「すみません」
雅紀は誤りながら、テーブルの上にカップを置いた。既に客人は帰ってしまった後だ、今頃お茶を出しては遅い。
「あんなやつに接待なんてする必要はない」
ティカップに手をかけながら智史は言った。

丁度自分の分まで入れた事になり、どうしようかと思いながら、雅紀はソファの端に座った。いつもの指定席である智史の隣に、座る気には なれなかった。

誰も言葉を発しない部屋の中は静かだった。智史は遠くを見ているようであり、松田は視線を落としている。槙は真哉を下まで送っていき、 まだ戻っていなかった。
「遅いな」
壁掛け時計を見上げながら、智史が呟いた。まさか、このマンション内で何かあるとは思えないが、昨日の今日だ。
遠くで、玄関ドアの音がして、ふっと空気が緩むのを感じた。

「あいつは帰ったのか」
居間に入ってきた槙に智史が訊く。
「はい」
智史に顔を向けた後、視線を伏せて槙が答えた。

「すみません」
居間の入り口で槙が続けた。
「お前が謝る事はない。無事で……良かった」
ゆっくりと智史が言った言葉は、本当にそう思っているのだと感じた。姿を見た事の安堵を外部の 人間がいなくなって初めて本音でだせたのだと思った。
槙は小さくかぶりを振る。
「私の事は――――紹介して欲しいと言われて、本当にビジネスの話だけだと思ったんです」

真哉の事を言っているのだと、思った。いわゆる三角関係に見えたのだろう。
「お前が気にする事はない」
智史の言葉に、更に槙はかぶりを振る。
「すみませんでした」
もう一度言うと頭を下げた。
「今日は、これで失礼します」
言いながら、ドアノブに手をかける。
「槙!」
智史の声に槙の身体がぴくっと震えた。
「頼むから、しばらくは単独行動はとらないでくれ」
言いながら智史は松田に目配せをする。松田は分かりましたというように、軽く頭を下げ、席を立った。

松田に促されるように、槙が居間を出ていく。玄関の音が聞こえた時に、智史は天井を見上げ、大きく息を吐いた。
物事が悪い方向へ回ってくような気がする。
全ての原因は自分だと、雅紀は思う。
自分がいなくなれば――――そう頭の中で思った時。
「お前の所為じゃない」
智史の声が聞こえた。

先の見えない螺旋階段を昇っているようだと思う。行き着く先はどこなのか、頂上まで登る事はできるのか。
ふいに、真哉に触れられた首筋の感触を思い出し、思わずかぶりを振った。

「お前の所為じゃない、と言っているだろう」
智史は腰を浮かすと、雅紀を腕の中に抱え込む。
「お前は今自分のできる事をやれば良い。早く、一人前のデザイナーになれば良いんだ」
自分が今考えている事を智史は誤解している、と思いながら雅紀は「うん」と答えた。
所詮、自分が今できる事は智史が言った事しかない。
真哉の事も、槙の事も、何も言うこともする事もできない。自分の気持ちさえ、思い通りにはならない。
 

ベッドの上で揺らされながら、突然身体の中がカラッポになり、智史が上から退いた。
「いやだ」
智史の身体を追い、今まで身体の中を満たしていたものを身体の中に沈める。
「やだ、よ」
言いながら、智史の身体にしがみついた。分かっている。得られるものは、少しの時間全てを忘れられる快楽。
「今日のお前は人形みたいだ――――あいつの事が気になっているのだろう」
まるで、心の中を見透かされたようだった。
「そんな事言わないで」
身体を上下に動かす。忘れてしまいたい、全て。

「心が満たされないから、実際に満たしてくれるものを欲しがるんだ」
智史を飲み込んだまま、雅紀は智史の声に顔を向けた。優しい瞳が細められて、口角があがる。
「それが、悪いって言ってるんじゃない。俺はお前にそんな事は言えない」
智史が身体を回して、体勢を入れ替える。そして、今度は智史がゆっくり動く。

「お前とあいつの間に何があるのかは知らない。でも、あいつは本気みたいだな。応えられないというのなら、あいつの目の前に真実を突き つけてやらないと、納得はしないだろう」
「できないよ」
「できないんじゃない。したくない、んだろ」
違う、という事はできなかった。
「それが、あいつの為になる、なんて理由を付けながら、一番は自分が傷つきたくないからじゃないのか? 」
つぎの言葉にも、違うとは言えなかった。
智史は雅紀から視線を外すと、ふっと鼻で笑った。
「全部、俺にも言える事だな」
「智史さん」
「俺達は、似たもの同士かもしれないな。だから、最初見たときに惹かれるものを感じたのかもしれない」
「同情してくれたんじゃなくて? 」
智史は視線を揺らすと、雅紀を見た。
「同情、とは違うな。今だって、こうやって、傷を舐めあってる」
智史は少しづつ動きを早めていく。
「あ、あっ…………んっ、んん、あ、あ――――」
感覚だけが、全てを支配する時がくる。景色さえも消し去っていく。

こうやって、傷を舐めあっているんだ。
同じ想いを抱えているこの人だから分かってくれる。突き放す事なんてしない。受け入れてくれる。
だから、安心して身を任せられる。自分が傷つく事はないから。

「はぁ、はぁ、はぁ――――」
満たされて、全てを忘れられる。それは、ほんの僅かな時間だ。

「俺は、間違っていたのかもしれない」
まどろみながら、薄れていく意識の中で、智史の声を聞いた気がした。  

back | top | next

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル