告白

智は、占いは信じない方だった。
毎朝見ている朝の情報番組の星座占いで一番いいと言われても、良かったためしはない。

けれど、今日だけは信じたかった。
『好きな人と急接近。新しい恋に発展するかも』なんて。
まるで何かのキャッチフレーズみたいな占い結果を、あるわけないじゃんと思いながら、そうだったいいのにと思う。

いつものように朝を過ごし、いつのもように昼も過ごし、午後の授業が始まって、智は小さくため息を零した。
今日は俊介だけ部活がある日だから、これから後せいぜい言葉を交わしたところで『じゃあ、また明日』ぐらいだ。
やっぱり、星占いなんてあてにならないと思った。

掃除当番だったから、ばたばたしているうちに、教室から俊介の姿は消えていた。
普通に部活へ行ったのだろうと思う。
やっぱり占いなんて当たらない。
分かっていたはずなのに、がっかりしている自分がいた。

でも、と思う。
待っているばかりだから、何も起こらないのかもしれない。
棚から牡丹餅なんてそうそう落ちてきはしない。
――――待ってみようかな
そんな気になった。
部活が終わる時間はだいたい分かっているし、外の通路を見ていたら帰るときは分かる。
どうしたんだって言われたら?
分からないところがあって、先生に訊きに行っていたとでも言おうか。
そんなことを考えた。

「じゃあな」
そんな声を智にかけながら、一人、二人、三人、と教室を出ていく。
「帰んないの? 」
という声には、「ちょっと用事があって」と濁した。
どうせ俊介は教室には帰ってこない。挫けたら会わないで帰ればいい。窓からもう一度見れたら、それで満足してしまうかもしれない。
それなら、それでいい。

智は誰もいなくなった教室の窓際の席に座った。
体育館の方へ視線を向けて、今、あそこにいるんだ、と思う。
試合を見に行ったことがあるけれど、かっこよすぎて正視できなかった。エースアタッカーというポジションは伊達じゃない。見ているだけで心臓ばかりが体の 中でうるさく響いて、苦しくて、三回戦で負けてしまって、それは残念だったけれど、もし、これ以上試合が続いていたら、心臓が爆発してしまうんじゃないか と思ったぐらい、苦しかった。
試合には女の子のファンもいて、たまに下校途中にもいたりする。
男子校でよかったと智はつくづく思っていた。学校内で女の子が俊介の周りをうろうろすることだけはない。文化祭を除いて。

智はただぼんやりと体育館の方を眺めていた。
時折、廊下で話声や足音がして、外からはひっきりなしに運動部の掛け声とか応援団が練習する声が聞こえる。
宿題でも終わらせるとか、英単語を調べるとかすれば、時間の有効活用だとは思うけれど、何もする気にはなれなかった。
新しい恋に発展。
そんな占い結果がまだ頭の片隅を過ぎる。
待っていたところで、バレー部の連中やら、同じような時間に部活が終わったクラスのやつやらが一緒なんだから、恋に発展する時間なんてない。
なのに、どっかで信じたい気持ちがある。
信じるものは救われる――――それは有名な言葉だ。

かたんと小さな音がして、智が振り向くと、後ろの入り口の上に手をかけて俊介が立っていた。
「え……」
まだ部活中のはずだし体育館から帰ってくるのに、窓の下の通路を通るはずだった。
「お前、何やってんの? 」
俊介が自分の方へ歩いてくる。
「え、俊介を待って――――」
混乱した頭は、思っていたことを素直に口にしていた。
「何? 俺に用があったの? 」
それはそうだけれど、まだ心の準備はできていなかった。
「あ、だって、部活……」
言葉はしどろもどろになる。
「今日は、コーチの都合で休みって言っただろ? 」
「え、知らないよ。そんなの」
聞いていたら忘れるわけはない。
「昼に言ったよ。まあ、お前上の空みたいだったから耳を通り抜けていったんだろ。返事も空返事みたいだったし」
「あ、そんな……ごめん」
ふわふわ浮いていたような日だったから、絶対ないとは断言できなかった。
「コンビニんとこで待ってたのに来ないから来てみたら……俺を待ってたんなら、戻ってきてよかったけどな」
窓際まで来た俊介が、智が座っていた前の机に鞄を置くと席を引いて座った。
「で、何? 」
机の上に腕を置いて、至近距離で見上げてくる。
「あ……」
俊介の瞳に自分が映っていて、自分は追い詰められたウサギのようだと智は思った。

「そんなに言いづらいことか? 」
俊介が小さくため息をつく。
当たり前だよ――――そんな言葉を心の中で呟いて。
何か言い訳はないかと頭を巡らせてみるけれど、俊介に見つめられて体ばかりか脳みそまで固まっていた。
今まで思っていたことしか頭にはなかった。
何かを言わなければならないとしたら、言える言葉はひとつしかなかった。
まっすぐ瞳を見ているのはちょっと辛くて、智は少しだけ顔を伏せた。
「俊介が……好き、なんだ」
そう素直に言葉にだせたのは、きっと、朝聞いた占いのせいだ。
「それって、どういうこと? 」
問い掛けてきた声は優しかった。
「友達以上に、思ってる」
そこまで言って胸が苦しくなった。
俊介の次の言葉を聞くのが怖かった。
少し沈黙があって、俊介がまた小さくため息をついた。
「いいんだ。ごめん」
拒絶の言葉を聞くのが嫌で、智は自分から終わりにした。ちゃんと気持ちを伝えてそれでもだめなら仕方ない。もともと、望みなんてなかったことだ。

「何が? 」
俊介が訊いてくる。
終わりにしたかったのに、そうはさせてくれないらしい。
「友達でいてくれたら……」
それさえもう望みになってくる。
「どうして?」
「だって……」
こんなに追求されるとは思わなかった。気持ち悪いの一言で済まされるだけかと思っていた。
「お前、せっかちすぎ」
「え? 」
顔をあげたら、俊介が小さく笑った。
「感動してたのに。さっさと一人で行っちゃうなよ」
――――え?
もしかしたらという思いで智は声がでなかった。
「だめだと思ってからさ」
「……何で? 」
俊介にだめだと思わせることなんてした覚えはなかった。
「肩に手をかけただけで、体強張らせちゃって顔背けちゃって。そんなことすら嫌なのかと思った」
「あの時は――――」
忘れはしない。ただどきどきして顔を見るのが辛かった。
「二人で昼飯食おうとか。結構アプローチしてるつもりだったんだけど、お前はただ誘われるからついてくるみたいな感じだったし」
「そんなことないよっ」
智は叫んでいた。
嬉しくて、嬉しくて、でも、知られたら避けられてしまうかと思うと気持ちを抑えていた。
俊介は少し驚いた顔をして、また小さく笑った。
「良かった」
俊介が目を細めて、伸ばしてきた手が頬に触れる。温かい手に胸が熱くなった。
「ちょっとだけ」
そう言って近づいてきた俊介と唇が少しだけ触れた。言葉どおりすぐ離れていってしまった唇が名残惜しかった。

「いいの? 僕で」
智は目の前の瞳に問い掛けた。
「いいのか? 俺で」
もらえたのは答えじゃなかった。
「質問に質問はずるいよ」
文句になって出る。
「じゃあ、お前が先に答えてよ」
それもずるいよ、と思いながら降参した。
「いいに決まってるだろ」
好きだと言ってから五分も経っていない。
「良かった、同じだ」
俊介が頭をくしゃっと撫でて、首を傾げた。
ずるいよと思いながら、智は反論するのをやめた。
触れられて胸が熱くて、言葉がでてこない。

――――きっといつか気持ちそのままの言葉を聞かせてくれるよね?
目の前の瞳に向かって、智は心の中で呟いた。

Fin

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