流しの前で、水を溜めた洗面器に食器を浸していたら、後ろから亮に抱きつかれた。
「寛人」
首筋に息を感じて、心臓がきゅっと縮む。
「俺も――――シャワー浴びるから、先にベッドに行ってて」
「うん」
亮は素直に返事をすると、身体を離した。
早くね、と言うと亮が襖を開ける。
奥の部屋からの冷気がすっと身体を撫でていった。ベッドと机だけがある部屋は電気を付けず暗いまま、
亮がベッドに入ったのだろう、布が擦れる音がした。
少し時間稼ぎをしようと思ったのに、冷たいベッドの中に、亮を一人にしておく事に気がとがめて――――急いで、玄関の鍵を確かめて、キッチンのコンロを見
て、コ
タツを消して、シャワーをさっと浴びて、バスタオルを巻くと、電気を消して、奥の部屋へ入り襖を閉めた。
「これじゃ、何も見えない」
不服そうに言う亮に応えるように、ベッドに近づくと手を伸ばしてベッドの奥のカーテンを半分引いた。すると、街頭と月の淡い明かりが入ってくる。
「これでいいか?」
「ん」
短く答えると、亮がベッドの中で身じろぐ。俺は、バスタオルを下に落とすと、べッドの空いたスペースに身体を滑り込ませた。途端、絡みついてくる腕があ
る。まだ、冷たいベッドの中は絡みついてくる亮だけが暖かかかった。
「寛人」
呼ばれたことに返すように、腕を背中に回して、足を絡めて、一度ぎゅっと抱きしめると、顔を上に向かせて、唇を塞いだ。
亮と知り合って一年半ほどになる。それまで、普通に女と付き合っていたし、自分にこんな指向があるとは思ってもいなかった。大学での講
義の席が隣になった。出会いはそんな普通のものだった。
亮から告白されたのが半年前、初めて肌を重ねたのは、三ヶ月くらい前だったか。それまで、手を出すことなんてできなかった。可愛くて、愛しくて、守ってや
りたくて。
あの時も、酒が入っていて、亮にうまく乗せられたんだ。後で来るはずの友達は来ず、どうしてそんな顔できるんだ、ってほど色っぽい顔されて――――でも、
切れそうになった自制心は絹の糸ほど残ってた。
慣らしてからじゃないと挿れてはいけないと知ってはいた。だから、挿れたのは、指だけ。喘ぐ亮を見て、お互いのものを束ねて達して、それで満足した、俺
は。
亮のものが自分に触れている、それだけで、気持ち良くて、直ぐにでもイきそうになるのを必死に抑えていたくらいだ。
それからは、二人きりで会えば、触れあわない事はなかった。
もういいよ、大丈夫だよ、そうしきりに言う亮に、まだダメだよ、お前を傷つけたくない、と何度言った事か。
一週間ほど前、大晦日に安達と清水を二人の関係を悟られずにうまく帰したら――――ちゃんと抱いて欲しい、と言い出したのは亮だ。前の年も四人で年を明か
した。あいつらが帰るわけないじゃん、と思ったからしぶしぶだったけれど、承諾した。
抱きたくないわけじゃない。本能のまま突っ走る事を許されたなら、シャワーやら、慣らすなんて事をすっ飛ばして、亮が泣こうが、喚こうが、服を剥いで自分
のものを収めてしまいたい。
でも、そんな事はできない。可愛くて、愛しくて、傷つけたくない、それはもちろんそうなのだけれど、それだけじゃない。
俺、大丈夫かな。あいつをちゃんと満足させてやれるんだろうか、そんな考えが頭の中を巡ってる。触れただけでも、すぐイってしまいそうなのに、あいつの中
に入ったら、どうなってしまうだろう。
柔らかくて、しっとりした湿り気を持ち、暖かい、あいつの中は、指を入れただけでも、絡みついてくる。指を誘うようにうねる。考えただけで、イける、何回
でも。
「ん……」
深く唇を合わせて貪りあう。絡めた舌が湿っぽい音をたてる。
下腹部は既に立ち上がっているものが掠れあっていて、弱い刺激が、また、気持ち良い。
段々と、ベッドの中が暖まってくる。自分たちの周りだけ、身体の疼きから発せられた熱が空気を暖める。
今日は許してくれないよな、と思った。
潤んだ瞳で抗議するあいつを抱え込んで、大好きだよって何回言っても、許してくれないよな。
挿れちゃっていいのかな、こいつをホント俺のものにしちゃっていいのかな――――こいつは、俺で満足してくれんのかな。
この期に及んでそんな考えが頭から離れない。
亮の肌をまさぐっていた手で、胸の突起を転がした。喉の奥で声が漏れる。しばらく、しつこく、続けていると、舌を軽く噛まれた。
はいはい――――。
手を下へ伸ばし、内股へ差し入れると、亮が足を開く。窄まりをくるっと撫でると、亮の身体が小さく跳ねた。そのまま、ゆっくりと解すように撫でる。そのう
ち、亮の身体から力が抜けてくるのが分かる。絡めている舌もお留守になってきて、首に回している腕もゆるくなってくる。
口を離すと、軽く喘ぎが漏れる。
枕元のジェルを指に取り、柔らかくなっている窄まりに、すっと差し入れた。
「あ……」
亮が小さく声を漏らす。
亮の顔はあまり見ないようにしていた。見てしまえば、直接下半身に響く事は分かっているから。けれど、漏れてくる声に、見たいと思ってしまう。今、どんな
顔をしているんだろう。どう感じているんだろう。
でも、今日は簡単にイく事は許してもらえないだろうから、我慢、我慢。
できるだけ、気持ちを押し殺して、亮が一番喜ぶところを指で探る。身体がびくんと震えるその場所を、ゆっくり優しく擦りあげながら指を増やしていく。二
本、三本。
「寛人――――寛……」
喘ぎながら、名前を呼ぶ意味は分かってる。欲しいって、言ってるんだよな。もうほぼ勃ち上がってる亮のものはふるふると震え、透明な汁を零してる。先端を
口に含んで、くるっと舐めたら、亮の身体が大きく跳ねて、挿れていた指がするっと抜けてしまった。抜けてしまったところを撫でると、誘うようにひくつく。
「寛人、いや、だ。もう、焦らさ――――ないで」
泣き出しそうな声で亮が訴える。
うん。そうだよな。俺だって欲しいんだよ。欲しくて、でも不安で、亮が望んでいるのは分かるのに、手を出す事ができなくて、でも。
――――大切にするから。
だから、俺のものになれ、亮。
ジェルを自分のものに塗りつけると、亮の腰を持ち上げて、窄まりに自分のものをあてがった。誘うようにひくつく入り口に少しだけくっと押し込む。柔らかい
そこは、抵抗もなく受け入れて、暖かく湿った感触が先端に絡みつく。
すぐに、突っ込んで動きたい衝動を抑えながら、ゆっくりと埋めていった。いくら慣らしたとはいえ、最初は辛いはずだ。もともと、受け入れるためのところ
じゃないんだから。
ゆっくりと身体を進める間、亮は荒い息を繰り返していた。部屋の冷たい空気が沈黙を響かせている中、亮の息だけが耳に入る。その中で、ぼーんと鐘の鳴る音
が微かに聞こえた。
全てを亮の中に収めると、溜息にも似た大きな息が出た。やっと、ここまで来たそんな感じ。嫌とか言うんじゃない。本能に飲まれそうに
なってしまう、その戦いにちょっと疲れた。気をはっていないと、亮を乱暴に扱ってしまいそうだ。予想していた以上に良くて、すぐに意識を持っていかれそう
になる。
「亮」
そう言いながら、亮の前髪に手をかけて梳くように横へ流し、恐る恐る亮の顔をのぞき込んだ。 「寛……人」
そう言った亮は、今にも泣きそうな顔をしていて、そのくせ色っぽくて。いつもは、あどけない可愛い顔してるくせに、それは反則だ。
