一哉は史也とベッドの上で向かいあっていた。
どれほどの時間だっただろう。五分か六分か。もっと長かったかもしれない。案外、一分くらいだったのかもしれない。
勢いって大事だよな―――― 一哉はそんなことを考えていた。
順番に風呂に入って、パジャマ姿でベッドの上で向かい合って、経験はないけれど新婚初夜ってこんな感じなんだろうかと思う。続きをしようと言って連れて
きたのだから、やることは決まっていて、途中ドラッグストアなんかに寄って必要なものも手当てした。手を伸ばせば届く机の上にそれらは鎮座していたりす
る。
さあどうぞ、と目の前に置かれても、極上のフランス料理でトリュフやらキャビアやらフォアグラがきれいな盛られた松阪牛のステーキなんてどっから手をつけ
たらいい
か分からない。
今、そんな気分だった。
顎に手をかけて唇を塞いでしまうべきなんだろうか。
まず、パジャマのボタンをはずしていくのがいいのか。
それとも、よろしくお願いしますの一言を言うべきなんだろうか。
初めてってのは一回しかなくて、ゲームみたいにリセットなんてできなくて、きっと思い出なんていう記憶のページに貼られてしまうから失敗はできない。
そもそも、満足させてやることなんてできるんだろうか?
終わりよければすべて良しなんて言葉があるけれど、終わりよく、できるのか?
よく言えば冷静、悪く言えば煮え切らない頭は不安の材料ばかりを思考回路にのせてくる。
明日も休みだ。時間はたっぷりある。
とは言っても。
史也がきょとんとした顔をして首を傾げた。
もう既に向かい合っているのだから、それはそれで一ページなわけだ。
「いいの? 俺で」
何か言わなくちゃいけないと思って出てきた言葉は情けないものだった。けれど、それが一番気になっていることだった。
一哉は史也の頬へそっと手を伸ばした。
いいの? 俺で――――それを、手でも確かめる。
史也の顔が曇ったら、どんな言い訳を言おうか。そう一哉の頭は考えていた。
やっぱさ、まだ早いよな、とか。
順序ってあるよな、とか。
まずは映画見に行くことから始めようかなんていいかもしれない。次の約束までできる。
怪訝そうな顔をして、史也は頬に伸ばした一哉の手を掴んだ。
「嫌だって言ったらどうすんの? 」
――――え?
つい今まで一哉はそう言われたときの理由を考えていたはずだったのに、途端に頭は真っ白になって何も言葉は出てこなかった。
「訊くなよ、そんなこと」
史也が顔をゆがめる。
「だけど、お前は――――」
ここで前に好きだったやつに名前を出していいのか、一哉はためらった。どこをどう比べても勝ち目がないやつが、どうしても浮かんでしまう。
「そんなに僕のことが信じられない? 好きだって言ったのはついさっきのことだよ」
「そう言うわけじゃないよ。ただ――――」
「ただ? 」
鸚鵡返しをされて、答えなくてはいけなくなった。
「信じられないんだよ。だって、お前は――――」
そこで言葉が止まってしまう。
「やっぱ、信じられないんじゃないか……」
「違うよ!」
信じられないの意味が違う。
「だって、信じられないんだろ」
「違うって言ってるだろ」
周りの空気が堅くなったのを一哉は感じた。
「何が信じられない? どう信じられない? 僕は一哉のことを何ひとつ拒んでいないよ。それでも信じられないって言われたら、これから先どうやって付き
合っていったらいいか分からないよ」
史也が険しい声を出す。
史也の言うことはもっともだと一哉は思った。
どうしたらいいんだろう。どう言ったらわかってくれるのか。そう思いながら、一哉は手に添えられた史也の手を反対に包みこむと胸の前までもってきて両手で
包みこんだ。
「一哉? 」
史也が怪訝そうな声を出す。
「少し……このまま……」
一哉は気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い、吐いた。
好きだとはっきり言ってくれて、行動でも示してくれて……それ以上何を望むというのだろう。
けれど、鈍くさい頭は追いついてこない。史也が好きなのは尾崎だと脳みその奥の奥まで染み込んでいてそう簡単には塗り替えられない。
――――好きだって言ってくれたんだ、こいつが
一哉は史也の手をぎゅっと握った。
「かず……痛いよ」
「ごめ……」
思わず一哉は手を緩めた。
「そうだよな」
一哉は史也の手を離すと、史也を押し倒した。驚いたように目を見開いて、史也が見上げてくる。
「何? 」
そして、怪訝そうな声をだした。
「続きやるんだろ」
とりあえず、余計なことを考えるのはやめようと一哉は思った。色々考えたら何もできない気がする。この状況で何もできないのは、情けなさ過ぎる。それこ
そ、愛想をつかされてしまいそうだ。
「一哉……」
史也が瞳を小さく揺らし、腕を首へ回してくる。何ひとつ拒まない。史也の言葉通りだ。
一哉が顔を近づけると、史也はゆっくり目を閉じて唇を薄く開いた。状況も自分の気持ちも重なっていて、一哉は史也の唇に触れた。唇を味わうように啄ばん
で、手をパジャマのボタンにかけた。
なんだ、できるじゃん。そう思うと、気が少し楽になった。
お互いに脱がせあって、生まれたままの姿で抱き合って、互いのものが触れ合って、なんか不思議な感じがした。胸に手を触れても、そこに柔らかいふくらみは
なく、少しだけでぱったものを指先で弄くると、史也の体がぴくっと震えた。まるで仕返しのように、史也が乳首をぺろっとなめてくる。一哉は思わず息を呑ん
で体が固まった。そんな一哉を史也が微笑む。
少しの間、まるでじゃれるように、体を絡めていた。それだけで、体は興奮して、透明の液を零す。
一哉は手を伸ばすと、机の上に置いていたジェルを取った。
「痛かったら、言って」
史也に向かって言うと、史也は小さく笑った。
中身はとろっとしたジェルで、一哉はそれを手にとると、史也を抱きこむようにして、内股に手を滑りこませた。窄まりに塗りつけるようにすると、史也が小さ
く声をだす。
「冷たい? 」
訊くと、ふるふるとかぶりを振って、一哉にしがみついてきた。
ここに入れるんだと思うと、一哉の胸はどくどくと弾みだした。ここに――――そうしたら、史也は自分のものになる。
優しく窄まりを撫でて、そっと指を少し入れる。史也の体はまたぴくっと震えて、でも、その後は沈黙に戻った。
「痛い? 」
訊くと「ううん」と小さく返事が返ってきた。ゆっくりと指を差し入れるときついのは入り口だけで、内壁に這わせるよに指で撫でると、ぴくんと史也が反応す
る。
「いい場所教えて」
指を這わせながら言うと返事はなくて、代わりに今までより強く抱きしめてきた。
可愛くて、いい気持ちにさせてやりたくて、一哉は史也の内側を探った。中はしっとり濡れていて、温かかった。丁寧に見逃さないように摩っていくと、ある点
で史也の体が
仰
け反って、小さく声を漏らした。
「ここ? 」
「あ、」
答えとも思えない、小さな声をあげた後、体をびくつかせる。何度も同じところを摩ると、すぐに史也の息があがってきた。
「っ……、あ、いやだ……」
泣きそうな声をだす。いやだ、と言うくせに逃げようとはしなかった。
もう一本指を増やして、同じところを摩った。優しく、強く。
「んっ……、あっ……、かずっ……」
苦しげに切れ切れな声をだし、甘い吐息を吐く。しがみついてくる史也をベッドへ押し付けると、大きな濡れた瞳が揺らめいていた。
我慢できなくなって、一哉は指をすっと抜くと、ばしゃっとローションを手のひらへ落とし自分のものへ塗りつけて、史也の足を開くと腰を持ち上げ、ローショ
ンで濡れて光るものを窄まりへ押し当てた。
そして、そこで深く息を吐いた。
このまま突っ込んでしまったら、史也を壊してしまうことは確実だと思った。
少し力をいれて押し入れて、けれど、史也のそこはきつくて簡単には入れてくれそうになかった。入れたくて、でも、壊してしまいたくはない。
先へ行こうとあせる気持ちを騙すように、一哉は息を吐きながらゆっくりと力を入れた。
「っ……」
史也が小さくうめいて体を仰け反らせる。脇でシーツを掴む手が震えていた。
まだほんの少ししか入っていなかった。本能を優先させるなら、ぐっと押し込んでしまいたい。史也が嫌がってるわけじゃない。逃げようとしてるわけじゃな
い。
けれど、さっきまで勃っていた史也のものは萎えていて、苦しげに荒い息を吐く。
繋がっているのはほんの少し。欲望は収まったわけじゃない。
だけど。
一哉はそっと腰を引いた。何も今じゃなきゃいけないわけじゃない。絶対繋がらなきゃいけないわけじゃない。史也は言葉通り何も拒まなかった。今は、それで
いいじゃないか、と思った。
ほんの少しは繋がることができた。
「やだ……」
史也が泣きそうな声をだした。
「やめたら絶交だから。もう口きかない……」
史也の言葉に一哉の体は止まった。
「でも、お前――――」
辛そうで、もういいやと思ったのに。
「やだっ……こんな中途半端で、放り出さないでよ。欲しいよ、一哉が……」
史也がシーツを掴んでいた手を離して背中へ回してくる。史也の手は汗で濡れていた。
引くことも押し込むこともできずに、一哉は史也を見やった。
「欲しい、一哉」
潤んだ目で見られて、引けなくなった。欲しいのは自分も同じだった。
史也を抱きしめて、ゆっくりと自分のものを埋めようとした。歪む史也の顔が苦しそうで、上下する胸の突起を掌で転がして、しっとりとしている肌を唇で啄ば
ん
だ。
「好きだよ」
唇を這わせながら呟く。
――――だから欲しい。
あせることはない。朝まで時間はたっぷりある。少し押し込んで、少し引いて、史也が自分を受け入れてくれるのを待った。
すべてを埋め込んで、一哉は更にぎゅっと史也を抱きしめた。一番深いところで繋がっていて、史也の温かさを直に感じていた。
きつく締め付けているところが馴染んでくるのを待って、一哉はゆっくりと抽挿を始めた。繰り返す一哉の動きに合わせるように、史也の体は揺れて熱い息を零
した。
「かず……」
脇に放られた手が何かを欲しそうに動くから、一哉は手を重ねた。ぎゅっと掴んできた史也が歪めた表情のまま口元を緩める。
ぴちゃぴちゃと温まったジェルが動きにあわせて音をたて、湿った空気の中、お互いの息遣いが響いていた。萎えていた史也のものも緩く立ち上がっていて、一
哉はそれをもう一方の手に取って優しく握りしめた。史也のものが反応を返すように堅くなってくる。ゆっくり扱くと、史也の息が荒くなる。
「いやだ……かず、でる……」
史也が眉を寄せ、顔をしかめる。
「俺も……」
限界はもうそこに来ていた。史也のものを扱きながら、一哉は動きを速めて自分のものを打ち付けた。
張り詰めた史也のものが手の中で震えて迸りをだしたとき、一哉は耐えていた熱を史也の中へ放った。
一瞬頭の中が白くなって、その後、急に体の重さを感じた。まだ史也と離れたくなくて、一哉はとっさに史也の体を抱え込んだ。触れた肌は汗ばんでいて、心臓
の音がどくどくと聞こえた。胸が熱くていっぱいで一哉はしばらく声も出せなかった。
「ずっと繋がっていたかった」
ぽつんと史也が言った。
「繋がってるじゃん」
一哉は史也の唇にちゅっと触れた。
さすがに汗をかいたまま寝るのはためらわれて、かと言ってもう一回風呂へ入るわけにもいかなくて、タオルを濡らしてきて、体を拭いて、パジャマを着て、
ベッドに
入った。
電気を消して、目を閉じたところに、史也の声が飛び込んできた。
ずっと繋がっていたかった。
それは、最高の誉め言葉に聞こえた。
「繋がってないよ。空っぽだよ」
史也が拗ねた声をだす。
「ついさっきまで、一哉がいたのに」
声が寂しげに変わった。
「なんかさ、目に見えないもので繋がった気がするよ。俺」
一哉は史也の髪に手をやった。
言葉では説明できないけれど、史也をすごく近く感じる。存在そのものが。
不思議そうな顔をした史也が一哉の胸に額を寄せる。少し考えて。
「ん……そうかも」
得心したような声をだした。
一哉は声音ひとつで、史也の心が見えるような気がした。友達として近いところに居たけれど、今までにそんなことはなかった。
「だからさ。俺たちはずっと繋がってるよ」
自分にも言い聞かせるように言った。
「うん」
史也が素直に頷く。
目で見えなくても繋がっているものはある。
星が星座で繋がっているように。それは永遠であって欲しいと一哉は思った。
Fin.
屋上でのヒトコマのつもりで書いたものなのですが、自分でも中途半端な気がしたことと、リクエストを頂いたこともあって、続きを書きました。リクエストあ
りがとうございました。
途中で諦めてやめちゃうのもありかなと思ったのですが、それだと消化不良になりそうだったので、最後まで。やっぱ、繋がってこそラストなのかなあ。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。