ドアの音にはっとして顔を上げた。部屋は真っ暗になっていた。ソファの上で寝てしまったらしい。
もう一度、ドアの音がすると、部屋の明かりが付けられ、眩しくて雅紀は目を細めた。
「電気くらい付ければ良いだろ」
懐かしい声と共に、智史が近づいてくる。手には、雅紀が持って出たバッグを持っていた。
言葉も無いまま、雅紀は智史を見つめた。
智史はバッグを雅紀の足下に放ると、向かいのソファに腰を下ろした。
「ごめんなさい」
他に言葉などでなかった。智史は眉根を寄せ、顔をしかめる。
「コンビニのオーナーに、『こんなりっぱな方が親戚なら、もう少し面倒を見てやったらどうですか』と嫌味を言われたが――――いつから、私たちは親戚に なったのかな? 」
智史の言葉に胸がずきっと痛んだ。
「ごめんなさい。迷惑をかけるつもりは無かったんだ」
東京での身元保証人と言われて、智史の住所を出してしまった。何も問題が無ければ連絡はしない、と言われたから書いた。関係を訊かれて、遠い親戚だと答え るしか無かった。
「お前は家に帰ったはずだろ」
「それは――――」
返す言葉が無かった。なんと言えば良いのか、言葉が頭でまとまらない。
帰りたくなかった――――では答えにならない。
「まあ、いい。コンビニは首、アパートは解約した。お前が元気になったら家まで送っていく。それまで、お前はここで大人しくしていろ」
「でも」
家に帰ると言って此処をでたのは自分だ。送っていくと言ってくれたのに、それを断ったのも自分だ。また、更に迷惑をかけてしまう事などできない。
「突然、呼び出されるのは困るんだよ。はっきり言って迷惑だ。だからと言って、関わってしまった以上、放っておくのも寝覚めが悪いんでね。家まで送ってい く。それで、終わりだ」
終わりだ、と言われて身体がぴくっと反応した。
まるで、ビジネスのように智史は口にする。淡々とした言葉に感情は見えなかった。
「それから、黙って此処を出るような事はしないでくれよ。捜さなきゃいけなくなるからな。これで、結構忙しいんでね。暇な時間は無いんだ。ずいぶんと、面 倒は見てやったつもりだよ。少しでも、良心があるのなら、これ以上迷惑をかけないで欲しいな」
冷たい言葉に雅紀は答える事はできなかった。言われても仕方ない、とは思う。けれど、別れてから一ヶ月も経っていない、なのに、距離はかなりあいてしまっ たよう に感じた。
優しく囁いて、キスを落としてくれた口元は前のままなのに、まるで別人のようだ。
しばらく雅紀の返事を待っていたらしい智史はいらいらしたような口調で続けた。
「分かったら、シャワーでも浴びて寝るんだな。寝室は好きに使って良い」
言い終わると、雅紀の返事は待たず、ソファから立ち書斎へ向かう。
「智史さん」
呼び止めた声は聞こえただろう、と思ったが、智史は何も言わず書斎の中へ入っていった。
しばらく立ち上がる事ができなかった。身体中から全ての力が抜けていったようだった。

「シャワー浴びなきゃ……寝なきゃ……」
書斎に入ったまま、智史は出て来ない。時間は十二時近かった。居間でぼんやり座っている事さえ、智史から見れば迷惑だろう。冷たい言葉は、顔も見たくない ――――と思っているように感じられた。
早く元気になって、此処をでていくのが一番良い。自分だって、一度はそう思った。それでも、智史の傍にいたかった。離れてしまう事が嫌だった。でも、そん な事を智史には言えない。智史を拒絶してしまったのも自分だ。傍に居たかったと言ったところで、この生活を手放したくないだけだと、思われそうで怖い。
けれど、今度こそ思い切らなければいけないのだろう。智史から発せられた言葉は、もう雅紀を受け入れる気持ちなど無いと読みとれた。

雅紀はシャワーを浴びると、ベッドの中へ潜り込んだ。シーツから微かに智史に匂いがした。それは前と変わらない。
元気になったら――――なんてすぐの事だ。何処かが悪いわけじゃない。単なる寝不足だ。智史の家を出てから眠れなかった。身体は疲れていて眠いの に、寝る事ができなかった。眠りに落ちても、すぐに目が覚めてしまった。眠らなきゃ、と焦っても身体は自分の思い通りにはならなかった。
なのに、さっきソファの上で、数時間寝ていた。いつ寝てしまったのか分からないほど、自然に眠りに落ちていた。
今も、ベッドの中が心地よい。智史の匂いに安らぐ。終わりだと言われても、冷たい言葉をかけられても、傍に居るという事実だけで安心する気持ちがある。
今までの眠りを取り戻したいと意識は今にも落ちそうだ。

「智史さん」
ここにいて欲しいと思う人の名前を呟いた。腕を絡めて抱き留めて、唇を塞いで欲しい。甘い声で囁いて、身体の奥を突き上げて欲しい。このベッドの上で何度 も肌を重ねた。あの甘美な時間を取り戻したい。
目を閉じれば、優しい智史の笑顔が見える。
「智史さん」
欲しいと思うものはどうして失うのだろう。答えはでないまま、意識は遠くなっていった。
 

back | top | next

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!