「何? 痛い? 」
顔を歪めて慌てて頭を振った亮は、
「ううん、寛人が、いる。自分の中に寛人がいるって感じる」
と言った。
荒い息を絡めながら出す声は甘くて――――それ
も、反則だよ、亮。
自分を宥めるように、俺はもう一度ゆっくり息を吐いた。
「動くよ」
「ん」
ゆっくり、引いて突き上げる。
「あ……ぁあ……っ」
繰り返される動きに呼応するように、亮が息ともつかない声をあげる。泣きそうな、それでいて甘さを感じるような、その声だけで、たまんないのに、潤んだ瞳
で俺を見るなよ。幸せなんだか、苦痛なんだかわからなくなってくるじゃないか。このまま、果てるなんて簡単な事だ。勢いで突っ走ったら、それこそ、すぐ
だ。
でも、それじゃ、自分で自分を許せないよ。だから、ベッドに付いた手を軽く握り、自分の肌に爪を立てた。ただ一本だけ伸ばしている親指の爪で。
亮、お前を満足させてやりたい。それでなきゃ、意味がないから。
ゆらめく亮の表情が段々変わってくる。泣きそうだった顔が苦痛を訴えるように小さく頭をふる。
「何?」
「あ……」
シーツを掴んでいた亮の手が意志を持ったように、宙に浮いた。それを捕まえると、ベッドに押さえつけた。
亮は更に大きくかぶりをふり、足が落ち着かないように、シーツを滑る。
「なに?」
「イかせて、ああ……もう、ああ、お願い」
自分だっていっぱいいっぱいだったのに、亮の方がせっぱ詰まってると分かったら、急に余裕が生まれた。それは、ほんのちっぽけなものではあるけど。
「まだ、だめ、だよ」
まだ、終わりたくない。肌が粘膜と擦れ合う、ただそれだけの事なのに、そこから生み出される快感は大きい。
一旦動きを止めて、さっきよりゆっくり動いた。
「あ――――ぁ……ぁあ」
亮の声がさっきより、余韻を持つ。けれど、それがちょっと苦しげで切なくて、少しづつ動きを早めた。
「――――いいよ、イッて」
自分に余裕がなくなるのも直ぐで、亮のものを手で包み込むと擦りあげながら、本能のまま突き上げた。
もう、何も考えられなかった。今まで我慢していた分、全て解放した。ごめん亮、と思いながら、愉悦に浸った。
なんとも言えない快感と解放感の後、ほんの一瞬意識が飛んだ。たぶん、飛んだのだと思う。自分が空白になった一瞬を感じた。
力が抜けていく身体を捻って、亮の横に仰向けになった。まるで、マラソン大会の後みたいに荒い息が止まらない。声すら出せない。
だから、手を伸ばして亮の頭をこちらへ寄せた。
少しこちらを向いた亮と額がぶつかった。
亮――――そう呼びたくても、声がでない。大好きだよ、と言いたくても声をだせなくて、両手を回して、亮を抱きしめた。愛しくて、愛しくて、抱いてしまう
事が怖いほど、愛しかった。
亮も腕の中で荒い息をついていた。
それって、満足してくれたって事だよな。俺でいいんだよな。声に出しては言えないけれど、そう自分を納得させていた。
安堵と疲れとちょっとした放心状態のまま、目を閉じると、そのまま眠りに引き込まれそうになる。
シャワー浴びた方がいいかな、いいや、どうせ亮のもんだし。亮だって、もう動きたくないよな。朝になってからでいいや、全部。
少し腕を緩めて、額にちゅっとキスを落とすと、またぎゅっと抱きしめた。
今のは、おやすみのキス。
「寛……人」
苦しげに、亮が言う。
「明日に……しよ」
そう言って、背中をさする。全部、明日。文句も何もかも朝になってからにしてくれ。あ、もう今日か、と思ったけど、今更訂正もしたくない。今は、まどろん
でいたい。亮を腕に抱いたまま、眠ってしまいたい。