次に桜が咲くときは


桜の花びらが風に吹かれて散っていた。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。

「なあ」
真哉が声をかけてくる。
アルコール代わりのウーロン茶を片手に持ち、つまみ代わりのサンドイッチを二人の間に置いて、公園のベンチで、いわゆる花見をしていた。
早く咲き始めた桜は散り始めるのも早い。
花びらははらはらと落ちてくるけれど、枝にはつぼみもある。散りゆき花と咲き始める花が交差していた。
「何?」
暦で言えば、今日から高校三年になる。春休みは宿題もなくて一番のんびりできる休みだった。ただ、この一年で将来の進路を決めなくてはいけない。この先、 こうやっていられるのか不安は常にあった。
「俺さ、東京の大学行かなきゃいけないみたいなんだよね」
真哉が不服そうに、ウーロン茶のペットボトルを振る。
「えっ」
進路について話したことは無かった。
「その方が箔がつくなんて、何考えてるんだろうな」
「……そうなんだ」
真哉の家は複数の会社を持ついわゆる地元の有力者の家柄で、将来は父親の後を継ぎ社長の椅子に座ることになっているはずだった。
「だから、新学期から家庭教師が朝から晩まで付きっ切りになるんだとよ」
「……そうなんだ」
「まあ、今までサボってたツケが回ってきたってことだけどさ」
真哉がぼやくように言う。
「真哉はもともとできるんだから、すぐに追いつくよ」
父親に反抗してわざと成績を落としているのは分かっていた。
宿題とかでつまずいている時に教えてくれるのに、試験の成績は真哉の方が悪い。
ただ。
東京の大学へ行くということは、別れるということだった。ふたたび、桜が咲いたとき、隣に真哉はいない。
家のことを考えれば東京の大学へ行きたいなどと親には言えないと雅紀は思う。地元の国公立を目指すか、いっそ就職もありかなと思っていた。
いつかは別れは来るものだと思っていた。怖くて本人に確かめてはいないけれど、噂では真哉には許婚もいると言う。友達でいるつもりだったけれど、気持ちを 確かめあって、それからまだ半月しかたっていない。
「新学期になったら、もう学校以外では会えないってことだよね」
朝から、晩までと言うなら。
自由に会えなくなって、そして、別れまであと一年もない。
「それがさあ、学校になんて行かなくていいって言うんだぜ。いい加減にしろって感じだよな」
真哉が呆れかえったような声で言った。
「……そうなんだ」
それしか言葉が無かった。
有り得ないことじゃない。真哉の父親の力をもってすれば、単位なんてどうにでもなるのだろう。

少し無言で見つめ合っていた。
風がさあっと音をたてて、地面に落ちた花びらを舞い上げる。遠くから見れば薄紅色の桜が花びらになると白く見えた。
「雅紀?」
風の音と真哉の声が重なった。
もしかすると、この声はあと一週間足らずで聞けなくなるのかもしれない。
そう思うと真哉の顔を見ていられなくて、雅紀は視線を伏せた。
「がんばってね、なんて月並みだね。でも、他に言葉が浮かばないよ」
思わず口が緩む。
可笑しくもないのに。
「差し入れくらいは持っていってもいいのかな……」
たとえ顔を見ることができなくても、声を聞くことができなくても。
「何がいい?」
ゆっくり顔を上げると、真哉が不服そうに目を細めた。
「それしか、言うことねえの?」
あからさまな不満を顔に表す。
「え……」
そんなことを言われても突然のことではあったし、何も頭には浮かばない。
「もう会えないかもしれないって言ってんだよ?」
「……分かってるよ」
けれど、それがどういう生活になるのか想像できないし、したくない。
「ホントのところ、お前俺のことどう思ってんの?」
真哉にくいとあごを持ち上げられた。
端正な顔立ちがすぐ目の前にあって、胸が痛くなって雅紀は視線を逸らしていた。
「もう、いいよ」
真哉の手が離れていく。
「じゃあな!」
強い声に視線を向けることができなくて、雅紀はがたんと真哉が立ち上がった音を聞いた。

しばらく動けなくて、小さくため息をついて、雅紀が前を向こうとするとすぐ前に立つ人の姿が視界に入った。
「え?」
雅紀が顔をあげると真哉が呆れた顔をしていた。
「まったく」
真哉が大きくため息をつく。
「追いかけてこようって気はまったくないわけ?」
真哉がまたため息をつく。
「今日は何の日だよ」
勘弁してくれよ、という風に真哉が頭をかいた。
「え?」
四月一日といえば?
「嘘?」
まさか?
東京の大学へ行かなきゃいけないっていうのも、もう会えないって言うのも?
「嘘なんかじゃないよ。親父にそう言われたさ。秘書を三人も連れちゃって、逃げ出せないようにされてな」
期待に膨らんだ気持ちはぐしゃっと潰されたように萎む。
「え、じゃあ、何? エイプリルフールじゃないなら……」
他に心当たりはない。
「言われたのはホント。だけど、俺が大人しく言うこと聞くわけないだろ」
「……でも……」
確かにそう言われたらそうかもしれない。
「何? 俺が監禁された方が良かった?」
「そんなこと言ってないよ。だけど、聞かないって言ってそれで済むとは思えないよ」
真哉の父親がその気なれば、なんでもできる気がした。
一度だけ見たことがある。人に囲まれていて姿はちらっと見える程度で、周りにいる人はみんな頭を下げていた。
「当たり! どうしても東京に行きたくないなら国立しかだめだって言われて、模試でランクがB以上である限り保留してやる、だとさ」
「え?」
それはずいぶん厳しいんじゃないかと思った。
「やるしかないよな」
真哉が脱力するようにベンチに腰を下ろす。
「自由でいたいもんな。お前に会えなくなるから」
手が頬を撫でる。
「真哉……」
胸が熱くなってくる。
「やる気くんない?」
「え?」
「俺のこと、どう思ってる? 」
真哉の瞳に自分が映っていた。
「……好きだよ」
そんなの決まっている。けれど、言葉にしたことはまだ無かった。
「……良かった」
真哉がほっとしたように笑った。

相変わらず桜の花びらが舞っていた。
散り行く花びらに、この次桜が咲くときもこうしていられることを雅紀は願った。

Fin


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