「ねえ」
雅紀は目の前にある目を閉じた横顔に問いかけた。
「ん? 」
声をかけられた智史は薄く目を開けて雅紀の方を向く。
「訊いてもいい? 」
雅紀はそっと智史の胸に手を伸ばした。平らな胸が規則正しく上下する。いつもよりその速度が速いのは身体を重ねた後だからだ。
「ああ」
躊躇いもなく返事がかえってくる。
「ここ数日様子がおかしかったのは、何故? 」
もしかしたら、という気持ちはある。けれど、自分がそれほど智史に想われている自信は無い。
智史が小さく笑った。
「お前に大切なやつがいるって事は分かってた事なのに、実際にそんなやつがでてきたら動揺した。それだけの事だ。お前の相手に嫉妬するなんて思わなかった よ」
智史の手が雅紀の髪を梳く。
「智史、さん」
「お前は何処へも行かないって、言ったよな」
智史の腕が雅紀の背中に回り抱き込む、そして、引き寄せられて、肌が触れ合う。濡れ事の名残を残した肌はしっとりと汗を帯びていた。
「行かないよ。行けないんだ」
智史の胸に額を合わせ、雅紀は小さく呟いた。

真哉の事は考えないようにしていた。考えたところでどうなるものでもない。時折浮かぶ笑顔は、幕を下ろすように頭から消し去っていた。 その真哉が、今近くに居る。
「そいつの事と一緒にお前の事も調べさせてもらったよ」
耳元で智史が囁く。真哉の事を知られてしまったのならば、他に知られて困る事など何も無い。
「一月と三月に出されたお前の捜索願いはどちらも降ろされている」
智史の言葉に思わず笑いがでてしまった。帰ってくるな、という事なんだろう。誰がそうしたのかも分かる。
「ね、僕は帰るところなんて無いんだ」
更に強く抱きしめられたのを感じた。
「俺がいる。俺のところにいれば良い」
ホント? ――――あなただって大切な人がいるでしょう
雅紀は言葉にだす事はできない台詞を心の中で呟いた。大切な人を手に入れたら自分など必要ないだろうと、それは確信している。自分にも大切な人がいる。だ からそれはフィフティーフィフティなのだと分かっている。
今以上のものを智史に望む事は間違っている。自分は真哉を思いながら、智史に自分だけを見て欲しいとは言えない。
けれど。
なぜ、槙を受け入れられないのか、それは分からない。だから、自分からは智史の心を望めない。望まない。いつでも離れられるように。お 前はいらないと言われたら、直ぐに諦められるように。

ベッドを抜けて、部屋の明かりを落とした。背後から「雅紀? 」と智史が呼ぶ声がする。ベッドへ戻ると、上から智史の目蓋へキスを落と した。
「もう一度、抱いて」
耳元で囁き、身体の線をなぞるようにおろした手で智史自身をゆっくりと包み込む。
抱かれている時は、全て忘れられる。愛しい人の顔も、これからの不安も。
「雅紀……」
熱い吐息が頬にかかる。
ゆっくりと擦りあげると、智史のものは形を変えていく。身体を起こそうとする智史の身体を押さえ上に跨がった。そのまま、ゆっくりと身体を落としていく。

心は望まない、だから身体は欲しい。
身体の奥に智史を感じる。締め付けると、智史が眉根を寄せてうっと呻いた。感じてくれていると思うと、安心する。もっと感じて欲しい、と思いながら腰を揺 らせた。ゆっくりと上げて、降ろす。何度も、何度も。自分の快感をたぐり寄せながら、同じ動作を続けた。
擦りあわされたところが生んだ快感は、波になって身体の中を昇っていく。
柔らかい光の中で、軋むベッドのスプリングと甘い息づかいだけが響いていた。

いつまでも、このままでいたいと思うのに、身体は早くイきたいと催促する。自然に、腰の動きが早くなってくる。
「智史……さんっ」
「イきたい、のか? 」
言葉に出す代わりに、何度も頷いた。
智史は雅紀の身体を押さえ込むと繋がったまま、雅紀を後ろへ押し倒す。荒い息をつきながら、雅紀はベッドに身体を預けた。足を抱え上げられ、智史に浅く、 深く突き上げられる。
イきたくて、我慢できなくて、自分のものに伸ばした手は捕まえられてベッドに押しつけられてしまった。
「もう、少し我慢しろ」
「あ、いや、はやく……」
突き上げられて、もう少しで届きそうな愉悦が焦れったい。自然に腰が揺れてしまう。
新たな刺激を加えられて、背筋が仰け反る。
「あ、あ、」
包み込まれた雅紀のものは、擦りあげられてすぐに放ってしまった。身体は持った熱を振り絞るように智史を締め付ける。その中で、智史のうめきと震えを感じ た。
身体の中が空っぽになる感じとともに、智史が雅紀の上に落ちてくる。両脇に肘をつくと、雅紀の首筋に顔を埋めた。荒い息づかいが耳元で響く。
嬉しい、と思う。この人が自分に感じてくれる事が、自分を抱いてくれる事が。

「まだ……繋がっていたかった……のに」
激しく動く心臓がスムーズに言葉を吐き出させてくれない。
「イきたい……って言ったのは……お前だろ」
荒い息に混じって甘く不機嫌な声が鼓膜をふるわせる。
どちらも正直な気持ちだった。イきたかった。気持ち良くて、このまま溜め込んでいたら自分がどうにかなってしまいそうだった。でも、繋がっていたい、ずっ と。直接感じる事に安心する。今、この人は自分のものだと思える。

二人分の吐息の中で、広い宇宙空間に二人だけになった気がした。それなら、それでも良いと思う。むしろそうなれば良いのに、と思う。誰 も邪魔する者はいない。お互いだけを見つめていられる。
そんな甘い妄想をうち破るかのように、電話のベルが鳴った。
智史は一瞬目を細めると、大きく息を吐き受話器を取る。
「もしもし」
その声にもう甘さは無い。受話器の向こうからの言葉に相槌を重ねる。
「そうか。ご苦労様」
短い電話は軽い音を鳴らして切れた。
「松田からだ」
智史が受話器を置く為に手を伸ばしながら言った。
「なんて? 」
おそるおそる尋ねる。
「雅紀は此処には来ない、と伝えるだけは伝えたそうだ」
「それで、真哉は? 」
不安から手を伸ばして智史の腕を掴んだ。
「お前の居場所をしつこく聞いてきたそうだ。そいつを巻くのに時間がかかって連絡が遅くなったと言っていた」
「知られてしまうのかな」
「大丈夫だ」
腕を回されて抱きしめられる。一番安心できる胸に抱き込まれる。

探さないで欲しいと思う。自分の道をまっすぐに進んで欲しいと思う。その為に自分は諦めたのだから、こんな所で寄り道をしないで欲し い。雅紀にできる事はそれを願うだけだ。

例年よりも暑いと言われた夏は何事もなく過ぎて行った。前よりも少し堅い表情を見せるようになった槙も今まで通り訪れる。雅紀はお茶を 出すと、そのまま部屋へ下がるようになった。智史から、そう指示された。あえて、二人の関係を見せる必要は無くなったという事だろう。雅紀を見ると槙の瞳 が曇る。表には見せない槙の心もきっと曇っている。それを見ているのは辛い。
いつまで智史のところに居るのか、それは別にしても、自分の先の事を考えなければいけないと思っていた。
先延ばしにしていても、結論などでない。何かをやりたいと言えば、智史は賛成してくれて、援助してくれるだろう。好意をそのまま受けるわけにはいかない。 後で、形にして返すつもりではいる。やりたい事はある――――けれど、それを口にするのが躊躇われた。
 

「雅紀」
打ち合わせに来た松田にお茶を出し、部屋へ戻ろうとした時に智史に呼び止められた。
「はい」
振り向いて返事をする。松田が書斎ではなく、居間のソファに腰をおろした時から、何か変だとは思っていた。横に座るように智史が目で合図する。雅紀は頷く と、ソファを回り、智史の横に腰掛けた。持っていたトレーをテーブルの端へ置く。
「それで」
智史が松田へ話を促す。
「あれから、馬淵真哉は毎晩のようにダンブライトに現れます」
久しぶりに聞いた名前に心臓がトクンと跳ねる。
「ダンブライト? 」と小さく呟いた雅紀に「店の名前だ」と智史は答えた。何処の?と聞こうとした言葉は声にしなかった。たぶん、智史に会う前に行った店 の名だろう。
「なぜ、もっと早く言わなかった」
責める口調ではない、どちらかと言えば質問に近いニュアンスで智史が言う。
「直ぐに、諦めるかと思ったのですが……。なかなかしぶとくて。未成年と分かっているので、酒をだす訳にもいかず出したウーロン茶で閉店まで粘るそうで す。警察を呼ぶと言ったら――――」
松田は言いにくそうに、口元へ手をやった。
「どうした」
ため息をひとつこぼすと、松田が話始める。
「呼べるものなら呼んでみろ、と。お前らが雅紀を誘拐したと警察へ言ってやると言うんだそうで。まあ、暴れるわけでもないし、ちゃんと金は払っていくし で、放っておいたという事でした」
「で、店で雅紀が来るのを待っている、と言うんだな」
「たぶん。本人は来ないまでも、手がかりがあると思っているのでしょう。まさか、馬淵が一度しか来た事ない店のバーテンである孝介の事を覚えていると は思いませんでした。信用がおける人物と思い、孝介に馬淵と接触するように頼んだのですが……」
智史がソファに身体を預ける。視線を流して雅紀を見た。
「どうする? 」
問われても答えられない。口を開けたものの、言葉はでなかった。
「だらだらしていても仕方がない。俺が会って話をしようか? 」
智史の言葉に何度もかぶりを振る。
「僕が会うよ」
きっと、それが良い。はっきりと別れを告げてこなかった自分が悪い。たぶん、智史が話をしても真哉は納得しないだろう。けれど、自分だけ姿を見せないのは 卑怯だ。
「僕が会うよ」
雅紀は自分の気持ちを確かめるように、もう一度言った。
 

back | top | next

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル