人々が寝静まった夜中、静けさが耳に響いていた。
俊介は壁に背中を預けて座り、ぼんやりと祐貴を見ていた。
近づくと触れてしまいそうだった。ぎゅっと抱きしめてしまいそうだった。
けれど、祐貴にぬくもりはきっと無くて、それを知ってしまうことが怖かった。
――夢だよ
それ以外にないだろ、と思う。
けれど、それを確かめることをためらう。
夢じゃなかったとき、どうしたらいいのか分からない。
「俊介」
突然祐貴の声が聞こえて、顔を上げると祐貴が目の前にいた。
「なんだ――」
ちゃんと生きてるじゃないかとほっとした。
手を背中へまわして抱きしめようとしたのに、体は固まってしまったように動かなかった。
「ごめんね」
祐貴が耳元で囁いて抱きしめるように背中へ腕を回してくる。
「びっくりしたよ」
俊介はぼやいた。
そんな言葉では表せない。でも、他にどう言っていいのか分からない。
「でも、良かった……」
自分は祐貴の腕の中にいた。
「俊介は温かいね、いつでも」
祐貴の唇が首筋に触れていた。
「お前だって」
ぬくもりを感じた。
体が動かないことがもどかしかった。抱きしめたら、もう離したくない。
なのに、体は思い通りにはならなくて、力はどこかに抜けていってしまうようだった。
「祐貴?」
もっと顔を見せて欲しいと思う。背中へ回された腕も肩にうずめられた顔も動く気配がなかった。
ふっと顔をあげた祐貴の手がシャツのボタンに触れた。
「祐貴?」
「僕はずっと俊介のことを考えてた」
祐貴の手がゆっくりとボタンを外していく。ボタンをすべて外すと、ベルトに手をかけた。
「祐貴?」
何をするつもり?
そう思っても、そんなことを口に出してしまったら、祐貴がふっと消えてしまいそうで言えなかった。
「ずっと、こうしたかった」
祐貴が言いながら、下腹部に触れてくる。触れられただけで、そこは熱を持ち硬くなってくる。
「俺だって……」
今のように戯れあっていたのは遠い昔のことのように思えた。
一度だけ、そう思っても、その線を越えてしまったら抑えはきかないように思えた。だから、我慢してきた。
「気持ちいい? 俊介」
祐貴の手がゆっくりと敏感なところを扱きあげる。
「ん……」
耳元に熱い息を感じる。
「お前にも、触れたい」
動けないことがじれったかった。
「今日は僕がしてあげる。たまにはいいでしょう?」
祐貴の唇が下へ降りていって、胸の突起を啄ばむ。
「っ……」
体が動かない分、肌はあわだって刺激は体の奥を直撃した。
くすぐるように祐貴の舌が動いて、体の奥へと広がっていくものは快感なのか苦痛なのか分からなかった。
「祐……貴っ」
すぐそこにいて触れ合っているのに、抱きしめることができない。
祐貴の手が唇が何かを確かめるかのように、ゆっくりと肌を滑らせていく。
「ずるいよ……お前だけ……」
この手で祐貴の肌に触れたいと俊介は思った。
「今日だけ……そのままでいて、俊介……」
祐貴の声は切ない願いに聞こえて、俊介は天を仰いだ。
「今日だけだぞ、明日になったら……っ……俺が抱くんだからなっ」
明日になったら――。
そんな、明日は来る?
「……お前は夢? それとも幻?」
俊介は呟いた。
いったい現実はどこにあるのか。
「どちらでもないよ」
祐貴の声が耳に甘く響く。
「そっか……」
深く詮索するのはやめようと思った。
俊介は目を閉じて、すべてを委ねた。
祐貴のぬくもりと手と唇の感触を感じることはできた。
はぁ――
息が漏れる。
「祐……っ……」
ゆっくりと動く祐貴の手に反応を返すものは、次のものを欲しがっていた。
押し倒して、押さえつけて、そのまま突っ込んでしまいたいほどに、体は熱くなっていた。
「祐貴……ちょっ……待っ……」
このままイきたくはない。手の中ではなくて、望む場所がある。
「ん……」
祐貴の手の動きが止まる。
「満足してくれてるんだよね……」
祐貴に先端をなでるようにされて、くちゃっと湿った音が響いた。
「やめっ……」
これ以上、刺激されたらイってしまいそうだと思う。
そうなったら、お前はどうなるの?
微かな不安が胸にくすぶる。
ふと気がつくと目の前の祐貴は体に何も身につけていなかった。
「まだ、イかないで……」
向かい合った祐貴が腰を下ろそうとする。
「……だめだろっ、そのままじゃ……」
手も足もどこも動かなくて、体を開いてやることはできなかった。
「大丈夫だよ」
ためらいもなく、祐貴は腰を下ろす。
「やめ……」
止める間もなく、先端を覆うものを感じた。
「そのままじゃ……」
絶対に傷つけてしまうと俊介は思った。
少し苦しげな顔をした祐貴を見て、やめさせようと思っても、相変わらず体は動かない。
「祐貴、やめてくれ……」
欲しいとは思う。けれど、きれいな祐貴の体を傷つけたくはない。どこも――。
「大丈夫だよ」
祐貴は少し口元を緩めて、体を沈み込ませた。
感じたのは、優しく包んでくる温もりだった。
「祐貴……」
背中へ手を回したい。ぎゅっと抱きしめたい。お前に触れたい。
けれど、できるのは思うことだけだった。
「少し、このままでいて……」
祐貴が苦しげに息を吐く。
「ああ――」
いつまででもいいと思う。
ずっとこのままつながっていられるのなら。
「俊介……」
肩に顔をうずめた祐貴が呟く。
「ん?」
「ごめんね」
「何でお前が謝ることがあるんだよ……」
祐貴の寂しげな声はどこかへ消えてしまいそうな気がして、捕まえておけないことがもどかしく感じた。
「僕は周りの人を不幸にすることし――」
「何言ってんだよ。誰がそんなこと言ったんだよ」
俊介は祐貴の言葉を遮った。
そんな風に思って欲しくは無かった。
幸せは共有できない。自分が幸せになることで不幸にしてしまう人もいる。
でも、それは誰の所為でもないはずだ。
「でもね、僕は幸せだったよ」
祐貴がぎゅっと抱きしめてくる。俊介は胸がきゅっと熱くなった。
「だから――」
言葉を言いかけたまま、祐貴が唇を塞いでくる。
――僕のことは忘れて幸せになって
そう、心の囁きが聞こえてくるようだった。
忘れられるわけないだろ。
心で呟いて、俊介は声には出さなかった。
唇を離した祐貴が、切なげな顔をして腰を上下に揺らす。
――祐貴、お前はいっちゃうの?
俊介が心で問いかけても、答えはもらえなかった。
「っ……、く……――」
刺激されれば一度覚めかけた熱が戻ってくるのはすぐだった。
「いいよ、俊介……イって」
祐貴が動きを早める。
「お前……は?」
一人でなんてイけない。
「僕も――」
熱い息を首筋に感じた。
でも。
祐貴を失いたくは無かった。
「祐、貴っ」
この手で抱きとめておきたいと思った。
「くっ……」
けれど。
欲望に逆らうことはできなくて、我慢できなくなった熱は意志に反してはじける。
そのとき、俊介は体がふっと軽くなったことを感じた。
思わず抱きしめるように回した腕の中にはぬくもりがあった。