月日が経つのは早い。充実していれば尚のこと。
大方受験は終わり、本命校発表の日になっていた。
「裕太、お前見てくれよ」
隆は後ろに立っていた裕太にパソコンの席を譲った。
「うん」
裕太が座るのと引換えに、隆はパソコンへ背を向けた。
待っていれば郵便で結果が来るとは言え、大概は電話とネットで分かってしまう。
ネットの場合クリックした瞬間に結果が表示されるから、すごく心臓に悪い。絶対に自信があるとか、結果はどうでもいいやと思えるところならばともかく、絶
対に合格を手に入れたいところの結果だけに、マウスをクリックすることが躊躇われた。
背後でマウスをクリックする音が聞こえて、心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。裕太の声を待っていたのに、しばらく待っても、声どころかマウスの音
もキーボードを叩く音さえしない。
「裕太?」
背を向けたまま催促した。
「うん」
返事はするものの、結果に対する反応はない。
勿体ぶっているのか、落ちているから言葉がないのか。
「どっちなんだよ」
裕太の答えを待ちきれず、振り向いた先には桜の花が咲いていた。
「これって?」
隆は裕太の顔を見た。
「たかちゃん、おめでとう」
ひきつった顔で裕太が言う。今にも泣きそうな顔は喜んでいるのだとは思えなかった。
「お前、言ってることと顔が違うよ」
こつんと頭を小突く。
「……受験、終わり? 」
裕太が顔を伏せ、淋しそうに言った。
「まだ、国立が残っててるよ」
「ホント?」
弾けるように、裕太が顔を上げる。
裕太の素直な反応に時々どきっとする。全てを正直に話したからだろうか、直接気持ちをぶつけてくる。何も身に着けていない裸で隆に抱きついてくるように感
じる。
受験が終わるまで、そう約束した。
あの時は裕太の言うことがどこか信じられなかった。裕太を遠く感じた。だから受け入れることを拒んだ。
今は違う。接するごとに、裕太が近くなってくる。薄皮を剥ぐように、裕太の気持ちが透けて見えてくるようだった。
もう裕太の言うことを嘘だとは、思っていない。なのに、裕太は嘘をついていたという事実が気持ちを押さえつける。素直に受けいれることを拒む。まだ時間は
あるじゃないか、と頭の片隅で囁く声がある。
国立は本命じゃない。途中から諦めて私立に重点を絞った。センター試験の結果から、二次の受験先を決めたけれど、希望する学部でもない。正直に言えば、受
験を引き伸ばしているだけだった。
裕太を手放したくはないくせに、受け入れることを拒んで、ただ決断を先延ばししているだけだ。
隆は合格の報告をするため久しぶりに登校した学校の自習室の前で紺野に会った。
「時間あるなら付き合わない? 」
紺野は学食を視線で示した。
昼時間ではないから、数えるほどしか人はいない。三年生は期末テストが終われば登校する必要はない。気分転換に学校の自習室に来るのだと、紺野は言った。
自動販売機で飲み物を買うと、近くの席へ座った。
「おめでとう」
隆が合格を告げると、紺野は笑顔で応えてくれる。
「じゃあ、晴れて受験生返上だな」
紺野が持っていた缶コーヒーを乾杯するかのように揺らした。
「いや、まだ国立が残っているから」
隆が自分の持っていた缶を合わせながら答えると、紺野は不思議そうな顔をした。
「やめたんじゃないの?」
「まあ、チャレンジだけど」
時間稼ぎとは言えない。
「じゃあ、あいつはまだ寂しい思いをするわけだ」
紺野が遠くを見るように言った。
裕太のことを紺野には付き合うことにしたとしか言っていない。
「そんなことないさ」
受験が終わりかと聞いてきた裕太はまだ国立があると喜んでいた。
受験生だから遊べるわけもなく、それでも、時々呼び出すと直ぐに飛んでくる。ココアを作ってきてくれと言ったら、嬉しそうに作りにいって、自分の分も作っ
てきて、いつもの場所で大人しく座って飲んでいる。
母親には、それくらい自分でしろと言われるけれど、それくらいしか繋がりを持てない。
何も会話を交わすわけでもないのに、その空間は居心地が良かった。声をかけるまで裕太はずっと大人しく座っていた。カップを手から取り上げると、すっと目
を閉じる。唇に触れると腕を首に回してきた。初めはこわごわだったものが貪欲になっていく。いつからか、唇を離すと裕太は物足りなそうな顔をするように
なった。
それでも、文句は言わずに笑顔を見せると「がんばってね」と一言言って、カップを持ち部屋を出ていく。
受験生だから――――それはお互い深みにはまらない呪文のようなものに思えた。
受験が終わった後どうしたいのか。隆は自分でも分からなかった。
「……あいつ、謝りにきたよ」
缶コーヒーを口から離すと、ぽつりと紺野が言った。
「いつ?」
そんな話は聞いていない。まだ、裕太は全てを話してはくれないらしい。
「期末テスト前だったけど、いつだったかは忘れた」
「あいつ、なんだって?」
信じ始めていたのに、と隆は思った。
「『ごめんなさい』ってそれだけ」
「それだけ?」
少し気が抜けた。
「それで頭を下げたままでいるんだ。もしかして、何も言わなかったらそのままでいるつもりなのかと思って、そのまま帰りかけたんだけど、なんか下級生を苛
めているみたいで後味悪くなりそうだったから、もういいよって声かけたんだ。そうしたら、もう一回『ごめんなさい』って」
「そっか」
ただ謝ってきたと、それだけを話しづらかったのかもしれない。
「ああ、それから、少しだけ隆を貸してくれとか言ってたな。返してくれるんなら、いつでも大歓迎なんだけど?」
紺野が含みがあるように言う。
「付き合うって言ってたのに、あいつに言ってないんだろ、お前の気持ち」
続けた紺野の言葉に隆は視線を伏せた。
言葉では言っていない。けれど、好きでもないやつに、自分だけを見ろとか言わないし、キスだってしないだろ、と思う。
隆は答えに困った。自分は気持ちを告げたつもりでいた。
「その時は、少し辛い思いをすれば、と思ったんだけど」
言葉につられるように隆が紺野を見ると、紺野は宙を見上げた。
「時間薬ってあるんだな」
そう続けて、紺野は自嘲するように口元を緩めた。
「紺野?」
「あいつさ、変わったと思わないか?」
「そう、か?」
自分に対してだけかと隆は思っていた。
「なんか、鎧を脱ぎ捨てた感じ? 今まではカチンカチンに身を固めていたんだなって、その時に思ったよ」
ストレートに感情を出すようになったとは思う。今までもそうだと思っていた。けれど、比べる対象があって初めて分かることもある。顔を見れば挨拶をする、
そ
れだけの関係が長い間続き久しぶりに話を交わした裕太が変わってみえたのは単なる成長だと思っていた。お互い子供だった。それが人を好きだと思う感情を知
り
変わることは不思議なことだと思わなかった。なのに、今の裕太は子供の頃そのままに感情をぶつけてくる。口から出る言葉全てはそう心の中で思っているのだ
と、身体全てで伝えてくる。
「そう、かもな」
正直に気持ちを話してくれるまで、裕太は嘘で身体を包んでいたのかもしれない。
「なんか、負けたなって思う。俺は嘘をつくぐらいなら、友達でいることをを選ぶな。嘘が知られた後のことを考えると、そんなことはできないよ」
「それが普通だろ」
他人を騙して簡単に良い結果が得られるなら誰でもやるだろう。けれど、良心なんてものが曲がりなりにもあるのは、それを阻止するためなのだろう。
「でも、あいつは、それほどお前が欲しかったんだろ?」
顔をうかがうように見られて、隆は眉を顰めた。
「だからって」
それを認めるのは躊躇う。
「それで、お前も好きなんだろ?」
一度は認めないと言った紺野の声に隆は背中を押されている感じがした。
「お前は許せるのか?」
訊いた隆に紺野は怪訝そうな顔をした。
「俺のことは関係ないだろ?」
「でも、お前は大切な友達だから……」
自分だけではなく、裕太は紺野も傷つけた。
