解せないと思う。
考えれば考えるほど、自分がアドニスになぜそこまで嫌われるのか分からないと潤は思った。
夕食の時もアドニスはいなかった。
日が暮れていき空が暗くなっていく。
この建物は木々に囲まれているらしく、窓から見上げても見えるのはわずかな空だった。けれど、その空の様子はいつも見ていたものとは違った。
多くの星と大きな月と、その中で一際大きく輝く星は青かった。
あれが地球なのだろうか?
まだ半信半疑だったりする。そんなことを容易に信じられるほど子供じゃない。

ただ、来たこともないところであることは確かだ。
けれど、大人しくしていれば帰してくれるらしい。
じゃあ、なんで連れてこられているんだ?
きっと、そんな疑問は消されたという記憶の中にあるのだろう。
アドニスの服を掴んでいた理由も。
アドニスに嫌われる理由も。
アドニスがなぜか気になる理由も。
分からないまま帰れるわけがない。

潤が部屋を出ると、明りの点けられていないそこは外から入ってくる明りで暗くぼんやりとしていた。しばらく、そのまま立っていると目が慣れてくる。おぼろ げながらも部屋の様子が分かると、潤はゆっくりと前に進んだ。ちょうど向かい合う形でアドニスの部屋へ続くドアがある。
もしかするといないかもしれないと思った。食事以外自分のために用意されていた部屋にいたのだから分からなかったと言えばそれまでだけれど、アドニスが 帰ってきた気配は感じなかった。
まあ、いなければ、昼間行ったあの部屋へ行ってみるまでだ。
ドアを小さくノックすると、返事はなかった。
いないのか、寝ているのかもしれない。
そっとドアを開けると、潤はベッドの上に上半身を起こしたアドニスの姿を見つけた。

「どうかした?」
怯えるような声を出し、顔まで切なげに歪める。
俺、こいつに何かした?
怯えられるようなことをした記憶はない。
ただ、消えているのだと言われればそんなことを考えるだけ無駄だ。
「どうしても訊きたいことがあるんだ」
潤はアドニスに近づいた。
淡い光がアドニスの周りで揺れる。
「……明日聞くよ」
アドニスが薄手のケットを抱え込むようにして体を隠す。
ちょっと待てよ、と思う。
それじゃ、まるで襲いにきたみたいだ。
「俺、あんたに何かした?」
怯えたように体を隠さなきゃいけないようなことを。
生まれてこのかた無節操に頂いてしまうような行いをした覚えはない。
「何も……潤は何もしていない」
そう言いながら、アドニスは小さくかぶりを振った。
「じゃあ、なんでそんな怯えた顔をするんだよ」
潤はベッドの縁に腰を下ろすと、アドニスの頬に手を伸ばした。
触れたかった。ケンが触れることに嫌悪感を抱いていた。それは、自分が触れたかったからだ。
「そんなことないよ」
否定の言葉を出しながらも、アドニスの体は堅くなっているように見えた。空気に何かぎこちなさを感じる。
すべらかな肌を撫でると、アドニスは顔を背けるようにした。
「そんなに、俺のこと嫌い?」
ケンとはあきらかに違う態度だ。なのにやめることができない自分がいた。触れた肌を離したくなかった。
「そんなこと……」
アドニスの言葉は途中で途切れる。
「こっち向けよ」
潤はアドニスの顎を捉えると自分の方へ向けた。予想した抵抗はなかった。あっけないほど簡単に、アドニスと向かいあった。
少し困ったような顔をして、何を考えているのかアドニスの瞳が小さく揺れる。
「潤、話は明日にしよう」
それは譲りたくないようだった。
「今と明日と何か違うわけ?」
ただ日をまたぐことに意味があるとは思えない。
「違う。お願いだから、潤、自分の部屋へ戻って」
懇願するように言うアドニスの瞳は潤んでいた。闇の中だからかそれは妙に艶っぽく映る。
「俺が納得できる理由ならいいよ」
ケンから申し渡された決断の結論を出すまでの時間はまだある。けれど、さして難しいと思えない疑問の答えを延ばされるならそれなりの理由は欲しい。
「……夜は休むための時間だよ。すぐに終わる話だとも思わない。だから、明日、陽が昇ってから……そういうことにしよう」
まるで駄々をこねる子をあやすようにアドニスが言う。
「そうやって、延々と延ばすつもり?」
潤がけしかけると、アドニスは口を噤んだまま目を伏せた。
「図星?」
まさかとは思った。けれど、昼も頑なに思えるほど何も言わなかったのだから、簡単に話してくれるわけではなさそうだ。
なぜ、そんなにも口を噤むのだろうと思う。そんなにも知られたくないことがあるのか。そう思えば、余計聞きたくなるのが人情というものだ。
「決めたよ。話してくれるまで離れない。休む時間だと言うのなら寝ればいいよ。起きるまで待ってるから」
我慢比べだな、と思う。
「でも、それじゃ、潤も休めないだろ」
「そう思うなら、話してくれればいいよ」
一緒に居ると息が詰まるとまで言っていたのだから、勝負は自分の方が有利だと潤は思った。


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