クリスマス
街にはクリスマスソングが響いていた。色とりどりのうるさいほどのイルミネーションが壁という壁を飾り、サンタクロースとトナカイが店の入口を彩り、行き
かう人たちはカップルも家族連れも皆楽しそうに笑ってい
た。
バスのロータリーの時計は六時五分前を指していて、真哉との待ち合わせにあと五分あった。
「来れるのかな?」
不安が雅紀の胸が刺す。
真哉はホテルでのパーティを抜け出してくると言っていた。パーティの後家族はそのままホテルに泊まるという。家に誰もいないこんな日を無駄にするなんて勿
体な
い、と真哉は言っていたけれど……。
待ち合わせの時間はまだなのに、雅紀は気持ちの半分くらい諦めていた。
期待するとだめだった時のショックが大きいから、期待しそうになる気持ちを押し込める。
二人きりで夜を過ごすのは久しぶりだった。
夏休みの前に下見と称して二人で東京に行った。
雅紀はホテルのスイートルームなんていうところに初めて足を踏み入れた。そして、その部屋で、一晩中、真哉は愛してくれた。
思い出しただけで胸が熱くなる。
そんな時。
後ろからぎゅっと抱きしめられて、雅紀はびくんと体が震えた。
「何考えてた?」
耳を優しく撫でるのは真哉の声だった。
「真哉のこと……」
雅紀は胸が苦しくなってきた。
「俺が何?」
耳に感じる息が熱かった。
「マズイよ。こんなところで、こんなことしちゃ……」
いくら陽が落ちて空は暗いと言っても、数え切れないほどの電球が辺りを照らしている。
「大丈夫さ。ふざけているようにしか見えないよ」
「そうかな……」
マズイよ、と思いながらも真哉のぬくもりは気持ちいい。
「じゃあ、早く人の目なんか気にしないで済むところに行こうぜ」
真哉が腕を解く。離れていったぬくもりが寂しかった。
「本当に、誰もいないの?」
大きな門をくぐり、広いロータリーを突っ切り、まるでそれを隠すように立っている大きな木の横を抜けると見える豪壮な邸に灯りはついていない。
「ああ、俺は受験だからってお目こぼししてもらったけどな」
真哉が鍵を回すと、カチャと小さな音がした。真哉の後について家の中へ入ると、冷たい空気が体を撫でる。暗く静まった家の中に人の気配は無いように思え
た。
鍵を閉め、
「まだ、心配?」
真哉が呆れたような声を出す。
「少し……」
それは自分のしていることが後ろめたいからかもしれなかった。
真哉が明かりをつけると、その眩しさに雅紀は身を硬くした。
「俺が信じられないのか?」
真哉が不機嫌そうな声を出す。
「そういうわけじゃないよ」
もし知られてしまったら、そう思うと怖い。家柄を考えれば真哉に自由な恋愛が認められるとは思わなくて、相手が男なんていうのは論外だろう。
「不安そうな顔をしてる」
手が頬をなぞり、唇にそっと触れてくる。触れた唇は冷たかった。
「俺はそんなに頼りにならない?」
首を傾げる真哉に、雅紀は頭を振りそのまま真哉へ手を伸ばした。その手引っ張れれるように引き寄せられて、体は腕の中にすっぽりと抱きとめられる。
「そんな顔してると、ここで抱くぞ」
「冗談……」
もしも誰かが入って来た時に隠れるところはないし、木目が綺麗な板張りの床は冷たそうだ。
「お前分かってなんだな。俺は余裕なんてないんだからな」
ぎゅっと下腹部を押し付けられて、硬いものを感じた。
「あ……」
胸がどくんどくんと鳴る。
「飯は後でいいだろ? 」
真哉が腰へ手を回すと階段をあがるように促す。真哉のもう一方の手にはホテルが用意してくれたという紙袋を持っていて、中には今日出された料理の一部が
入って
いるらしい。
「ん」
今はもう触れていないのに、真哉を感じたところが熱くなっていた。
「洗ってやろうか?」
真哉が耳たぶをそっと噛んでくる。
「ううん」
いくらなんでも恥ずかしい。
「じゃあ、風呂温めてくるから、これ俺の部屋に置いてから来て」
真哉が紙袋を渡してきて、足早に階段を上がっていった。
「いいのかな……」
雅紀は立ち止まると呟いた。
独り占めできる人だとは思わないけれど、この関係をいつまで続けていられるのだろうと思うと不安だった。
でも。
離れなくていけない時が来ても、それから先もずっと好きなのだろう――と思う。
「……んっ」
真哉に触れられて、体中が神経になってしまったみたいに粟立つ。
テーブルの上の置かれたランプが一番小さい明かりを灯しているだけの部屋は淡いオレンジ色の空気が揺らめいていた。。
「誰もいないんだから、もっと声出せよ」
乳首を指で転がしながら、真哉が不満そうに言う。
来た時は冷たかった空気が空調の風に温められて、何も身につけていなくても寒さは感じなかった。
「……そんな……あっ」
乳首を吸われて、体はびくんと跳ねた。
「どうされたい?」
「キスして……」
雅紀は真哉の首に腕を回した。
「好きだね、キス」
真哉がにやっと笑う。
「ん」
手っ取り早く真哉を直に感じられるものだった。
合わされた唇にぬくもりを感じて、差し込まれた舌に口内を撫でられて、意識はふわふわしていく。
そんな中で、雅紀はカチャっと小さな音を聞いた。
――何?
