「ああ。結果を楽しみにしているよ」
「ご期待に沿えるといいのですが」
智史の言葉に応えた槙は軽く頭を下げると、そのまま動きを止めた。何かに押さえつけられているように固まったまま、ある一点を刺すように見つめている。そ
の視線に、見られていると感じた。
「まだ、何かあるのか」
「いえ」
短く応えた槙は、目を閉じ、何かを断ち切るようにすっと顔を上げる。
「では、社の方へ戻ります」
淡々とした声で答えると、席を立ち、今度は深く頭を下げそのまま振り返ると、ドアの向こうへ消えた。
「はぁ――――」
雅紀は今まで抑えていた息を吐く。
「智史さん、ちょっと……やりすぎ、だよ。僕も……困る」
人前でされる事に抵抗を感じ、堅くなっていた身体が弛んでいく。それに合わせたように、吐く息まで甘くなっていった。横目で雅紀を見た智史は、今まで触れ
ていた雅紀の肌から、すっと手を抜く。
「困る事ないだろ。お前の色っぽい顔を見せてやれば良い」
二人きりになり、これからと思っていたところで手を離され、雅紀は拗ねた顔を隣に座る智史に向けた。
「やだよ、人前でされる趣味なんて無い。そんなの契約に入ってな――――」
最後まで言い終わらないうちに、唇を塞がれる。文句を封じる常套手段とも言える行為を待っていたのは雅紀の方だ。深く合わされた唇に応えるように、智史の
首に腕を回した。
「ん……」
智史が与えてくれる甘く絡み取られるようなキスが雅紀は好きだった。
カタンとドアの向こうで小さな音がした。槙はまだドアの向こうに居たらしい。中がガラスで埋められているリビングと廊下を仕切るドア は、居間からは暗くて何も見えないが、向こうからははっきり見えるのだろう。智史も音に気づいているだろうに、雅紀とのキスをやめる気配は無い。むしろ、 見せつけているのだ、と雅紀は思った。
智史はアクセサリーデザインの会社で専務という肩書きを持っている。槙は智史の会社で専属のデザイナーをやっていた。近ごろ、智史の会
社が売り上げを伸ばしているのは、槙の力によるところが大きい。コンクールに何回か入賞した事で、槙の名と共に、会社の名も上がった。今度あるというコン
クールでも、槙は入賞を手にし、会社に貢献することだろう。フリーになっても充分やっていける実力と知名度を槙は持っている、と聞いた事がある。他社から
の誘いもあるらしい、と先日秘書の松田が話していた。なのに、槙は特別待遇が良いとも思えない会社の専属デザイナーを続けている。
今日、槙が持ってきたデザインも雅紀の素人目で見れば、どれも綺麗なものだと思った。選ばれなかった三点が闇に葬られてしまうのは勿体ないとさえ思える。
「では、こんな事も契約には入っていないだろう」
もう充分敏感になっている雅紀の乳首を智史が弾いた。
「あ、あ……ずる、いよ」
槙と話をしている間中、智史は雅紀に触れていた。腰を抱くように回した手をTシャツの裾から差し入れ、感じるところを弄る。
自宅での打ち合わせに同席する事、というたった一つの契約が無ければ、智史を突き飛ばし部屋を出ていった。
いくら服に隠されているとは言え、手の動きは分かる。自分がどこを弄くられているか、その時どんな顔をするかなんて自分でも見たくない。なのに、第三者、
それも槙が居る時に限って、智史は雅紀を弄ぶように触れてくる。
最初は肩を抱く程度だったものが、今日は一番敏感なところを押さえ込むように弄くられ、雅紀の身体は熱を溜め込んでいた。
人前で乱れたくないと抑えていた気持ちは、槙がドアを閉めた音で解放される。
「責任は取ってやるよ。これから充分可愛がってやるから」
智史が雅紀の額にキスを落とした。智史に触れられて身体が喘ぐ。もっと欲しいとねだっている。
「ここじゃ……あ……いやだ」
誰もが足を踏み入れる場所では嫌だった。誰も居なくても、見られているように感じる。
「じゃあ、部屋へ行こうか」
雅紀から手を離すと、智史は立ち上がった。支えを失った雅紀はソファに沈みこむ。
「もう……歩けない、よ」
見上げた雅紀に、智史は軽く笑った。腰をかがめ、雅紀の身体を抱き上げるように手を差し入れると、
「もう、年寄りなんだから、こき使うなよ」
耳元で囁く。
「何、言ってんだよ……まだ20代でしょ」
智史の首に腕を回しながら、雅紀は言った。はっきり年を知るわけではない。ただの勘だった。けれど、何度同じ事を口にしても、否定されない事に、20代後
半というのは、いい線なのだろうと思っている。
「でも、お前から見れば、もう充分年寄りだろ」
口では弱音を吐きながらも、智史は軽々と雅紀を抱き上げる。自衛のためだと週に二度スポーツジムへ通いトレーニングしている身体は、男の雅紀でも見ほれて
しまうほどだった。
「槙さん、帰ったかな」
小声で呟いた雅紀に「さあ」と気のない声で智史が応えた。
「あんまり、意地悪すると、槙さん、会社辞めちゃうかもよ」
男同士が絡み合ってるところなんて、見たいわけがない。今まで、見て見ぬ振りをしていた槙が、今日ははっきりと態度に現した。凝視された事も初めてだった
が、最後、頭を下げたまま、振り切るように後ろを向いた槙の姿が印象的だった。
「それなら、それでもいいさ」
「会社、困るでしょ」
「新しいデザイナーを育てるだけだ」
お前はそんな事は気にしないで良い、と智史が耳元で囁く。耳にかかる息に身体が震えた。顔を歪ませた雅紀に、智史は触れるだけのキスを落とす。
そして、雅紀を抱きかかえたまま部屋のドアを開け、ゆっくりとベッドに下ろした。キングサイズのベッドは、雅紀を包みこむように受け入れる。
智史はシャツを脱ぐと傍らの椅子に放り、ゆっくりとベッドの縁へ座った。雅紀の前髪をくしゃっと指に絡める。
「智史さん」
じれったくて、雅紀は声を上げた。どれだけ欲しいか、分かっているはずなのに、と思う。強い刺激を待っている身体に、軽く触れるのは、いじめのようなもの
だ。
「楽しみは後にとっておいた方が、良いんだよ」
智史の手が頬に降りてくる。雅紀はゆるくかぶりを振りながら腕を伸ばし、智史の肩に乗せた。
「早く――――」
応えるように触れてきたくちびるに目を閉じる。
午後を少し過ぎた時間、太陽は燦々と明かりを振りまいていた。マンションの最上階であるこの部屋を覗くものは誰も居ない。外は少し汗ば
む位の陽気なのだろうが、空調が効いているこの部屋では、適度な温度を保っていた。
なのに、背筋からじわっと汗ばんでくる。甘い吐息が部屋を湿らせる。
突き上げられるたびに、身体の内側から熱が生まれた。規則正しい律動は、熱を押しとどめたまま、新しい熱を生む。熱に翻弄されるように、身体は震え、口か
らは喘ぎが漏れる。
既に一度イかされていた。散々我慢して焦らされていた身体は、あっけない程、簡単に放ってしまった。
「本番は、これからだぞ」
荒い息を吐く雅紀に、酷く冷静な声で智史が囁く。
「来て」
掠れた声でそう言った雅紀の腰を、智史は抱き上げた。先端が触れる事に、身体が反応する。中へ誘うように襞が動く。智史を全て飲み込んではじめて、満たさ
れると感じた。いつもは欠落していると思う何か、それが補われる。
「さとし、さん」
汗が光る智史の頬に手を伸ばした。優しい瞳がなんだ? と訊く。ゆっくり突き上げながら、雅紀を見下ろす。
「すき――――」
優しい瞳が今度は嘘つき、と言った。
「知ってるさ、そんな事」
なのに、雅紀の欲しい言葉をくれる。
この人には、全てを見透かされていると思う。だから、何も繕う事は無い。何も考えずに、付いていけば良い。
「ほんとだよ」
荒い息の中でそれだけ一気に言った。雅紀の額にキスを落とすと、智史は動きを早めていく。
白い絵の具で塗られるように、雅紀の頭のキャンパスは少しづつ白くなっていった。