気持ちよくて動きたくなくてもう少しこのままでいたい。
そう思っていたら寝てしまっていたようだった。
潤が目を開けた時、部屋の中は明るくなっていて、外から小鳥のさえずりが聞こえていた。
裸だったはずなのに、寝衣を着ていて、フェザーケットが掛けられて、広いベッドの上には他に誰もいなかった。
アドニスは早く起きていってしまったらしい。
「起こしてくれればよかったのに……」
ぼやきがでた。あのまま寝てしまったことが悔やまれた。
体を汚したまま寝てしまったと思ったのに、寝衣をはだけるとシトラス系の香りが微かにして、きれいに拭われていた。
アドニスが拭いてくれた?
そんなことをさせて良かったのだろうか、と思う。
体を起こすと下半身が重く感じた。昨晩抱かれた痕跡が体の中には確かに残っていた。
潤がベッドから降りようとすると、ドアがノックされる音がした。
「はい」
声をかけてドアまで行き少し開けると、外にはバーニーが立っていた。
「おはようございます」
バーニーが頭を下げる。
「あ、おはよう、ございます」
丁寧な言葉も仕草もまだ馴染まない。
「お食事の支度ができておりますが、どういたしましょうか?」
「あ、いつでもいい、です」
家でなら、休みに寝坊をしたら食べそびれることもある。そんな時はカップラーメンをすすったりするが、ここではそんな心配はいらないらしい。
「では、すぐ隣のお部屋の方で準備をいたしますので、着替えを済ませていらしてください」
「はい」
頭を下げるバーニーにつられるように潤も頭を下げていた。
「では」
もう一度頭を下げ、一歩後ろへ下がるとバーニーは背中を見せた。
もしかしたらアドニスは待っていてくれるのだろうかと思い、潤は手早く着替えを済ませると、もうひとつあるドアを開けた。
そこは潤がはじめて通された部屋でアドニスの部屋にも通じている。
「いない……」
部屋には誰もいなかった。
ただ子犬もどきが二匹ラグの上で寝そべっていた。
ドアの音で気づいたのか、一匹が顔をあげ、くぅんと小さく鼻を鳴らした。
後始末をさせてしまったらしいこともだけれど、さっさと一人寝てしまったことも、謝らなければいけないだろうと思っていた。
そのうえ、他人の家なのに、太陽が高く上がるまで寝込んでしまっていた。
程なくしてドアがノックされた後、ワゴンを押したバーニーが入ってきた。
「あ、アドニスは?」
「朝早くお出かけになりました」
テーブルをセッティングしながらバーニーが応える。
「どこへ?」
「聞いておりません。ただ潤さまを手厚くもてなすよう言付かっております」
さま、をつけられたことがなんだかこそばゆい。
「いいよ。潤で」
あまりかしこまられるのも似合わない気がする。
「大事なお客さまですので、そういう訳にはまいりません」
――――あ、そ
世の中思うようにはいかないらしい。
「アドニスは、いつ帰ってくるのかな」
暇な時間をどうしたらいいのか相談することも忘れていた。
「申し訳ありませんが、存じません」
「でも、夜には帰ってくるでしょう?」
「聞いてはおりません」
「そう」
これ以上聞いても無駄だろうと、潤は判断した。
「では、後で食器を下げに参ります」
深々と礼をしてバーニーは部屋を出ていった。
テーブルの上では白い御飯とみそ汁が涎がでてきそうな匂いをさせていた。
「また、一人か……」
でも、少し違うな、と潤はラグに寝そべる子犬もどきへ視線をやった。
気配に気づいたのかさっきと同じやつが顔をあげる。
「話し相手になる?」
潤が声をかけると「わん」と答える。
「うーん」
潤はうなった。会話にはなりそうもない。
「でも、いっか。おいで」
しゃがんで床に手をつけると、子犬はむくっと起き上がって潤に向かって歩いてくる。潤の手に乗ると体を丸めた。
「お前、どっち?」
問い掛けると、少し顔をあげてくぅんと鼻を鳴らす。
それで分かるくらいなら、聞きやしない。
「ちょっとごめん」
潤は子犬の体を静かにひっくり返した。
「えっとぉ、フェイ?」
頷くように「わん」と吼える。
「じゃあ、あっちが、キアか?」
潤が視線を向けると、そいつはさっきはべっちゃと潰れているように寝そべっていたのに、今はまるで顔を背けるように体を丸めていた。
「怒っちゃったかな?」
潤がフェイを見ると、フェイはまるで、困ったやつだと言うようにうーと小さく喉を鳴らした。
「キアもおいでよ」
潤が声をかけると、キアはもぞっと体を動かし潤に背を向ける。
原因は分からないけれど、完全に拗ねているらしい。
けれど、せっかく用意してくれた朝食も気になったし、お腹もすいていた。
「気が向いたら、おいでよ」
潤がキアに声をかけると、キアは更に体を丸めふわふわした丸いボールのようになった。声まで聞きたくないと思われたようだった。
潤は小さくため息をつくと、空いている椅子の上にフェイを乗せた。
そして、テーブルに向かうと一人で食べることが申し訳ないような気がした。
「何か食べる?」
フェイに向かって言うと、耳を立て尻尾を振る。
「キアも何か欲しい?」
キアに視線を向けると、ふわふわの真ん丸い玉からにょきっと耳が二つでてくる。チャンスかな、と潤は思った。
「おいでよ。欲しいものあげるよ」
言いながら、ちらっと、良いのか? と思ったけれど、別に毒をやるわけじゃないし一回ぐらいいいだろうと思うことにした。
キアは耳を立てたまま、もぞっと体を動かすとまた丸くなった。
今ひとつ押しが足りないらしい。
「何か悪いことをしていたらごめん。俺、ここに来たばかりだから、よく分からなくて。色々教えてくれると助かるんだけど」
この場はしたでにでるしかないと思った。
これからどのくらいの時間を過ごすことになるのか分からないけれど、アドニスがよくこの宮を空けるのだとしたら、自分の相手をしてくれるのはこの二匹だけ
のように思えた。仲良くできるのなら、その方がいいに決まっている。
第一、自分の方が新入りだ。
一瞬沈黙があって、キアがゆっくり立ち上がると、尻尾をふわっと舞わせた。光のビーズを振りまくように光の余韻が広がる。
しかたないな――――そんな声聞こえてくるようにゆっくりとキアは近づいてきた。そして、椅子に飛び乗りフェイの隣に腰を下ろす。
潤はテーブルに目をやると三切れあった魚の煮付けを一切れづつ小皿に取りフェイとキアの前に置いた。犬ではないにしても、納豆やのりが好きだとは思えな
い。野菜の和え物より魚の方が良いのではないかと思った。
思惑はあたったみたいで、二匹とも尻尾を立て魚の切り身をがつがつと食べていた。
自分も。
そう思って潤はテーブルに向かって手を合わせた。
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