意識は半分飛んでいる。
空耳?
けれど――。
心地よい真哉の体温をこのまま感じていたいけれど。
雅紀は音に神経を奪われて、真哉に応えられなくなっていた。
「どうした?」
真哉が怪訝そうな声で聞いてくる。
「誰かいるかも……」
ドアが風で開くとは思えなかった。確かに、違和感のある金属音を聞いた。
「いるわけないだろ。今頃はみんなホテルで良い気分になってるよ」
「でも……」
知られてはいけない関係だ。
「しょうがないな」
真哉は一つため息を零すと、ベッドの脇からバスローブを取り上げて腕を通した。
「そんなに心配なら、見てきてやるよ。ただし、誰もいなかったらもうそんなこと言うなよ」
うんと返事をしたかったけれど、雅紀は声がでなかった。
真哉は答えを待たずに部屋を出ていった。
不安になるなという方が無理だと思う。それほど危ない関係だ。
雅紀は体を起こすと、誰もいないで欲しいと思いながら、身を硬くして真哉を待った。
広い邸の中をどこまで見ているのか、真哉はなかなか戻ってこなかった。
「一緒に行けば良かったかな……」
一人残されて不安に思ってくる。
どれほど時間が経ったのか足音が聞こえてきて、ドアが開くと真哉が姿を現した。
「鍵も確かめたし、ガレージにも行ってみたし、家の中も隅から隅まで見てきたぞ」
バスローブを床に落とすと、ベッドに体を滑り込ませてくる。
「そのおかげでこんなになったんだから責任取ってくれよ」
真哉が抱きしめてくる。その体は氷のように冷たかった。
「……うん」
体を引き寄せるように重ねて、足を絡めた。
「僕の体温を全部奪っていいよ」
真哉のためなら、何でもする。
「ばか言うな……体温よりも欲しいものがある」
真哉の手が内股に滑り込んでくる。
「……んっ」
体が震えたのはきっと冷たさの所為だけじゃない。
「俺に全て任せてよ」
真哉がちゅっと唇にふれ、そのまま唇が体を啄ばんでいく。
「……ん」
反論なんてない。
「お前のためなら、全て捨てるから」
「それは、あっ――」
「文句は言わせない」
内股に差し込まれた手が窄まりを撫でる。
「真哉――」
「大切にするから」
真哉の手が快感に触れる。
「っ……」
もう、文句なんて言えなくなっていた。
初めての時は、痛みを真哉が囁いてくれる言葉で誤魔化した。そして、それはいつの間にか愉悦に変わっていた。今はその時の記憶があるから、体は素直に受け
入れる。
「もう……いいか?」
「ん……」
熱い吐息を肌で感じて、体の内ではその存在を感じていた。
「んっ……んんっ……」
突き上げられて自分の意志とは関係なく体が揺らめく。抑えがきかなくなってしまいそうで、雅紀は唇を噛んだ。
「我慢なんかするなよ、もっと声出せって――」
真哉に顎を捕らえられて、抑えが外されてしまう。
「やっ……」
何も考えられなくて、自分がどうなってしまうのかわからなくて、それを真哉に見られてしまうのが怖くて、でも、雅紀は感じる快感を手放したくはなかった。
「本当のお前を見せてよ。あの時みたいに――」
真哉の手が敏感になっているところに触れて、
「――ん……っ」
自分が自分でなくなっていく。
体は何かに支配されて、恐れも不安も消されていく。残るのは、苦しくさえ思える快感と愛しい真哉の存在だけだった。
「あっ、あっ、あっ」
揺らされる体が悲鳴をあげ、
「好きだよ」
真哉の声が頭の中に響いた。
部屋の中にはエアコンが送り出す風の音しかなかった。
かちゃっとドアが開く音がして、バスローブをはおった真哉が部屋に入ってくる。
「お前も、シャワー浴びてくる?」
ベッドの縁に腰掛けると、真哉は髪を撫でるようにそっと触れてきた。
「……もう少ししたら……」
雅紀はまだ体の内に真哉の存在を感じていた。
「抱いていってやろうか?」
唇にちゅっと触れてくる。
「ううん」
もう少し、この気だるい体を感じていたかった。
「このまま時間が止まればいいのに――な」
「うん」
――このまま時間が止まればいい
白いレースのカーテンの向こうで空は漆黒の闇を映していた。
雅紀は真哉の手の触れて、指を絡めるように握った。
「何?」
真哉が柔らかい笑顔を見せてくれる。
「なんでもない」
ただ。
この笑顔も手の感触も、かけてくれる言葉も全て頭の中に刻み付けてつけておこうと雅紀は思った。
Fin