ベッドの上へ静かに降ろされても、雅紀は腕を緩めなかった。離れていこうとする身体を逃がさないように抱き込むと、智史がふっと微かに笑った。
「嫌だ。行かないで」
耳元で囁くように呟いた。離したら二度と戻ってこない気がして手を離す事はできなかった。
首筋に熱い吐息を感じて身体がぴくっと震えた。久しぶりの刺激に身体が敏感になっているようだった。続けて落とされたくちびるに、身体の力が抜けていく。
「出て行く、と言ったのはお前だ」
耳元で熱い吐息が囁く。
「行きたくなんか、なかった。でも」
「でも? 」
智史もベッドに上がり、雅紀の上に覆い被さる。
「あなたが怖かったから」
雅紀は足を絡めた。少しでも多く触れていたい。捕まえていたい。
「怖い? 今は? 」
「欲しい。欲しくて、欲しくて……怖いなんて、なんで思ったんだろうって思う。あ――――」
智史にただ肌を触れられただけで、息があがってしまう。
「なぜ、あいつのところへ行かなかった」
「それは……智史さんが槙さんを受け入れないのと同じだよ。僕は別れる、と言ったよ。それは、嘘でもお遊びで――――」
一度は動きを止めた手が胸の突起を撫でた事に息を呑んだ。唇を塞がれて、言葉をだせなくなる。半分はだけている智史のバスローブの中へ手を伸ばし、指で智 史の背筋をさすった。確かに、今この人の腕の中にいるのだと、確認するために。
からめ取られていく舌が、手に触れる感触が、自分がいる場所を教えてくれる。

智史の手が内股を滑り、奥の窄まりに触れる。撫でるように触れるとそれは離れていった。
「これで、入れようと思ったのか? 」
「だって……」
頭上で瓶のキャップを捻る音がする。
「ばかだな」
智史の顔を見上げると、唇を塞がれた。与えられるまま愉悦に浸る。そのうち、身体の中に指が入ってくるのを感じた。濡れた指はゆっくりと身体の中をかき回 す。
馴らさずに入れる事は苦痛を伴うと知っている。けれど、自分でそれをやるのは嫌だった。ただ、快楽だけを受けたいように思えたから。
誰でも良いわけじゃない。辛くても良い。ただ、あなたが欲しいのだと智史に分かって欲しかった。
智史の手で身体の熱が高まっていく。増やされた指は確実にポイントを捉えていく。
「あ、ぁあ…………ん……っぅ」
身体が汗ばんでくる。迫り上がってくる快感に呑まれないように、手に触れるシーツをたぐり寄せて掴んだ。
「入れるぞ」
智史の言葉に小さく何度も頷いた。
腰を持ち上げられ、今までとは違うものが入ってくる。それは、身体の中を満たしていく。
ゆっくりと揺らされて、頭の中がカラッポになって、快感を追いつめていく。そして、身体の奥で何かが弾ける。
 

離れていこうとする身体に腕を絡めて押しとどめた。
「もう少し……このまま……でいて」
荒い息の中で、やっと言葉にする。身体の奥が震えている。満たされたまま余韻を感じていたかった。
頬にキスを落とされて、雅紀はゆっくりと目蓋を閉じた。

「これから、どうする? 」
汚れを軽く拭うと、うつぶせにまどろんでいた雅紀に智史が聞いた。手が髪を一筋梳いていく。
「真哉に愛想をつかされちゃったから、隠れてる必要もないし。ここを出て働く。自分で生活できるようになるよ」
「どうやって? 」
「ごめん。少しだけ智史さんの力を貸して。迷惑かけるような事はしないようにがんばるから。一人では何もできないって良く分かった」
「働く事を止めやしないが、出ていく事は無いだろ」
智史の言葉に雅紀は顔をあげて智史の顔を見た。
「いいの? 居ても」
「誰も、お前に出ていけなんて言ってないはずだ」
優しい手が髪を梳く。
「また……抱いてくれる? 」
以前のように。
「嫌だと言ったのは、お前だ」
「ごめん、なさい」
智史の胸に額を押しつけて呟いた。
「焦った俺も悪いんだ。お前を自分のものだと確かめたかった――――初めから、お前は俺のものじゃないのに」
小さくかぶりを振りながらも、雅紀は声はだせなかった。
「まあ、いい。デザインの勉強をしてみないか? やりたいんだろ」
思わず雅紀が顔をあげると、智史は軽く笑った。
「見たの? 」
恐る恐る訊いてみた。雅紀が一月足らずを過ごしたアパートに、最後に入ったのは智史だ。たぶん。
チラシの裏に書き散らかしたものはゴミだと思って捨てられたのだと、思っていた。
「ああ、書斎に置いてある。見たいか? 」
思いっきり何度もかぶりを振る。智史に見られた事が恥ずかしくて、顔が熱を持つのが分かった。
「全然ダメなんだろうけど……」
デザインの経験はおろか、美術だって良かったわけじゃない。ただ、槙のデザイン画を見て、あんな風に描けたら良いな、と思っていた。眠れない時間を潰すた めに描いていたら、結構な枚数になっていた。
「ああ、全然だめだな」
勉強するか、と言ってくれたから、少しは望みがあるのかな、という淡い期待は藻屑のように消えていく。ただ、恥ずかしくなって枕に顔を埋めた。暖かい手は 肩に触れて、包むように抱き込んでくれた。
「今は、な――――まずは、ちゃんとした線が描けないとな。四月から学校へ行け。学費は会社から出させる」
「そんな事、できないよ」
ただでさえ、迷惑をかけっぱなしだ。
「先行投資だ。良いものを持っていると俺は思った。お前が立派なデザイナーになって会社へ返してくれれば良い」
「そんなの、自信ないよ」
言いながら頭を振った。自分に力があるとは思えない。
「槙の描くものはダイヤモンドの光を持っている。それに対してお前のは真珠だ。地味だけど暖かみがある。まだ、線さえしっかり描けていないのに、そう思っ たんだ。お前が責任を感じる事は無い。俺の見る目が無かった。それだけだ」
「でも……」
「俺は見たいけどな。お前が技術を身につけてから描いたデザイン」
ふっと腕が緩んだ隙に、智史を見上げた。
「智史さん」
「本当だよ」
真っ直ぐ雅紀を見る目は嘘や冗談とは思えなかった。
「本当に? 」
「家に帰るというなら、それも良いかと思った。お前は未成年だから。でも、こちらに残りたいというのなら、やってみないか? 」
優しい目が雅紀を見下ろす。
「いいの? 本当に」
「そんなに、俺の言う事が信じられないのか」
「違うよ。夢みたいで信じられないだけだよ」
「大げさだな」
腕を首に回して引き寄せると、熱いくちびるが首筋に触れてくる。
智史が自分の描いたものを認めてくれたようで嬉しかった。首筋に沿って下へ降りていく唇を感じながら、目の前が明るくなっていくような気がした。

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