「……そう思ってくれるんだ」
「当たり前だろ」
気持ちに応えることはできない。だからといって、全ての関係を清算してしまうことはできない。三年間を一緒に過ごしてきた友達だ。
紺野はふっと口元を緩めた。
「俺はあいつを許せないよ」
出てきた言葉は隆の予想を裏切った。背中を押してくれた、そう思ったのは間違っていたのだろうか、と隆は思った。
「でも、お前には許してやって欲しいかな、って思う」
紺野が笑みを浮かべる。
「いいのか?」
「決めるのはお前だよ」
「……それは、分かってる」
答えをだすのは自分しかいない。そして、その時間も迫ってくる。
机の上に問題集とノートを広げながら、隆はぼんやりとしていた。
もう既に本命校の結果はでている。手続きもすませた。国立が受かったとしても、たぶんそっちを蹴るだろう。ならば、受験さえもう意味がないものだ。なのに
続けているのは理由がある。
受け入れることも拒むことも躊躇い、気持ちはただ結論を先延ばしにしようとする。
――――先延ばしにしたいってことは、もう結論がでているってことだな
隆は自嘲した。
静かだった外から石焼芋売りの声が聞こえた。
隆は携帯を取ると、掛け慣れた相手へラインを繋いだ。
呼び出し音ひとつで出た相手を、
「石焼芋買ってきてくれよ」
隆はいつものように呼びつけた。
玄関ドアがあく。
そして、バタバタとあがってくるはずの階段の音が今日はしなかった。
あれっ? と隆が思っていると、程なくしてバタバタといつもの音が聞こえてくる。
部屋のドアを一応ノックして、けれど、返事もしていないのに、ドアは開いた。
「ごめん、たかちゃん、遅くなって。場所がよく分からなくて……ほんと、すぐに探しに行ったんだ。でも」
はあはあと荒い息をしながら、一生懸命弁解しようとする。コートを手にし、身体から湯気が立ち上って、前髪は汗で張り付いていた。顎に汗がつうと一筋流れ
る。それを裕太は手の甲で拭った。
裕太を呼び出してから三十分近くが経っていた。その間、音を頼りに住宅街を裕太はずっと走り回っていたのかもしれない。
「何も言ってないだろ?」
「でも」
裕太は顔を伏せた。
すぐに飛んでこいとは確かに言った。けれど、無茶なことは言わないとも言ったはずだ。
「ちょっと待ってろ」
そう隆は言うと、部屋を出て階下へ行った。
小さなため息がでる。痛いほど気持ちが伝わってくる。紺野が鎧を剥がしたと言った言葉を確かにそうなのかもしれない、と思った。嘘という錘を捨てて、身軽
になった裕太が心の中に飛び込んでくる。
水を一杯グラスに注ぐと、隆は部屋へ戻った。
裕太は膝の上に紙袋をのせ、いつものところに座っていた。ドアを開けた隆とすぐ目があう。
隆はまっすぐに裕太のところへ行くと、グラスを差し出した。
「ありがと」
裕太が躊躇いがちに手を出す。グラスを手に取るとそのまま口元へ持っていき、ごくりと飲んだ。
「そんなに急がなくても良かったのに」
販売車が行ってしまったのなら、それでも良かった。単なる口実に過ぎなかったのに、そのためにこいつはどれだけ走り回ったのかと思うと胸が痛くなる。
確かに裕太を好きだと思っていた。けれど、これほどの愛しさをその時には感じてはいなかった。
今なら、どれほど裕太が他の人を好きだと言っても、他人に任せたりはしない。他人の手に抱かせるようなことはしない。
答えはでているじゃないか。隆はそう思った。
隣へ腰かけ、手を裕太の頭へ回そうとした。
「あ、汗かいてるから……」
裕太が避けるように身体を捻る。弾みで膝の上に置いていた紙袋が床に落ちた。
「あ」
裕太が声があげ、視線を床へ落とす。
「いいさ」
裕太の手からグラスを取り上げ机に置くと、隆はぎゅっと裕太の身体を抱きしめた。湿った熱気を裕太の身体から感じた。
「たかちゃん?」
裕太が身体を捻りながら、逃れようとする。
「いや? 俺に抱かれるの」
ぱたっと裕太が動かなくなる。
「そんなことない。でも……」
