「な……なんで俺が女装なんてしなきゃいけないんだよ」
通う学校が男子校であるせいか、文化祭で女装せざるを得ない催しはあったりする。
影で喜んでやっているやつはいるかもしれないが、公の場でしかも学校見学という名目で近所の後輩達が来るところでそんなことを望んでやるやつがいるわけが ない。
女装する催しをやるところとは関係ないところにいたはずなのに、去年の文化祭、なぜかそのおはちが優希に回ってきた。
女装項目は演劇部が主催する劇と生徒会主催のコンテスト。
劇は演劇部がやるものだと思っていたら、ヒロインだけは違ったらしい。
一年の中から演劇部の多数決という訳の分からない選出方法で、優希が選ばれた。題目は白雪姫。そんなベタなものをと思ったが人気があるらしい。演劇部で は。
ばっちり化粧して、名前は公表しないという条件で、演劇部全員に囲まれて説得されるという、一年生には過酷な手段をとられ、泣く泣く優希は折れた。

これでもかというほど顔を厚くファンデーションで塗られ、目の周りは真っ黒に唇は真赤にされ、こいつは何物だ、と自分では思ったが、評判はなかなかよかっ たらしい。
今でも時々、あいつは誰だったのだろうと、言い出すやつがいる。
知っているのは演劇部の連中と生徒会の上の人間と、優希が思わず口を滑らせてしまった理生だけで、にやっと笑う理生に優希はどきどきさせられてきた。
おまけにあの時は、寸止めだといわれ、練習中はずっと寸止めだったキスを本番ではばっちりされ、文句を言ったらあれは自分だとばらしてしまうようなものだ し、相手は先輩だからぐっと耐えることしかできず、もう二度とやるものか、と思った。
あの時のべちゃっとした感じは思い出すのも嫌で。
女装と聞けば、あの時の嫌な感触が蘇える。
それだけじゃない。重かった鬘は別としても、べったり塗られた顔は息苦しかったし、コルセットだかなんかで締め付けられた体はきゅうくつだった。床に裾が つくほどのドレスは扱いづらくて、何度転びそうになったか分からない。
なんで女ってこんな格好したがるんだ、と本気で思った。
それをまた? 冗談じゃないよ、と思う。

「髪につけ毛を足してアップにして、体はきゃしゃだからそのまま使えそうだし、肌もきれいだから、少し色をのせるだけでいいだろう。お前の隣に似合いそう だ」
シェンがクラウスに向かって言う。
優希の抗議はまったく相手にしてもらえなかったらしい。
「本人は嫌みたいだよ」
クラウスが代わりに代弁しくれたことで、優希はほっとした。
「じゃあ、どうすんの?」
質問が最初に戻った。

「とりあえず、食事にしよう。おなかすいたよね?」
クラウスが訊いてくる。
「あ、はい」
この人は味方になってくれそうだと、素直に頷いた。
「フェイ」
クラウスが振り返って言うと。
「あんっ」
犬の鳴き声が聞こえた。
「コレッカに食事の支度をお願いって伝えて」
「あん」
確かに声が犬だと思う。
もしかしたら、と思った。昨日拾った子犬かもしれない。
優希はベッドに手をついて、二人の脇から奥の方を覗いてみた。
丸く、ふわふわしたラグの上にいた子犬は二匹で、一匹が尻尾を振りながら、ドアの方へ走っていった。もう一匹は体を丸め、寝ているようだった。
「きみを迎えに行ったのは、寝ている方で、キアっていうんだ」
クラウスが説明してくれる。
迎えに行った?
こっちは迎えに来てくれとは頼んでいない。
「ちょっと疲れたみたいだね」
クラウスの言葉に優希は昨日の夜夢だと思ったことを思い出した。
「まさか――――」
ずっと昇っていって、それからどうしたのだろう。
「俺は、そのキアにここに連れてこられたってこと?」
あれが夢ではないのなら。
「そうだよ」
「ここって……どこ?」
気持ちよくて寝てしまったことが悔やまれた。
「幻月……空中に浮かぶ王国だよ」
「は?」
まだ夢を見ているのかと思った。
そんなものがあるのなら、見えてもいいはずだ。人工衛星に映ってもいいはずだ。
「知らないのも当たり前だよ。古に忘れらた民だ」
「えっと……」
優希は頬を手で撫でた。確かに伝わってくる感触がある。どこか頼りなげな夢とは違って現実だと思えた。
「信じられないのも当たり前だけど、それが事実だとしか言えない」
だからと言って、クラウスの言葉を100パーセント信じられるわけがない。
「説明して分かるわけがないよ」
シェンが口を挟んでくる。
事実でありながらも優希がむっとすると、ノックの音が聞こえてきた。


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