「え、何?」
まさか、と思う。
体が光るということは今飲み込んだアドニスの放ったものが原因としか考えられなかった。
自分もアドニスと同じ力を持てた?
「大丈夫、だよ。一過性のものだから……すぐに収まるよ」
アドニスがゆっくりと息を吐く。
「え?」
すぐ?
それは、本当にすぐに結果になった。
ほんの一分あっただろうかと思う。柔らかな光は少しづつ暗くなって、すっと消えていった。
「ね」
アドニスが確認するように言う。
手に入れられるのかと思った力は一瞬のうちに消えてしまって、それは落胆になった。同じ力があればアドニスの思い通りにはさせないことができる。けれど、
それは夢だったらしい。
「潤……」
アドニスが静かに呼ぶ。腕が優しく体に回される。
「何も考えないで。ちゃんと帰してあげる。地上での平和な日々を約束するから」
ゆっくりと押し倒された体はベッドが受け止めてくれた。
「だから、潤……許して」
耳元でアドニスが悲しげに囁き、腕がぎゅっと抱きしめてくる。
許す? 何を?
何を許せばいいのだろうと思う。
連れてこられたこと?
そんなことを別に恨んではいない。
「じゅん……」
小さく呼ぶ声は掠れていた。一緒に寝息が聞こえてきて、寝てしまったのかなと思う。
体に絡まっている腕も重くなったように感じた。
潤はアドニスを起こさないように手を伸ばしてケットを掴み引き上げると体にかけた。
もう部屋に帰れとは言われないだろう。
「アドニス……」
腕をアドニスの背中へ回した。
このまま何もしなければ、記憶を消されて平凡な日常へ戻るのだと思う。
それでいいのか?
けれど、だからって何ができる?
眠りに落ちることができないまま、少し外が明るくなってきたことを感じて潤はそっとベッドを抜け出した。
音がしないようにそっとドアを開けて部屋を出て、自分の部屋へ戻ると着替えた。このまま家に帰るのが嫌なら、考えられることはひとつだった。
足音を忍ばせるように部屋を出ると、潤はバーニーの部屋へ向かった。バーニーは明日アーリーと交代すると言っていた。一度も顔をあわせたこともないアー
リーよりもバーニーの方が頼みやすい。アドニスに全ての忠誠を誓っているようなバーニーが頼みを聞いてくれるかどうかは疑問だけれど、それしか方法はな
かった。
使用人の部屋は別棟になっていた。回廊から脇に入る渡り廊下の先にそこはある。一度だけ宮のものを紹介するとアドニスに連れてきてもらったところだった。
まだ寝ているかもしれないと思ったけれど時間はない。アドニスが起きてしまったら終わりだ。
並んでいる部屋の中で、潤はバーニーの部屋の前に立つと、ドアをノックした。ドアを一度叩いて反応はなくて、もう一度ドアを叩いた。耳を澄ますと小さく応
答する声が聞こえて、潤はほっとため息をついた。
ドアが開きバーニーが姿を見せる。
驚いた顔をして、
「何か、御用でしょうか」
怪訝な視線を向けてきた。
「バーニー、朝早くごめん。頼みたいことがあるんだ」
バーニーしか頼める人はいない。
「私は――――」
バーニーが戸惑ったような顔をする。
「なんでしょうか?」
後ろから声が聞こえて、もう一人のバーニーが姿を現した。
「え?」
二人?
「初めてお目にかかります。アーリーと申します」
先に出てきたバーニーとまったく同じ顔が頭を下げる。
「え、双子?」
「はい。アーリーは私の弟になります」
バーニーが答える。
まるでクローンじゃないかと思えるほど、二人は似ていた。
「今日からアーリーの担当になりますので、今、引継ぎをしておりました。何か私に緒用がおありですか?」
「あ、うん」
潤が頷くと、アーリーは頭を下げて後ろへ下がり、バーニーと場所を代わった。まさか双子だとは思わなかった。アーリーがバーニーだと名乗っても絶対に分か
らないだろうと思った。
「どのようなご用件でしょうか」
バーニーの言葉はあくまでも丁寧で、それでかどうしても事務的に感じる。
「……お願いがあって」
潤は少し躊躇いを感じた。
「どのようなことでしょう」
バーニーが促す。
言うか、諦めるしかない。言って、聞いてもらえなかったところでそれまでだと思う。言えば、何もしないでいるよりできることはした、と少しは慰めになるだ
ろう。
記憶を消されてしまうなら、後悔するときはないのかもしれないけれど、記憶がある今、絶対に後悔すると思う。
「ケンのところへ連れて行って欲しいんだ」
潤はバーニーをまっすぐに見た。
それしか考えられなかった。
ケンに会ってどうなるかは分からない。ただ、何もせずに時間が過ぎていくよりはいいだろうと思う。何かを教えてくれるとしたらきっとケンだけだ。
「アドニスさまはご承知ですか?」
バーニーが痛いところを聞いてくる。
「いや、言ってない。まだ、アドニスは寝ていて……」
そんなことが言い訳になるとも思わなかったけれど、自然に口から出ていた。
「では、アドニスさまにはどのように言えばよろしいのでしょうか。潤さまの姿が見えなければ心配なさると思いますが」
え?
「あ……しばらく一人で考えたいと……」
「だそうだ、アーリー」
言いながら、バーニーは後ろで立っていたアーリーを見た。
「承知致しました」
アーリーが頭を下げる。
「連れていってくれるの?」
正直、ちょっと意外だった。
「潤さまはアドニスさまの大切なお客さまですので、ご希望を拒むことは私たちにはできません」
バーニーが顔を緩める。
「……ありがとう、バーニー」
拒むことはいくらでもできるだろうと思う。何より、アドニスへの忠誠は確かなはずだ。なのに、聞き入れてくれた。そのことに、潤は少し胸が熱くなった。
「急いだ方がよろしいでしょう」
バーニーは潤に向かって言うと、後ろを向きアーリーに目配せをした。
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