ベッドに落とされて、雅紀のバスローブがはだける。智史は自分の身につけているものを手
早くベッドの横へ落とすと、雅紀に覆い被さった。
「悪い」
そう言うと、枕元に手を伸ばす。
いつもより多くジェルを塗り込まれて、そのまま智史のものが入ってくる。半ば無理矢理に押し入られて、少し痛みを感じた。初めは浅く抜き差ししながら、馴
染むごとに深く差し入れる。智史の辛そうな表情に、余裕はないのだと、思った。
どうする事もできない状況から逃れたい。その気持ちは雅紀にも分かる。伸ばしてしまいそうになる手を押さえる為に、快楽を求める。逃げているだけだと分
かっていながら、そうする事しかできない。
手を伸ばしてしまったら、訪れるのは傷つけあう事だけだと分かっているから。ただ、快楽を追う事で自分を押さえつける。
何かから逃れようとするかのように、智史は雅紀を突き上げる。揺らされながら雅紀も落ちていく。忘れたいのに忘れられないものから少し
の間でも逃れるように。
「明日は遅くなるかもしれない」
ともに熱を放った後で、雅紀を抱きしめながら言った智史の言葉に、「うん」と雅紀は頷いた。
智史は槙を受け入れるつもりなのかもしれない、と思った。
抱いて捨てろと言うのか、と言った智史の台詞は槙へのものだろう。愛しているのならば、抱いてしまったら離せなくなるのではないだろうか。智史の言葉の意
味は分からない。
次の日、遅くなるのだろうと思っていたのに、智史はいつもより早い時間に帰ってきた。
「食事は? 」
上着を受け取りながら、雅紀は訊いた。
「済ませてきた」
答えるなり、智史はソファに座り込む。よほど疲れているのだろう、と思った。仕事では精力的に動く人でも、感情が絡んでくれば話は別だろう。人を想う事
は、時に何よりも疲労する。
槙さんは? と訊きたかったけれど、我慢した。きっと、落ち着いたら話してくれるだろう。訊いたところで、自分が何かできるわけじゃない。今できるのは、
この人を休ませてあげる事だけだと、思った。
ベッドに入り、まどろみ始めた頃、電話が鳴った。
「なんだって? 」
智史の声に、眠気が覚めてしまった。
「それで? 」
堅い声に智史の緊張が伝わってくる。
「分かった……ああ、それで良い」
受話器を置いた智史は、大きく息を吐いた。
「智史さん? 」
「起きたのか」
智史の腕が背中を回る。
「何か、あったの? 」
智史の声音は尋常じゃないと思えた。
雅紀を抱き込んで、智史は耳元で呟く。
「槙が、襲われた」
「ええっ? どこでっ? 誰に? こんな事してる場合じゃないよ」
身体を起こすと、智史の腕は簡単に外れた。
「もう、大丈夫だと槙が言っていたと、松田が言っていた」
「でも、心配じゃないの? 」
智史はもう一度雅紀の背中へ腕を回すと、ベッドへ押し戻した。
「槙が、俺に知らせるのは明日で良いと、言ったそうだ」
「でも、だからって」
「今、槙に会ったら――――」
智史が声を詰まらせるように、言葉を止めた。
智史はまだ迷っているのだ、槙を受け入れるかどうか。そう雅紀は思った。
雅紀はそっと、智史の背中へ腕を回した。
「寝物語にばかな男の話をしてやろう」
智史が雅紀の耳元で呟く。
「そいつは、女に恋をした。欲望のまま、その女を抱いたら、それから何かが変わってしまった。そいつが変わったのか、女が変わったのか。分からない。けれ
ど結果として、そいつは、その女の仕草ひとつにも嫌悪感を抱くようになった。二度目は義務感で抱いて、三度目には嫌悪感しか残らなかった。そんな関係が長
続きするはずはなく、女は泣いて傷ついてそいつの元から去っていった。美大の学生だった女はそれまでやっていたデザインの道も捨てた。そいつを思い出して
しまうから、と」
「智史さん……」
顔を上げて、智史を見た。初めて明かしてくれた事実に胸が詰まる。
「そんなやつがまた人を好きになったら、どうすれば良い? 」
「槙さんは違うよ」
智史が首を傾げた。
「その保証がどこにある? 」
背中に回した腕に力を入れて、強く抱きしめる事しか、雅紀にはできなかった。
「槙には、俺なんかには愛想をつかして、幸せになって欲しかった」
「槙さんは違うよ」
雅紀はそう言う事しかできなかった。
まどろみながらも、深く眠る事はできなかった。智史もそうなのか、時折雅紀の背中を撫でるように、手が動いた。