力ない声が返ってきた。
「俺、裕太の匂い好きだよ」
汗をかいていても、そんなことは関係ない。たまらなく抱きしめたくなった。
「でも……」
「ん?」
「あったかいうちがいいよ」
抱かれたまま、裕太が手を下に伸ばそうとしているのが分かる。
「そうだな」
せっかく裕太が走り回って買ってきてくれたものだから。
もう少しで届きそうだった裕太の手よりも先に、隆は袋を拾い上げた。
「後で、金は払うから」
袋の中を見ると香ばしい匂いが鼻をついた。手ごろの大きさのものが二本入っている。
「いいよ。たかちゃんの合格祝い」
「……これで済まされちゃうの?」
笑いがでた。別にいいけど。
「じゃあ、何が欲しい?」
お前、そう言おうとして隆はやめた。
「ありがたく、もらっておくよ」
袋の中からひとつ取り出すと、袋ごと裕太に渡した。まだ熱いくらいのそれを、真ん中から折るように割ると、中から湯気と黄金色の実が顔を出す。一口齧って
裕太の方を見た。裕太は周りの皮を剥いでいた手を止めて隆の方を向いた。
「おいしいな」
笑いかけると、「うん」と頷く。
「まだ、食べてないだろ」
隆は裕太の手元を指差した。
「絶対、おいしいよ」
「なんで、そんなこと言えるんだよ」
そんなことどうでもいいと思いながら、ムキになっている自分がいた。
裕太は視線を戻し、また皮をむき始めた。
「たかちゃんがいるから」
呟くように言う。
「お前、いつからそんな風に思ってたの?」
それほど、なぜ自分を思ってくれるのか、不思議になる。
「生まれたときから」
焼き芋皮をむきながら、裕太は答えた。
「そんなわけないだろ」
呆れながら隆は答えた。有り得ない。
「初めて僕が家に帰ってきた時、垣根の向かうにたかちゃんがいて、たかちゃんが僕を見て『かわいい』って言ったあの時から」
「は? 」
そんな記憶があるわけがなく、けれど、有りえそうな事実に隆は呆然となった。
「そんなこと、覚えてんのか? 」
続けて隆は問い掛けた。覚えているわけがないと思いながらも、ただ言っているだけだとも思えなかった。
「それは、かあさんが教えてくれたことだけど、僕はたかちゃんに会いたくて、垣根の向こうでたかちゃんを待ってた、そんな記憶はあるよ。かあさんが呆れて
た。何してるの? って、答えられなくて、手を引かれて連れ戻されて、玄関に鍵をかけられて外へ出られなくて、窓から行こうとして落ちたこともあるよ」
相変わらず、裕太は焼き芋の皮を丁寧に少しづつむいていた。
「たかちゃんに会える公園は大好きだった。でも、たかちゃんは幼稚園に行くようになって、やっと追いついたと思ったら、今度は小学校に行っちゃって……僕
はいつもたかちゃんを追いかけてた」
ぼそぼそと裕太が続ける。
裕太はいつも傍にいたような気がする。けれど、はっきりとした記憶が隆にはなかった。
「いつも手を繋いでくれて、笑いかけてくれた。遊歩道の脇の水路に落ちてどろだらけになった時も、みんな遠巻きに見てたのに、たかちゃんだけは、頭撫でて
くれて手を引いて帰ってくれた」
「だって、お前、そりゃ、ほっとけないだろ」
答えながら、自分には記憶がないと思った。
「河原の花火、見に行ったときも、ずっと手を繋いでいてくれた」
「あんなトコで迷子になったら、困るからだろ」
もう十年ほど前に廃止された近くの河原で行われる花火を裕太にねだられて二人で見に行ったことはあった。それは覚えている。帰ってからどこへ行ってたんだ
と、散々怒られて、
隆はあまり思い出したくないことだった。
「ずっと、たかちゃんは僕の傍にいてくれるんだと思っていたのに、中学へ行って帰りも遅くなってなかなか会えなくて、そうしたら――――」
裕太が突然言葉を止める。隆が顔を覗き込むと、きゅっと閉じた目から涙が一筋流れていた。
「裕太?」
裕太は鼻をすすり上げると、何度か瞬きをして、隆の方へ向いた。
「大丈夫だよ。ちゃんと諦めるから」
まっすぐ見てくる大きな瞳は潤んでいた。
諦める?
