先が見えない長い廊下だった。レンガの柱が所々あるだけで壁もガラスもなく外の様子が見れる。と言っても、どこを見ても生い茂る木々しかなかった。
潤は紳士の後ろについて歩いていた。
誰とすれ違うこともなく。
それは、こんなみっともない格好を他人に見られなくて済むことはありがたいと思っても、広すぎるほどの建物に誰もいないことは不気味に感じた。
会えば分かるというアドニスの正体も分からない。

途中から建物の中に入り、いくつかのドアを通り過ぎ、ひとつのドアの前で紳士は止まった。
「こちらです」
紳士が潤を見る。
潤の答えを待たずに、紳士はドアをノックした。
「どうぞ」
ドアの向こうから声が聞こえた。

「失礼致します」
ドアを開け、紳士がうやうやしく礼をする。
「待っていたよ」
弾んだ声が聞こえた。
これで会うわけ? 潤はドレスの裾を少し持ち上げてみた。鏡を見てはいない。けれど、似合っていない自信はあった。
「どうぞ、こちらへ」
紳士がドアを更に開け、潤を促す。
小さなため息をこぼすと、潤は前にでた。
この服を変えてもらうためにも、会わなくてはならないらしい。

部屋に入ると部屋の奥の窓の手前、ちょうど真正面の位置ににアドニスと言われたやつがいた。
見てそのまま潤は体が固まってしまった。
栗色の髪が微かに触れるように肩に掛かっていた。背は同じくらいだと思う。顔は作り物のようにきれいで鳶色の瞳が驚いたように見開かれていた。自分と同じ 丈の長いドレスのようなものを着ているのに、それは酷く似合っていた。

「アドニスさま?」
紳士の怪訝そうな声が背後から聞こえた。
「あ……」
アドニスが小さく声をこぼす。
「あ、えっと、地上の女性は胸が平らで下がもっこりしているものなの?」
そんなことあるわけないだろと叫びたかったけれど、寸でのところで潤は抑えた。後ろにはとんでもないやつがいる。一度体の自由を奪われたのはショックだっ た。無礼を働いたとでも言われて何をされるか分からない。もう二度とあんな目には合いたくなかった。
「この方は男性です」
紳士が答える。
見ただけで分かって欲しかったよと潤は思った。
「え、なぜ?」
アドニスはきょとんとした顔をした。
「フェイを遣わされたのはアドニスさまではありませんか」
「え、そんなはずは……僕はキアを……」
アドニスが視線を向けた先を見ると、白い犬が二匹ラグの上でじゃれあっていた。
「フェイでしたよ」
「え、あ、どうしよう……」
アドニスの瞳には戸惑いが見えた。
「規則は規則です。従っていただくしかないでしょう」
どんと背中を押されて、潤は部屋の中へ進んだ。
「私は、アドニスさまが弟ぎみであるコリンさまに王位をお譲りするおつもりかと思いました」
そう言った紳士の言葉に、
「そんなわけないだろっ!」
アドニスが顔を歪めた。
「どうであれ、決められたことです。アドニスさま」
アドニスはしばらく紳士を見つめていたが、諦めたように顔を伏せた。
「それでは」
紳士が部屋を出て行こうとした。
「あっ」
潤は思わず声をだした。
「何か」
紳士が潤を見る。
「あの、この服……」
これだけは早くなんとかしたい。
「アドニスさま。この者は、この服を変えて欲しいと申しておりますが」
面倒そうに伝えてくれた紳士の言葉に、ふっとアドニスが顔をあげた。
「ああ、いいよ。好きなものを選ばせてあげて」
「分かりました」
紳士が頭を下げる。
「では、お召し替えの後、またお連れします」
「分かった」
アドニスが頷く。助かったと潤は思った。

ただ。
自分が着ているこれが女物だと思ったのは少し違うかもしれないと思った。
アドニスは同じようなものを着ていた。もし、同じようなものしかなかったらどうしようと思う。取り上げられた服を死守すればよかったと潤は後悔していた。

「では、こちらへ」
一度廊下に出て、同じようなドアが並んでいる中で、紳士はひとつのドアを示す。
ドアを開けると、大きなクローゼットになっていて、無数の服が吊り下げられていた。
「この中でお好きなものをどうぞ」
紳士は吊り下げられた服を示す。
「は……」
潤はため息をついた。
不安は的中した。どれも似たり寄ったりのものだった。

「ねえ、あなたが着ているようなのはないの?」
潤は紳士に向かって聞いた。タキシードが良いわけじゃないが、普通の洋服に近い。
「これは、私専用のものでございます。あいにくあなた様にご用意はできません」
返事はつれないものだった。
「……でも、ここにあるのも似たり寄ったりじゃん……」
ぼやきがでる。どれも女もののドレスにしか見えない。
「こちらは男性用ですので、着ていただけば少しは違うと思いますが……これなどはどうでしょう」
紳士がひとつを手に取り、潤に渡す。仕方なく潤が手に取ると、生地の肌触りが違うと思った。今着ているものよりも硬くてしっかりしている。薄いベージュの 生地の 裾に金糸の刺繍が入っていて、高価そうだとは思った。
少しは違うと言った紳士の言葉を信じて、潤は今着ているものを脱ぎ落とすと、渡してもらったものに手を通した。
着てみると確かに違った。
少なくとも、下がもっこりはしていない。
「鏡を見られますか?」
「あ、うん」
紳士は脇から大きな鏡を出してきて、潤の前に立てかけてくれた。
丈が長く足先まで隠れてしまう服は時代を遡った感じはしても、見られない姿じゃない。自分ではそう思った。
「よろしいですか?」
「あ、はい」
さっきよりははるかにマシな気がした。


back | prose list | next

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル