数人でやってきた医者と看護師は、祐貴の体に機器や管をつけ、それは電源を入れられると、ピーと甲高い耳障りな音をたて光る直線を表示していた。
祐貴の周りを囲うようにした医者と看護婦が何をしているのかは人影でよく分からなかった。ただ、行きかう意味の分からない言葉が聞こえ、隙間から祐貴の体
が見えて、それは時折上下していた。
乱暴にしないでくれよ、と思う。
なんでこんなことにと思い、どうしてもっと早く気づいてやらなかったんだと思った。一分でも一秒でも処置は早い方がいいというのはどこでも言われているこ
とだ。ずっと傍に
いたのに気づいてやれなかったことが悔しかった。
ちょうど帰ってきた美樹や子供達と、部屋の隅で息が詰まるような思いでただ見ていることしかできなかった。
ふと視線がいった医者の手の先に俊介は光るものを見た。
「やめてくれっ!」
それが何か頭で答えを出していないのに、思わず声がでていた。
視界を塞いでいた看護師が振り向いたことで、俊介は祐貴の姿を見ることができた。衣服を剥がされた胸の上で、メスを持つ医者の手が止まっていた。
「祐貴を、祐貴を傷つけないでくれっ」
祐貴のきれいな体に傷をつけては欲しくない。
それがどういう意味を持つのか、今は考えたくはなかった。
「しかし、このままでは――」
医者は少しためらった後。
「処置を終わりにして欲しいということでいいですか?」
可南子に向かって問いかけた。
すべての視線が可南子に集まる。
その中で、俊介は可南子にも拒んで欲しいと思う一方、自分の言うことなど無視して欲しいとも思った。
どちらも嫌だ、どちらも選びたくない。もし、他の選択があるのならそれを選びたい。
少しの沈黙の後、可南子は一度視線を伏せ、そして、ゆっくりと頷いた。
「本人も、そう望んでいると、思います」
機械の音だけが響く中、可南子の声は掠れていて、やっと聞こえるくらいのものだった。
医者は看護師にメスを渡すと、一度モニターに視線を走らせた。
そして、時計を見て時間を告げ頭を下げた。
ドラマでしか見たことがない光景だった。
――夢、だよな
俊介は心の中で呟いた。
あまりに突然すぎて現実だとは思えなかった。
つけられていた機器と管が外されて、医者と看護師の数人はすぐに部屋を出ていった。一人残った看護師が布団を整えてくれていた。
それが終わると。
「また後で支度をしに参ります」
看護師は頭を下げ、部屋を出ていこうとした。
「あの、これからどうすればいいんですか?」
聞いたのは美樹だった。
「車の準備を。心当たりがないのでしたら、こちらでもご紹介できますが」
「どうする? 可南子さん」
美樹が可南子の方を向くと、可南子は無言で頭を振った。
「じゃあ、紹介していただけますか?」
美樹は看護師に答え、共に部屋を出ていった。
病室の中は静かだった。
祐貴は穏やかな顔をしてベッドに横たわっていた。傍にいって、頬をなでると温かみがあった。
ただ寝ているだけだよ、俊介はそう自分に言い聞かせた。
ドアが閉まった音がして、家の中が急に静かになった。
小さな足音が近づいてくる。
「みんな帰ったわよ」
美樹の声が後ろから聞こえた。
「そっか」
俊介は小さなため息をこぼした。
布団に寝かされている祐貴には白い布がかけられていた。
「私も帰るから、後よろしくね」
――え?
自分は家に帰るつもりは無かったし、美樹も帰るつもりはないと俊介は思っていた。
俊介が振り返ると美樹は俊介の横へ座り、手を合わせた。
「大輔は?」
美樹は一人だった。そういえば、大輔の姿を見ていないと思った。
「史也のベッドで一緒に寝てる。もう遅いし、起こしてまで連れていくことはないかなって」
これからのことや来客もあって忙しいなか子供の世話まで気は回らなかった。
「可南子は?」
祐貴をおいてどこへ行ったのか、と思う。
「後は俊介に任せておけばいいって言って、ベッドに寝かせた」
「……それで納得したのか?」
病室で聞いた可南子の話からすれば、追い返されてもおかしくないと思う。
「何も言っていなかったけど、何も言わないってことは了承したんじゃないの? いつもはっきり物事を言う人なのにね。そうとうショック受けてるだろうとは
思う。当たり前だけど……」
そう、いつもはっきり言う。そんな可南子がほとんど口をきけずにいた。
これからのことも駆けつけてきた祐貴の親がほとんど決めた形で、可南子は頷くだけだった。
「お前は祐貴のことどう思ってた?」
可南子のように邪魔な存在だと思っていたんだろうか、と思う。
「どうって、言われても……」
美樹は困ったように口を噤んだ。
「嫌なやつだと思ってたとか、いなければいいと思っていたとか」
可南子は自分に対してそう思っているのだろうと思った。
「うーん。どっちでもないかな」
「じゃあ、不安に思っていたとか」
「不安? 何が?」
きょとんとした顔をする。
「祐貴が俺のこと連れていっちゃうんじゃないか、とか」
「今?」
「いや、そうでなくて、こうなる前に」
家で大人しくなんかしていられないと可南子は言った。
「祐貴はそんなことしないもの。絶対に」
言葉に迷いは感じなかった。
「絶対?」
「そう絶対。祐貴が大輔からあなたを取るなんてこと絶対にしない」
美樹が言い切る。
「俺は? 俺はあいつらから祐貴を取ろうと思ってるように見えるのかな」
それが可南子の不安だった。
「しようとするかもね。でも、そんなことをしようとしても祐貴に振られるだけ。今、後を追ったら祐貴はきっと口も聞いてくれないよ」
「……そうだよな」
背中を向けたまま振り向いてくれない祐貴が浮かぶ。
「大輔だけじゃない。史也のことだって、見守っていて欲しいって思ってるはずだよ」
そうだろうな――そう素直に思えた。
「今日だけ、許してあげる。傍にいてあげて――」
美樹が声を詰まらせた。
みんな泣いていた。
声にならない嗚咽や、叫び声に近いものも聞いた。
泣いていないのは、可南子と自分だけだと俊介は思った。
可南子は泣くことさえ忘れたような放心状態だった。
じゃあ、自分は?
なぜ涙がでてこないのだろうと思う。
一番大切だと思っていたやつなのに――。