日々はただ過ぎていく。
潤はこの地に来てどれだけの日が過ぎたのか分からなかった。
アドニスが言ったというしばらくがいつ終わりを告げるのかも分からない。
昼間明るい時は忘れている熱が夜暗闇に変わると体の奥から湧いてくる。落ち着かなくて寝付くことができない熱に潤は手を下半身へ伸ばした。
けれど、忘れることができるのはほんの一瞬で体はくすぶるものを残す。知ってしまった愉悦を簡単に忘れることはできなかった。


「ねえ」
夕食の後、潤はバーニーに声をかけた。
「何でしょうか?」
皿を片付けていたバーニーが顔をあげる。
「森を抜ければ、王宮へ行ける?」
もうそろそろ待っているのも限界だった。
バーニーが難しそうに目を細め顔を傾げた。
「それは……どういうことでしょうか?」
訝しげな声を出す。
「アドニスに会いたいんだ」
不自然な別れ方をしたままになっていた。後悔は心の中に積もっていく。たとえ、自分のために帰れないのだとしても。もしかしたら手伝えることがあるかもし れない。一緒に考えることもできるかもしれない。
一方的に連れてこられて、それに対して言いたいことがないわけじゃない。
けれど、もう知ってしまったから。
惹かれる自分を感じるから。
分け合えるものなら分けて欲しいと思う。

「今からいかれるつもりですか?」
バーニーの手が止まっていた。
「いくらなんでも、そんな無茶はしないよ」
「では?」
「明日、明るくなってからすぐ。できるなら、お弁当が欲しいけど……」
自分はただの客で、要求できることかどうかは分からない。
「地上から来たものは宮の外には出られないことになっております」
「それは、女の人の場合でしょ? 俺が出ていったところでどこのやつかなんて分からないよ、きっと」
分からなければいいのかと言えば、それはどうなのか分からない。けれど、もう待っている毎日は嫌だった。
「森を簡単に抜けられるとは思えませんが……」
「それは、もう前に聞いたよ」
言われなくても思っていたことだ。
「ただ、これじゃ歩きづらいから、俺の服を返してくれると助かるんだけど」
長い裾は邪魔にしか思えない。洋服の便利さがこういうときは身にしみる。
「どうしても……ですか?」
バーニーの応えがこの間とは違った。
「どうしても」
ただ時間が過ぎていくのを待つのはもうたくさんだと思う。
たとえ、時間が必要だとしてもその理由を聞かせて欲しい。
自分から望んで来たわけじゃない。それくらいは要求してもいいはずだと思う。

「仕方ありませんね」
バーニーが小さく息を吐いた。
「今日言っていただけて良かったのかも知れません」
「え? それは、どういうこと?」
明日何かがあるのだとしたら、それは教えて欲しい。
「私は明日から休みに入ります。アドニスさまがこれほど長く空けられるとは私も思っておりませんでした」
「え、休み?」
意外だった。バーニーは常にアドニスのもとにいるものだと思っていた。
「基本的に二週間交代で、私と弟であるアーリーがアドニスさまに仕えさせていただいております。日にちを調整することも考えたのですが、このままですと、 アドニスさまがいつお戻りになるかも分からないので、思案しておりました」
「じゃあ」
アドニスを気にかけていたのは自分だけではなかった、と、バーニーの言葉を聞いて、潤は少し気持ちが軽くなった。バーニーが王宮へ行くための手助けをして くれるかもしれないとも思った。

「よろしければ今夜、アドニスさまのところへ参りましょうか」
「え、今夜?」
それは急な話だ。
「それは、バーニーはアドニスがどこにいるか知っていたってこと?」
聞いてはいないと言っていたはずだ。
「はっきりお聞きしたわけではございませんので、もしかしたら違うかもしれません。ただ、心当たりはひとつしかございません」
バーニーの顔は真剣だった。
「それは、一緒に行ってくれるってこと?」
もしそうなら、心強い。
「潤さまをお一人でこの宮から出すわけには参りません」
潤はふっと顔が緩んだ。
初めてバーニーが味方に思えた。
「じゃあ、今夜」
それは願ったり叶ったりだ。希望を伝えて良かったと思う。
「空を飛ぶことになりますが、よろしいですか?」
「え――――」
一瞬体が引いた。
「夜のうちに戻ってくるためには、歩いていては時間が足りません」
「えっと、馬車とか」
来る時に乗ってきた馬車があるはずだった。
「あれは目立ちすぎます。アドニスさまが忍んで行かれているところですので、目立つことはできません」
――――忍んで?
その言葉が少し気になったけれど、バーニーが連れていってくれるというなら文句は言えなかった。
「この間みたいに、体の自由を奪われるのかな……」
あれは、あまり気持ちの良いものじゃない。
バーニーが微かに笑った。
「ご安心下さい。潤さまが危ないことをしない限りそのようなことは致しません」
「あ……っそ」
安心してよいのかどうだか分からなかった。けれど。
アドニスに会える――――そう思うと、潤の心臓はとくんと大きく響き始めた。

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