湯気のたった味噌汁にご飯。
焼いた白身魚に海苔に野菜の煮物、あと豆を和えたものに漬物なんていうメニューはどこかの旅館に来たのかという感じだった。

「どうぞ」
クラウスに勧められて。
「頂きます」
優希は素直に箸を取った。
とりあえず、まだ成長期なものだから食べ物には弱い。
「旨い!」
味噌汁を一口飲んで、声が出た。
家で母が作ってくれるものとは明らかに味が違った。
「そう、それは良かった」
クラウスが箸をとめてにこっと笑う。
こんな旨いものを食わせてくれるやつは悪いやつじゃないんじゃないかと思えてくる。
おまけに、どこか上品できれいな顔立ちをしていて、かけられる言葉や態度から欠点なんておよそ想像ができない。
完璧な人間なんていないというけれど、とても近い気がする。
ただ、クラウスが人間かどうかは疑問だった。
人間お腹がいっぱいになると幸せな気持ちになるものだと思う。
ずずっとお茶をすすりながら、優希はほっとした気持ちになっていた。

「明日のことなんだけど」
飲んでいたお茶を置いたクラウスが声をかけてくる。
来たな、と優希は思った。
「嫌でなかったら、成丁の儀に出て欲しいんだけど」
言葉はあくまでも柔らかい。
「でも、女装しなきゃいけないんでしょ? なら遠慮したいな」
もう二度としたくないと思ったことだ。
「そう……」
クラウスは困りげに顔を伏せると呟くように言った。
クラウスの表情を見ていたら、優希は自分が悪いことをしたみたいで良心がつんと痛んだ。
沈黙が流れて、居心地が悪くなってくる。
美味しいご飯を食べさせてくれたのに、自分は恩を仇で返しているんだろうかと思い、でも女装かと思うと気は進まない。
空気が段々硬さを増してきて、おしりがむずむずしてきて。
「あの……」
たまらず優希は声は出した。
「何?」
クラウスがふっと顔をあげる。
「えっと……顔をべたべたと塗りたくったり、ウエストをぎゅっと絞ったり、あと……」
「あと?」
何かあったっけと頭を探った。
「き……キス……したりしないのなら、いいけど」
そんなことはないだろうと思いながらも、された後に文句を言っても始まらない。
ふっと笑ったクラウスは穏やかな顔で頷いた。
「うん。条件があるのなら、それはできる限りのむよ」
「それなら……」
他人が困っているのを見ているのはあまり好きではない。
「良かった」
ほっとしたような表情をするクラウスに、優希は見入ってしまっていた。同じ男であるのに見とれてしまう美しさがクラウスにはあった。

「じゃあ、後で明日着るドレスを選ぼう」
「え、あ、うん」
話は一気に具体的になる。
「あ、でも、ドレス着て何すんの? 踊れなんて言われてもできないよ」
何とかの儀というやつが、どういうものなのか分からない。けれど、女装でドレスと言われたら中世風のパーティを思い出した。
「何もする必要はないよ。ただのお披露目だから、ただ座っていればいいだけ。エスコートはシェンがしてくれるから心配ないよ」
――あいつ?
シェンと呼ばれたやつは食事の支度ができると部屋を出て行った。
クラウスは信頼しているようだけれど、優希はあまり好感が持てなかった。ものの言い方や言うことがいちいち気に触った。
「まあ、心配だろうけど」
クラウスが気遣うような声を出す。
「……ただ、座っていればいいんだよね」
いいよ、と言った手前今更やめるとも言えない。
「そう」
クラウスがにっこり笑う。
この笑顔に反抗はできないよ、と優希は思った。



食事が終わった後、優希は何気なく窓際に立った。
どうしたらいいのか分からなかった。ただ、座っているのも落ち着かない。
「あれ?」
窓から見上げた空に太陽が二つあった。
ひとつはまるで朧月のようにぼやけている。
「何?」
後ろからクラウスの声が聞こえた。
「太陽が二つある」
優希が振り返ると、クラウスが席を立ってこちらへ歩いてきていた。
「ああ、そうだよ」
クラウスは小さく頷くと並んで窓の外を見上げる。
「遠くぼやけて見えるのが、君たちが目にしている太陽だ」
窓の外を見ながら続けた。
え?
「じゃあ、もう一つは?」
太陽が二つある情景など今まで見たことがない。
「あれは人口的なもの。ここは次元の狭間を漂っている。だから、太陽の光も遮られてここまで届くのは僅かなものだよ。それでは、生きていけないから、僕達 の力で作りだしたんだ」
「え? 作った?」
太陽を?
そう思って驚いたけれど、電灯のようなものかと思ったら有り得る気もした。
「そう」
言いながら、クラウスが手を開くと中に小さな光の玉があった。
「ええっ? 何それ」
とても手品の類には思えなかった。
「僕達の身体の中にあるエネルギーは光に変えることができる。時に物を飛ばしたり、動きを封じたり」
「えっ」
「怖い?」
クラウスがにっこり笑う。今まできれいだと思っていた笑顔が急に不気味に感じて、優希は身体を一歩引いてしまった。
「怖がることはないよ。僕達は平和的でありたいといつも思っている。遠い昔僕達は争いを嫌ってこの世界へ逃れてきた。力があるものが国を治めるのは当たり 前のことだろ? なのに、地上のやつらは僕らを貶めようとした」
続けられたクラウスの言葉を優希は平和的だとは思えなかった。優希が答えられずにいると、クラウスが窓へ視線を向けた。
「地上の人が全て自分達を貶めようとしたわけじゃないことも分かっている。君は大切なお客さまだから危害は加えることはしないよ」
え? お客さま?
女装に気を取られて大事なことを忘れていたことに優希は気付いた。
「俺、いつ帰れます?」
明日の晩には、何とかの儀があるらしいから早くても明後日?
学校はとか、親はとか急に色々気になってきた。
「ここはいい所だよ。あんなところに帰ることないよ」
クラウスが目を細めた。
「第一、君は子供を産まないと帰れないよ」
クラウスがこちらを見てくる。
「へ?」
目が点になるとはこのことだ、と優希は思った。


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