チョコレート

昼休み、雅紀が読んでいた本から顔を上げるといつからそこにいたのか真哉が横向きで前の席に座っていた。
声をかけるより先に、すっと手を目の前に出してくる。
その手の上には、チョコの箱がひとつ。
「食う?」
「あ、ありがとう」
雅紀はお礼の言葉とともに、真哉の手からチョコの箱をとった。
中身は入っているのかと思うほど軽かったその箱の中には最後の一粒のチョコがぽつんと隅っこにあった。
「え、いいの?」
最後のひとつをもらうことをためらう。
「いらないんなら、いいよ。俺が食うから」
雅紀はその言葉にちょっとムキになった。無言でチョコをつまむと口に含む。
すると、独特の苦味が口の中に広がった。
苦いくせに、甘い。まるで、目の前に座っているやつのようだ。
「今日、何の日か知ってるか?」
真哉はこちらを見ない。ずっと横を向いたまま、視線は空を見ているようだ。
バレンタイン――――という言葉がすぐに浮かんだけれど、それを声には出せなかった。
どうせチョコなどもらえなくて、そのくせ覚えているなんて浅ましい気がして。
「えっと――――」
考えるふりをしてごまかした。真哉の質問の意図がつかめない。
知らないはずはない。この時期どこへ行ってもチョコの渦で、いやでも目に入るのだから。
でも、何か違うことを聞いているのだろうか?
女同士ならいざ知らず、男同士でバレンタインもないだろうに。
「返事はくれよ」
そう言うと、真哉は席を立った。そのまま教室の外へ出ていく。
――え?
もうチョコは溶けて形を失っていた。ただ口の中に広がる味がその存在をとどめている。
「ずるいよ」
そういう意味なら、口の中に入れたりはしなかったのに。
ずっと、大切にもっていたのに。
もう、溶けてしまったものは戻らない。

でも、今、追いかけることも、立つことさえもできないほど、嬉しくて。
こんな気持ちに応えられる返事なんて、あるんだろうか。

大好きだよ――考えられる言葉はそれだけだった。

Fin

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