「何を?」
「たかちゃんのこと」
裕太は溢れそうになる涙を堪えるように、ぎゅっと一度目を閉じて困ったように笑うと、また視線を前へ戻した。
誰が諦めろって言ったんだ?
「なんで?」
「だって、僕達の間は受験が終わるまででしょう? 受験終わったら、たかちゃんは紺野さんと……」
言いながら裕太は焼き芋の皮を丁寧にむいている。
「早く食べないと、冷めるだろ」
隆は焼き芋をもつ裕太の手を口元へ持っていった。一瞬身体を引いて、でも裕太は一口先を齧った。
「甘い」
裕太が呟く。
「そっか、よかったな」
裕太はこくんと頷いた。
焼き芋を全部お腹へ納め、隆は裕太のために持ってきたはずの水を一口飲んだ。
裕太が最後の一口を口の中へ収めるのを見てグラスを手渡すと小さく頷いて受け取る。
グラスを傾けて水を飲む裕太を隆はじっと見ていた。
ごくりと一口飲むと裕太が不思議そうに隆の方を見る。
「何?」
裕太の問いかけには答えず、隆は裕太の手からグラスを取り上げて、机の上に置いた。
裕太の視線は隆の手を追っていた。そのまま隆が頬に触れると、まるでその先は決まっているかのように裕太は目を閉じる。
すっと裕太の頬から隆が手を離すと、裕太はゆっくりと目を開けた。隆を見る瞳は不安げに揺れていた。
「キスってどんなやつとするの?」
隆の問いかけに裕太はきょとんとした顔をした。
「お前はどんなやつとならする?」
重ねて問いかけた。
「……好きなひと」
裕太が躊躇いがちに答える。
「俺は違うのか?」
「たかちゃんは、優しいから」
裕太が視線を伏せる。
「誰にでもキスするやつが優しいのか?」
裕太は弾けるように何度もかぶりを振った。
「お前、俺を買い被りすぎ」
「そんなことないよ。たかちゃんは――――」
隆は裕太の顎に手をかけると、上を向かせて、唇を塞いだ。すぐに離すと、抱き込むようにして耳元へ口を寄せた。
「もう、それ以上言うなよ」
囁きかけると、裕太の身体がびくっと震える。
「でも……」
裕太の手がおずおずと背中へ回される。
「受験終わるまでっていう約束、破ってもいいか?」
腕の中で裕太がかぶりを振る。
「じゃあ、お前今俺と別れたいの?」
今度は更に、大きくかぶりを振った。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「だって、たかちゃんは紺野さんが……」
「紺野は断ったよ」
ふっと裕太が顔を上げた。
「ほんと?」
「嘘言って、どうするんだよ」
「あ、でも、だって……」
裕太がどうしたらいいのか分からないように視線を彷徨わせる。
「好きだよ」
ぴくっと跳ねた裕太の身体はその後、固まったように動かなかった。
「裕太?」
頬を撫でると、裕太はゆっくりとまるでスローモーションの画像のように隆と向かいあう。
「いつから?」
「生まれたときから」
裕太は不服そうに顔をゆがめた。
「僕、まだいないよ」
「そういうことにしとこうよ」
「だって。絶対嘘だ」
「はっきり分かるだけ良心的だろ?」
「ずるいよ、たかちゃん」
すねたように顔を伏せた裕太を隆は包み込むように抱きしめた。
「嘘はいやだろ? だから、もう、絶対嘘はつくなよ」
「……うん」
かんねんしたように、腕の中で裕太はぐったりと身体の力を抜いた。その裕太を隆は更にぎゅっと強く抱きしめた。
いつから?
その問いに答えたら、自分が嘘をついていたことがばれてしまう。
もし、裕太が正直に自分の気持ちを話してくれたら、最初は引いたかもしれない。
けれど、振り切ることはできなくて、惹かれていっただろう。騙されていたと知った後も、更に惹かれていく自分がいた。
嘘をつくから、ずいぶん周り道をしてしまった。
おまけに、自分まで嘘をつくはめになった。
裕太に好きな人はいる? と訊かれて、目の前のやつを好きだと思いながら「いない」と答えていた自分がいる。
「今日、泊まっていくか? 」
そう隆が問い掛けると、裕太は小さく頷いた。