに向かって言う。
「潤さま、私はこれで失礼してもよろしいでしょうか?」
ケンとは違いバーニーは潤には丁寧な口調で問い掛けてきた。潤が後ろを向くと、バーニーは静かに頭を下げた。
「あ、うん。ありがとう、バーニー」
頼んだのは連れてきてもらうことだけだった。
「お帰りは?」
問いかけられた言葉に潤は答えることができなかった。ケンに会って聞きたいことは山程あると思っても、それがいつ目的を達成できるのかわからない。
「こいつは、しばらく俺が預かるよ。別に宮にいる必要はないだろ、女じゃないんだから誰かに孕まされることは無いんだし」
ケンが助け舟を出してくれて、助かったと潤は胸を撫で下ろした。
「では、潤さまを地上へお送りする準備が整いましたら、お向かいにあがります。それで、よろしいですか?」
バーニーが潤に向かって、聞いてくる。
「……うん。分かった」
何も反論できることはなかった。帰らないと決めた訳ではなかった。
「では、失礼致します」
頭を下げると、バーニーは後ろを向き、ケンの家へと歩いていく。
小さくなっていくバーニーの背中を見ながら、
「あんまり、年寄りをこき使うなよ」
ケンはため息交じりに呟いた。
「……うん」
潤は素直に頷いていた。
空を飛ぶことがどれほど大変なことかは分からない。それも自分以外にもう一人連れてきたわけだ。楽なことではないのだろう。
バーニーの姿は少しよろめいているように見えた。
「でも、まあ。アドニスが大人しく連れてくるとも思えないけどな」
「うん」
ちゃんとケンには分かっていた。
「で、何?」
バーニーが家に入ったことを確認すると、ケンが顔を向けてくる
「聞きたいことがあるんだ」
そう、山程。それがここへ来た理由だった。
「俺に答える義務はないよ」
ケンの反応は冷たかった。
「でも、何も分からずに答えを出すことなんてできないよ」
後悔はしたくない。知っていたら違う選択をすることがあるかもしれない。
「なら、帰ればいいさ。そう言っただろ?」
面倒そうにケンが口にする。
「帰りたくない。帰れない!何も知らずに帰るなんて嫌だ!」
潤は段々口調が荒くなっていった。ケンしか頼れる人はいない。何の答えももらえなければ何のために来たのか分からない。
「記憶が無くなれば、そんなことも思わないさ」
しれっとしたようにケンは答えた。
「記憶が無くなるのも嫌だっ!」
潤が叫ぶと、ケンが呆れた顔をしてため息をついた。
「嫌だ嫌だって、まるで駄々をこねる子供だな」
ケンが力なく頭を振る。
「いいよ、それでも。嫌なものは嫌なんだ。誰だって進んで嫌な目になんて遭いたくないだろ」
「自分の家に帰ることが、嫌な目にあうこと、なのか?」
「違うだろ、俺が言ってるのは――――」
苛々してくる。きっと分かっているはずなのに、はぐらかしてくることが悔しかった。自分には何も対抗できるものがない。言われるままされるまま、抵抗さえ
できないこともある。
「俺達は――――」
ケンは言いかけて、一旦言葉を止めた。
「何だよっ」
面白くなくて潤は声を荒げた。自分達はいいだろう、全てが分かっているのだから。何も分からない苛立ちなど分かりはしないと思う。
「何も関係ないお前を巻き込みたくないと思う。その反面、助けて欲しいとも思う」
「助ける? 俺が?」
何の力もない。何もできることなんてないはずだ。
「話が長くなりそうだな。作業しながらでもいいか」
ケンが畑の方を指差した。
「……手伝うよ」
何もしないのは、きっと気が引けると思った。
「それは、願ったり叶ったりだ」
ふっとケンは笑った。
水撒きをした後、座ってできる仕事じゃないと話にはならないと大きなシートを敷いた上で、選別の仕事を始めた。
山になっている黄金色のふさふさした毛をたたえたトウモロコシを大きなものと小さなもの、傷があるものに分けていく。
「俺が助けられることって何?」
潤はもくもくと作業を続けるケンに問い掛けた。
「お前の聞きたいことから、聞くよ」
手を動かしながらケンが答える。
聞きたいことはたくさんあって、どこから聞いていいのか潤は迷った。一番大切なことから聞かないと、途中で答えを放棄されたらそれまでだ。
「……俺は生贄にされるんじゃないの? なんで家に帰れるわけ?」
そこに全てが隠されているような気がした。
「それが嫌なのか?」
ケンが顔をあげて不思議そうに目を見開く。
「別に生贄にされたい訳じゃないけど、アドニスは身を沈めるつもりだとあんたが言っていたことも気になった。アドニスが自分が命を失えば俺は自由だと言っ
た。俺が帰ったらアドニスは――――」
そんなことがあるはずがないと思う。
何の縁も義理もないやつを助けるために、自分の命を犠牲にするなんてことは考えられない。
「分かってるじゃないか」
ケンはあっけらかんと答えた。
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