結局、どこへ行っても暇を潰すことしかすることがない。潤は窓辺に置いた椅子に座り空を見上げていた。
ケンは昼に一旦帰ってくると言い仕事へ行った。畑で作物を作り、それを市場へ卸しているらしい。暢気にやっているよ、とケンは笑った。
開けられた窓からは心地よい風が吹いてくる。
薬のお陰か動かさなければ足は痛まない。
帰るのかな、本当に。
そう空に浮かぶ白い影のような地球を見て思う。
足が治ったら――――。
「ここは地球の欠片からできているってアドニスが言っていたけれど」
潤は夕食の席で口にした。
「そうらしいな」
ケンがフォークに刺したじゃがいもを口に運ぼうとして、それを止めて答えてくれた。
「どこにあったんだろう」
消されたという歴史にまったく興味が湧かないわけじゃない。
「大陸の一番東、日出る国と言われていた。気候に恵まれ土壌は豊かで皆平和に暮らしていたのに西から侵略者が攻め入ってきた」
それは今の日本に重なる。大陸ではないけれど、日出る国――――それは代名詞のようなものだ。
「侵略者だけなら戦っただろう。けれど、西のものは国の中に手を伸ばし多くのものを懐柔した……お前はアドニスやバーニーの力を見ただろう? 空を飛び物
を制御できる。アドニスにいたっては光やがる」
「あ、うん」
地球上でそんな人がいることを潤は知らない。
「その昔、空から降ってきた光があった。その光を浴びたものは力を得たという。その恩恵を一番受けたものは力が強いばかりではなく体が光輝いた。そのもの
を王として人々は崇めた。ただ、王は同じ能力をもつものとの間に子をもうけることはできなかった。それに、生まれる子は男に限られていて子供は王の素質を
全て受け継いで生まれる。つまり、光るってことだよ。誤魔化すことはできないってことだ」
「へ……」
それほどはっきりした証拠はないだろうと思った。生れ落ちた瞬間王の血を継いでいると分かるわけだ。
「その力を持っていないものは、力を持つものに憧れていた。けれど、そんなずば抜けた力を持つものがいなくなれば、自分が王になることもできるわけだ。西
のやつらは、そんな人の気持ちを利用しようとした」
「それって……」
そう考える人がいてもおかしくはない。
「同じ国の者達と争うことを嫌ったその時の王は自分と同じ能力を持つ者達に呼びかけた。我々は天へと昇ろうと。今がその結果だ」
「そこは今どうなって……」
「溝に海水が入り込み海になっている」
潤はその時の様子が映像のように脳裏に浮かんだ。袂を分かつものだと、アドニスは言っていた。
「大陸と分断され侵略も止まった。自分達も国も守ることができた。遠い昔の話だ」
ケンはジャガイモを口に放り込んだ。
大皿に盛られた茹でた肉の塊とごろごろとした野菜は贅沢なものだとは思えない。けれど、ケンはそれで満足しているように見えた。
潤は足を床にそっと下ろして痛くないことを確かめた。ケンが言ったとおり、三日目には足の痛みも引いていた。
「俺にも何か手伝えることない?」
相変わらずのスープとパンの朝食の時、潤はケンに言った。
「じゃあ、きゅうりの収穫でもしてもらおうか」
「あ、やるやる」
このところ体を動かすことがなかったから、絶対に鈍っていると思った。何もすることがないと嫌なことばかり考えてしまう。
あと何日でアドニスと別れることになるのか、考えるのはそんなことばかりだ。
夜降りた時は分からなかったけれど、家の裏には大きな畑が広がっていた。
「すごいっ」
柵があるわけではなくて、どこまでがケンの畑かは分からなかったけれど見渡す限り、建物はない。一口に緑といってもこれだけの色があるのだと驚くほどの、
色とりどりの緑で大地が彩られていた。
「アドニスに何が欲しいって聞かれて、畑作る土地が欲しいなって言ったらこれだよ。一人でどうしろって言うんだか」
ケンは文句のように言ったけれど、その実は違うのだろうと思う。見渡せるだけしか分からないけれど畑はきれいに整えられている。
「無理しなくていいから」
そう言ってケンは籠を手渡してくれた。中には鋏が入っていた。
「籠が一杯になったら家の裏にも置いてある。腹減ったら、食ってもいいぞ」
ケンが続ける。
「それは、助かる」
肩ほどの高さの支柱に絡まる蔦は青々としていた。すっと伸びたきゅうりが何本も見える。つやつやとして美味しそうだった。
「じゃあ、また後でな」
ケンは手を上げると、離れていった。
潤はさっそく一本手に取ってへたを鋏で切った。
お腹がすいていたわけではないけれど、そのままがぶりと一口齧った。初めて自分で取ったものだった。
口の中で少し青臭いさっぱりとした水分が溢れてくるくらいにはじける。
「んっ」
みずみずしいっていうのはこういうのを言うんだと思った。
「がんばったな」
午前中で、籠三つが一杯になっていた。
「なんか楽しかった」
今まで机に座って勉強をすることしか知らなかった。色々な形や色があって同じきゅうりなのにみんな違う。
「じゃあ、昼は休んで、夕方水をまいてくれるか?」
「どうやって?」
水道があるとは思えない。水をどこからか汲んでくるとしたら、それだけで重労働だ。
「井戸があるから、そこからポンプで吸い上げてホースで撒くんだよ」
ケンが畑の真中ほどを指差す。
「電気、あるんだ」
少し意外だった。
「ああ、太陽の恵みだよ。作物が実るのも全て」
太陽の恵み――――久しぶりに浴びた太陽の日差しは気持ち良かったと思った。
久しぶりに動いて、疲れた体は気持ちよくて、夕食の後早々に潤はベッドに入った。すぐ意識は落ちていって、ふと気がつくと話声が聞こえた。
あれ?
不思議に思う。
自分以外にはケンしかいないはずだった。
「じゃあ仕方ないね、出直してくるよ」
はっきりと声が聞こえて、それはアドニスのものだと分かった。
「待って!」
潤は飛び起きて明りが漏れる入り口まで駆け寄ると、少し驚いた顔をして立っているアドニスが見えた。
前に会った時からたったニ、三日しか経っていないのに、そのアドニスの姿はすごく久しぶりに感じた。
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