「興味は……あるよ」
精一杯出した勇気で一哉が言えたのはそんな言葉だった。
ふっと史也が顔を上げ、淡い電灯の明りのなかでも、目があったのは分かった。
けれど、それから先会話は続かなかった。

「……好きなやつがいるの? 」
先に声を出したのは史也だった。不安そうな怪訝そうな、一哉を疑っているような声だった。
「いや――――」
一哉は強く否定していた。そして、心の中で凹んだ。
自分達以外は誰もいない星空の下、目の前に好きなやつがいるなんて、最高のシチュエーションのはずだ。
好きだと一言言って、相手が何を言おうが口を塞いでしまうなんて、美味しい状況を作ろうとすれば作れるはずなのに、いかんせん自分はそんなできたキャラ じゃなかった。
きっと、尾崎ならそつなくこなすのだろう。
わざわざ今思い出さなくてもいいだろうと思うやつを思い出して、また凹む。

「そうだよな……同じ指向のやつなんて、そうそういないんだよ」
史也が寂しそうに呟いた。
「あ、でも、史也なら可愛いから、きっといいやつが見つかるよ」
何言ってんだ、と自分でも思うような言葉を一哉は白々しく言っていた。こんなチャンスがまたあるかどうかなんて分からない。なのに、心臓はばくばくする ばっかりで全然役にたたなくて、頭は史也に自分の気持ちを知られないためにはどうしたらいいかばかり考えていた。
「慰めてくれてんの? 」
史也が口元を緩めた。下からの明りに浮かび上がる史也の顔は妖艶に見えた。
「いや、本気でそう思ってるよ」
指向が違っていたはずの自分がいつの間にか取り込まれていた。マイノリティな指向に嫌悪を抱かないやつならその気になってしまうんじゃないかと思う。それ はきっと恋は盲目とかあばたもえくぼとかいうことではなく。
「一哉は優しいよね」
「そんなことないよ」
即答していた。優しくしているつもりはない。
「興味があるなら……やってみる? 」
首を傾げた史也の問いかけは一哉が待っていた言葉のはずなのに、答えることはできなかった。
「男同士の方が気持ちいいって言う人もいるよね? 」
史也が笑いかけてくる。
一哉が呆然と立ち尽くしていると、史也が手招きした。
「こっちへおいでよ」
史也に促されて、催眠術でもかけられたように一哉は史也の隣に腰掛けていた。
「僕も、実践はないんだ」
史也の手が顎にかかる。一哉は両手で史也の頬を包むと、唇を塞いだ。自分でやっていて驚きながら、止めることはできなかった。
何度触れたいと思ったか分からない。それをずっと我慢していた。
思っていたより柔らかい唇を何度も啄ばんだ。舌を差し入れても抵抗はなくて、口内を味わうように舐め、舌先で遊びながら絡める。夢中になって、史也を押し 倒し ていた。それは分かっていたけれど、一哉は史也を離さなかった。離したらもう触れることはできないかもしれない。そう思うと、離すことはできなかった。
キスだけで息は弾み、下半身が反応する。
手はジャンパーのチャックを下ろし、ズボンからシャツを引きずり出すとその中へ差し入れていた。しっとりした肌にじかに触れ、一哉の頭の中は沸騰しそう だっ た。
夢でなく、確かに自分は史也を組み敷いていて、その史也は抵抗もせずされるままでいる。
これが最初で最後かもしれない、そう思うと一哉は夢中になっていた。

「んんっ……」
急に、史也が頭をふって逃げようとした。
ふっと我に返った一哉は自分の右手が史也の内股に入り込み窄まりへ触れていることを知った。いや、知ってはいた。史也のズボンのジッパーを下ろしたのも、 下着をおろしたのも自 分だ。
「あ……」
呆然としながら、史也が抵抗しないことをいいことに自分は何をやっていたのだろうと一哉は思った。けれど、体はこのまま収まってくれそうにはなかった。
吐き出す荒い息は自分の欲望を示していた。
「そんなにたまってたの? 」
史也が怪訝そうな声をだす。
跋が悪くて一哉が手を離すと、史也は下着とズボンをあげ、ジッパーをあげた。
たまってたわけじゃない、ただ好きなやつが目の前にいて、抵抗しなかったから本能に負けてしまっただけだ。一哉はそれを自分の口から言うことはできなかっ た。
答えられなかった一哉に史也はふっと笑い、手で一哉の下半身を撫でた。体中の血液を集めてしまったようなそれは堅くその存在を示していた。
一哉の下半身を撫でていた史也の手がベルトを外しジッパーを下ろすのを一哉はぼんやりと見ていた。
「やってあげるよ」
言いながら、史也が一哉を反対に組み敷いた。
「何――――……っ」
何を? 
そう訊きたかったのに、言いかけて一哉は息を呑んだ。ためらいもなく、史也は一哉のものを口に含んでいた。
「ふみ……んっ――――あ……」
生暖かい湿ったものが自分のものを包む。それが、史也の口だと分かっているから、苦しいほど下半身が疼く。
先端を舌先でくすぐられるようにされ、撫でるように扱きあげられて、自然に腰が動いてしまっていた。自分で慰めるなんていうのとは次元が違っていた。好き なやつが自分をものを口に含んでいる、そう思うだけで頭の中が白く霞んでいく。与えられる刺激に快感をただ追おうとする。
「あ、ちょ……やめ、ふみ――――……んっ」
体は快感を追っていた。なのに、頭の片隅でほんの少し理性は残っていて、このままじゃだめだと言う。膨れ上がった快感は今にも破裂してしまいそうだった。 このままでは、史也の口の中へ出してしまう。そんなことはお構いなしに、史也は根元を手で扱き、先端の敏感な部分をきつく扱き上げる。
史也をはがそうと一哉が伸ばした手は途中で力つきた。
頭が真っ白になって、今まで味わったことのない快感と、少しだけ後悔を感じた。
耳の中で自分の息遣いが、体の中で心臓の鼓動が響いていた。

「よかった? 」
史也が顔を覗き込む。
「ああ……」
どうせバレバレだろうと一哉は思った。体は正直だ。
「お前、飲んじゃったの? 」
一応訊いてみた。吐き出した様子はなかった。
そこまで望んでいたわけじゃなかったけれど、弾ける熱を抑えることなんてできなかった。
「ああ、うん。気にすることないよ。僕はそういう指向なんだし……」
史也が最後は口を濁した。
「ごめん」
一哉は謝っていた。
気にすることはないと言われても、一哉はそう思えなかった。
性的指向がどうとかはよく分からない。けれど、好きでもないやつのものを口に含むことさえ自分なら抵抗がある。
「いいって」
史也は隣へ腰を下ろすと、空を見上げた。
「星の数って増えないな……」
暢気なことを言う。
けれど、一哉は星を見上げる気にはなれなかった。
「お前は? 」
ふくらみを持っているように見えた、史也の下腹部に一哉は触れた。そこは堅くなっていて、一哉が触れたことに、ぴくんと震えた気がした。
「いいよ、僕は」
史也が一哉の手を掴んで剥がした。手の行き場に困って一哉は手を握り込んだ。
「なんで? 」
史也の体は明らかに変化していた。同じ男として中途半端にされるのは辛いことは知っている。史也もそれは同じはずだ。
「だって、嫌だろ? されるのとするのじゃ違うだろ。 お前はそういう指向じゃないんだし」
一哉から顔を背けるように、史也はまた空を見上げる。
「星を見るために、わざわざ許可してもらったんだし……」
空を見上げながら続けた。
それはそうだ。けれど、このままでは自分の気持ちに収まりがつかないと一哉は思った。
「俺にされるのは嫌? 」
もう一度一哉は史也の下腹部に触れた。
「だから、お前が――――」
また手を掴もうとする。
「俺なら……興味があるって言っただろ」
史也に掴まえられる前に、一哉はベルトを外して、ジッパーを下ろした。
「でも――――」
史也が逃げるように体を捻ろうとする。一哉は体で押さえつけるようにすると、下着の中へ手を差し入れて史也のものを軽く握った。それは、既に少し湿り気を 帯びていた。
「だから……」
史也の声は震えて泣きそうだった。
「嫌じゃないんだろ」
確認するように、けれど答えは聞かずに一哉は史也のものを取り出すと、口に含んだ。
「っ……」
史也が小さく声を零す。
既に立ち上がっていたそれは、一哉の口の中で更に堅くなっていった。自分がされたように、丁寧に扱きあげていくと、時に小さい声をあげ、史也の体は震え た。感じてくてれいることに安堵して一哉は史也のそれを愛撫した。
「一哉……だめ、でちゃうよ……」
自分は飲み込んだくせに、悲痛な声をあげ、逃げるように体を捻ろうとする。しっかり押さえつけて、一哉は動きを速めた。
「あっ……いや……っ……ん」
甘い声をあげ、史也は伸ばした手で一哉の肩を掴む。その手に力は感じなかった。諦めたように史也が深く息を吐いた後、一哉は口の中に苦味を感じた。
げ、こいつこんなもん飲んだのかよ、と思いながら、一哉の喉はごくりと音をたてていた。口の中には青臭さが残ったけれど、それほど嫌悪感はなかった。
「ごめ……一哉」
史也の声は泣きそうだった。
「同じだろ……」
一哉は史也を見た。
強要されたわけじゃない。むしろ史也は嫌がったのに、やったのは自分だった。
「でも、一哉は違うだろ……男のものなんて……嫌だろ」
視線を避けるように史也が顔を背ける。そのまま体を捻ると、熱を吐き出して萎えたものをズボンの中に収めた。
「嫌じゃないよ」
呟くように一哉が言うと、
「一哉は優しいから」
史也がぽつんと言う。か細い声は悲しげに聞こえた。同じ指向のやつなんていないと史也が言っていたことを一哉は思い出した。
「俺は優しくなんかないよ」
史也の言葉はあまりに自分にそぐわない。本当に優しい人間なら、自分が傷つくことより相手を思ってやるだろう。同じ指向のやつが、お前を好きなやつが、こ こにい ると教えてやることが自分はできずにいる。
「でも……僕の指向を知っても、表向きだけかもしれないけど、それまでと変わらずに接してくれただろ――――それに凄く救われた。尾崎は声もかけてくれな くなっ て目もあわせてくれなくなって、、覚悟はしてたけど、実際そうなると、やっぱきつくて。一哉が笑いかけてくれるのは、すごく嬉しかったんだ」
それは――――。
喉元まできた言葉は、そこで止まる。
「一哉には……嫌われたくない……」
いつも明るい史也から初めて聞いた弱音だった。
「嫌うわけないだろ」
胸が痛くなってきて、言葉は自然にでていた。
「でも――――」
史也が悲しげに目を伏せた。
「好きだよ」
言いながら、一哉は史也を押し倒して唇を塞いでいた。
頭の中は何も考えられなかった。
いつも笑っている史也がこれ以上悲しそうな顔をするのを見ていたくなかった。唇を二、三度啄ばむと、肩口に顔を埋め史也を抱きしめた。
思いを告げてしまったことへの後悔と、ほっとした気持ちが胸の中で同居していた。
「本当に? 」
史也の声が耳元で囁く。
「ああ」
一哉は観念して肯定した。今更どう繕うこともできない。
「好きな人はいないと言ったよ」
それは、ついさっき自分の口から出た言葉だ。
「ごめん。嘘ついた」
どうせ好きになってもらえることはないと思ったから、今の自分の位置を失いたくなくて出た言葉だ。
一哉は史也の腕が自分の背中へ回されたのを感じた。
「僕も……」
声と共に、熱い息を耳に感じて、一哉の体が強張った。
本当か? そう確かめたいのに、ためらう気持ちがあった。
嘘だとか、冗談だとか言われたら、凹むなんてもんじゃない。どうしても尾崎と自分を比べてしまう。史也が自分を好きだなんて言うのは、よくてお愛想だとし か思えなかった。
「一哉? 」
史也が怪訝そうな声を出す。
「お前がそう言ってくれるのは嬉しいけど、俺と尾崎じゃ違いすぎるよ」
史也の言葉が信じられない。信じられるときが来るとも思えなかった。どうせ落ち込むなら傷は浅い方がいい。変な同情ならいらないと思う。
「うん、そうだね」
思い切り肯定した言葉が胸に刺さった。
「尾崎は、すごいやつで見てるだけでどきどきした」
史也が続けた言葉に更に凹んだ。
「だろ? 俺なんてお前の好みじゃないだろ? いいんだよ、無理しなくて」
自分で言っていて虚しくなる。
「なんで、無理? 」
「いいんだ、史也。俺は友達でいてくれれば十分だよ」
胸が痛くなってくる。自分で自分に留めを差しているようなもんだ。
「友達が、いいの? 」
意外な言葉に一哉は答えに困った。
「だって、お前」
一哉は史也をぎゅっと強く抱きしめた。女にもてた覚えもない。背が高いわけでもなきゃ、顔がいいわけでもない。運動万能なわけでもなきゃ成績優秀なわけで もない。特技と言われて思い浮かぶものはまったくない。好かれる理由もまったくない。
「僕はまた振られた? 」
「違うだろ」
振られるのは自分の方のはずだ。
「僕は一哉が好きだよ」
はっきりとした言葉を聞いても信じきれない自分がいた。
「でも、お前は尾崎が好きだったろ」
「気持ちは変わることだってあるだろ」
変わらないことが信じられないわけじゃない。
「でも、違いすぎるよ」
「信じられない? 」
そうだとはっきり言うことはできなくて、一哉は口を噤んだ。
「どうしたら、信じてくれる? 」
「どうって――――」
答えなんてない。はっきり言葉にしてくれるのに、信じられない自分が情けなくなってくる。
「一哉といるとすごく安心する。優しい気持ちになれる。僕は本当に一哉が……いくら指向がそうだからって、好きでもないやつのものを口にするなんて僕はで きな いよ。一哉だから……」
史也の手が背中を撫でる。
そうだよな――――そう一哉は思った。あの時の史也に、ほんの少しのためらいも感じられなかった。
ふっと空が明るくなった気がして、一哉が顔をあげると月が光っていた。空の星が束になっても月の明るさには敵わない。けれど、自分にとっては、どんな光り より史也の方が眩しい。
「そうだよな」
自分と同じことを史也も思っていたのかと思うと、素直な言葉がすっとでた。史也はためらうことなく自分のものを口に含んでくれた。それは事実だ。


突然、携帯の着メロが鳴った。
史也と顔を見合わせ一哉が史也の上からどくと、史也が携帯を取った。誰からかかってきたものか一哉にも検討はついていた。
史也は何度か返事をすると、携帯を切った。
「松田から? 」
一哉が聞くと、史也が頷く。
「ゴミ片付けて帰れって。帰りに職直室に鍵を持ってこいって」
最初から月が出るまでという約束だった。もう少しぐらい見逃してくれていたらいいと思うのに、責任問題にもなるからそうはいかないらしい。
「そっか、あんまり見れなかったな」
ため息がでた。途中から目的を忘れていた。
「ごめん、僕ばっかり見てたから」
「お前が、だよ。俺はどうせ付き合いだから」
史也が喜んでくれれば、それでよかった。
「僕ならすごく良かったよ。星ってさ」
史也がごろんと仰向けに転がった。
「こうやって見たほうがきれいなんだって分かった。数では敵わないけど、狭いところを覗くより広いところを眺めたほうが気持ちいいし、それに……」
「それに? 」
口を噤んだ史也を促した。史也の考えていることを何でも知りたかった。
「必要なのは数じゃない、大切なものが見えればいいんだって分かった」
それは、星に限らないんじゃないかと一哉は思った。
「これから、俺んちに来ないか? 」
一哉は史也に問い掛けた。このまま別れたくは無かった。
「僕はいいけど……」
史也の声が不安そうだったから、一哉は手を伸ばして史也を引き寄せると、唇に触れた。
「続きをしよう」
唇に触れたまま言葉にした。そして、唇を啄ばむと史也を離した。一哉が立ち上がると、史也が怪訝そうな顔を見上げてきた。
「嫌? 」
一哉が聞くと、かぶりを振る。
「安心させてよ」
一哉は呟くように言って、照れくさくて空を見上げた。
それは正直な気持ちだった。もし、好きだと思ってくれているのなら、すべてが欲しい。

見上げた空の月は、見守ってくれているように柔らかい光りを放っていた。

Fin.


このあと、すんなりと最後まではいかない気がします。史也が痛そうで途中で諦めてしまうんじゃないかな。それでも、気持ちは通じてお互いを大切だと思えれ ばいいな。
そんな気持ちをこめてエンドマーク。


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