溶けたアイス



 Tシャツの裾に溶けたアイスの跡が染みになっていた。
 捨てろと言われながら、捨てられないTシャツだったりする。
 ただ染みになっているだけだから、トレーナの下に着てしまえば分からない。

 圭太が着替えているほんの横で、和哉は好きなグラビアアイドルが載ってる雑誌にかぶりつきだった。よだれなんかたらすと怒られて出入り禁止になるぞと注 意したくなるくらい、でろんとした顔をしている。
「可愛いよなあ」
 声まででろんとしていた。
 ――――そうか?
 そんなことを言葉で出したら、小一時間は説教される。向かいあって、自分しか見てくれないのは嬉しいけれど、大きな瞳がとか、胸の谷間がとか、背中のラ インがとか、和哉の言葉が指す対象がどうしても好きになれないやつだから面白くない。最近はドラマに出ているとかで、放映日にはさっさと家へ帰ってしま う。見たか?と絶対訊かれて、視聴率がどうのこうのと煩いから、一応テレビだけはつけている。だけど、ビデオリサーチのモニターになっているわけじゃない から、視聴率には 全然関係なくて、でも、身近なやつが見ていると安心するらしい。
 どうせ、話の筋なんてどうでもよくて、お気に入りのやつの顔が映れば、今みたいにでろんとした顔をしているんだろう。
 あの日、溶けたアイスのように。
 
 去年の夏休み。日差しが強い暑い日だった。
 夏期講習の帰り、いつものコンビニに自転車を止め、アイスクリームを買って自転車によっかかりながら食べていた。
 いつもなら、隣に和哉がいるはずだった。
 わざわざ、和哉と同じクラスにした。一ランク上のクラスは難しいと言われたけれど、和哉と同じ高校を目指すなら越えなければいけない壁だった。
 買ったアイスは、一口目は冷たさにあへえとなって、二口目は少し冷たさに慣れて甘さを感じて、三口目で美味しいと思った。
 けれど、その後食べられなくなった。

 向かいの歩道に和哉を見つけた。
 嬉しそうな顔して、ひとつ年上の先輩と歩いていた。
 それが講習休んだ理由なわけ? そう思うと、圭太は悲しいんだか情けないんだか分からない気持ちで一杯になった。
 和哉がその先輩に憧れていたのは知っていた。
 長いさらさらとした髪をもち、仕草が女っぽいとよく仲間うちで話題がでた。
 なんで一緒にいるんだろう。そう思いながら見ていたら、和哉が気が付いたらしい。そんな視線を感じた。
 立ち止まった和哉が何度も先輩にお辞儀して、右見て左見て道路を渡って来た。

『おい、溶けてるぞ』
 和哉に指さされて、自分の手元を見てみたら、波にさらわれた砂の城みたいにアイスは崩れていて、白い液体が手を伝って垂れていた。
『あーあ』
 和哉にべろっと手ごと舐められて、背筋がぞくっとした。
『もう、どーすんだよ、もったいないなぁ』
 腕を掴んで手ごとアイスを舐め上げる。ぞくぞくする感覚が波のように襲ってきて圭太は立ってるだけでやっとだった。
 ――――お前のせいだ
 そんなことを言葉に出しては言えないけれど、せめてと心の中で愚痴った。
 垂れたアイスはT−シャツの裾に塊でおっこちて、『あーあ』と言いながら、和哉はそれまで舐めていた。
『食べないのか?』
そう言いながら、コーンに残っていたアイスまで食べる意欲を失ってしまった圭太の代わりに、全ては和哉のお腹に収まってしまった。

 結局。
 ついそこまで先輩の彼氏が一緒だったことや。
 母親経由で学校見学の話が回ってきたことを聞いて、圭太は、ほっと息をついた。
 そうしたら、溶けたアイスがすごくもったいなく思えた。
『アイス食ったら喉渇いた』
 暢気なことを言って和哉はコンビニの中へ消えて行った。
 残されたのは、べたべたの手とコーンとアイスの染みがついたT−シャツ。
 圭太は自分の手をぺろっと舐めてみた。
 これって、間接キス?
 そう思いながら、どきどきした。甘いアイスの匂いと一緒に和哉の匂いがする気がした。

 絶対、同じ学校へ行く。
 そう誓ったのはあの日だった。

「なあ、そう思うだろ? 」
 和哉が雑誌を広げながら訊いてくる。
「そうだね」
 悔しいけど。

 ――――その和哉のでろんとした顔は可愛いよ


Fin.

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