祐貴を飲み込んだ白い車体は上に赤いランプを回していた。
「どなたが付き添いに来られますか?」
白い制服を着た隊員が見まわすようにして聞いてくる。
「お――」
俊介が口を開こうとしたら。
「可南子さん、史也は私達が見てるから」
まるで俊介の言葉を遮るように美樹が声を出した。
「あ……」
少しためらうように、可南子は俊介を見た。
――俺が行く
そう言いたい気持ちはあっても俊介は声には出せなかった。
「さあ、早く」
「すみません。お願いします」
美樹に促されると、可南子は軽く頭を下げ車に乗り込んだ。
「病院、どこかわかりますか?」
美樹が可南子の後に乗り込もうとした隊員に聞くと。
「K大学病院とコンタクトが取れているから、そこになるんじゃないかな」
ドアに手をかけながら係員は答えてくれた。
「じゃあ、そちらへ行きます。もし変わるようだったら、可南子さん携帯に連絡して」
美樹が可南子の方を向くと、可南子は不安そうな顔をしながら頷いた。
隊員が乗り込むと、すべるように走り出した車は音を響かせながら小さくなっていった。

「あなたが行けるわけないでしょ」
車を見送りながら、美樹が呆れたような声を出す。
「電車の中だって、嬉しそうに鼻の下のばしちゃって、見てられなかった」
今度は不服そうな声を出した。
別にデレデレしていたつもりはなかったけれど、気持ちを見透かされたようで俊介に反論はできなかった。
「でもね」
美樹が気が抜けたような声を出す。
「見てられないって思いながら、ほっとしたような気持ちもあるの」
「え?」
意外な言葉に俊介が美樹を見ると。
「なんでだろ、自分でも不思議」
美樹はふっと笑った。
「行こう。可南子さんも不安そうだったし」
美樹が大輔と史也の手を取る。
元気に走り回ってはしゃいでいた子供達は、うつむいて借りてきた猫のように大人しくなっていた。


すべてが白い部屋の中は消毒液の匂いがした。
壁に取り付けられた容器からこぽこぽと泡がはじける音がして、ベッドに横になっている祐貴の寝顔は穏やかだった。
検査に数時間かかり、窓からは薄いカーテンを通してオレンジ色の光が入ってきていた。
可南子は医者に呼ばれ、美樹は子供達を連れて食事に行った。二人きりでこうして向き合うのは久しぶりだと俊介は思った。
頬にそっと触れると、祐貴がぴくっと反応して、ゆっくりと目を開けた。
「ごめん。起こしちゃったな」
二人きりでいて、触れるなというほうが無理な相談だと思う。ぎゅっと抱きしめたいのをこれでも我慢していた。
「ううん。ここは?」
祐貴がゆっくりと見回す。
「病院。お前倒れたんだよ」
まさか突然倒れるほど、疲労が溜まっているとは思わなかった。それでも、異変に気が付いて良かったと思う。意識のない体がアスファルトに叩きつけられれ ば、もっ と大事になっていただろう。
「無理する、から……」
続けた言葉の最後は掠れてしまった。
目を開けてくれてよかったと思う。
居ることが当たり前のやつだった。
「ごめん。せっかくの休日が台無しになっちゃったね」
体が辛かったはずなのに、気にするのは周りのことだ。
「お前はそんなこと気にしないで早く元気になれよ。辛かったんなら来週にしても良かったんだよ。動物園が逃げるわけじゃないだろ」
良かったと、今はそんな気持ちしかないのに出るのは不満とも愚痴ともとれる言葉しかない。
もう少し気遣ってやれば良かったと思う。後悔は自分に対してだった。
「ん……」
祐貴は答えると、ゆっくりと息を吐いた。
「どうしたの? 腕」
祐貴の視線は二の腕に巻かれた包帯に向けられていた。
「なんでもないよ。ちょっと大げさなだけだ」
擦りむいた傷は浅くても痛みはあった。けれど、祐貴に比べればこれぐらい何でもないと思う。
「僕の所為?」
祐貴が困ったような顔をする。
「そんなことないよ。ただ大げさなだけだって言っただろ」
祐貴を抱えたときにできたものだと知れば気にするのは分かっていた。
「ごめんね」
呟くように言うと、祐貴はゆっくりとまた大きく息を吐く。
「辛いのか?」
そう見えた。
「少し……」
珍しく、祐貴が弱音を吐いた。
「何も気にしなくていいから、今はゆっくり休め」
今まで祐貴が弱音を吐いたのを俊介は聞いたことがなかった。
「……みんなは?」
気にするのは、いつも周りのことだ。
「可南子は医者に呼ばれて行ったし、子供達は美樹が食事に連れていったよ。何も心配することないから」
俊介がそっと頬を撫でるように触れると、祐貴が手を重ねてくる。
「俊介、ごめんね……」
声に力が無かった。
「気にするな、って言っただろ。お前は自分のことだけ、考えろ――」
俊介は祐貴の重ねてきた手を握りこんだ。
久しぶりに感じたぬくもりだった。
「ごめん……」
祐貴が切なそうに顔を歪める。
「だから、気にするなって言っただろ。少し寝ろ。休むことも必要だぞ」
両手で祐貴の手を一度ぎゅっと握ると、俊介はその手を布団の中へ戻した。
「な」
とにかく休ませてやらなきゃいけないと思う。
働きすぎなんだよ、と思う。こんなことでもなければきっと休むこともできなくて、だから良かったのかもしれないとも思った。
「少し寝ろ、な」
「ん」
小さく頷くと、祐貴はゆっくりと大きく息をして目を閉じた。

俊介はしばらく祐貴の寝顔を見ていた。
そして、立ち上がると窓辺に立った。太陽はもう落ちたらしい。痕跡だけが空の下に赤く残っていた。
何か自分にできることはないのか、と思う。
祐貴が倒れたからといって何かが変わるとは思えなかった。そうなら、また同じことが起こるはずだ。

カタンと小さな音がして、ゆっくりとドアが開いた。


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