調べてきたわけではないけれど、日曜日の動物園は多くのイベントがあった。
熊の食事風景を見せてくれたり、小動物を直接抱くことができたり、像のサッカーがあったり、まるで芸人のようにプールの隅々まで決まったコースを泳ぎ続け るオッ トセイには驚かせられたりした。
ただ動物を眺めるという子供のころに残る動物園の印象とはずいぶん違ったものがあった。
半分ほど周り、レストランで昼食にした。
弁当は持ってこない。
それはひとつのルールのようなものだった。
たまには奥様たちを休ませてあげようという表向きの理由はあっても、言い出した俊介には別の理由があった。
弁当を持っていくとなれば、作るのは十中八九祐貴だろうと思う。
絶対に手を伸ばしたくなるに決まっていた。
でも、それをしてはいけない。
自然に振舞える自信が俊介には無かった。

「順路どおりに行くか?」
レストランを出て、俊介は誰にともなく聞いた。
特に案があったわけではない。順路どうりに行けば一通り見ることはできる。
待っていたかのように、史也がぱっと顔をあげた。
「もう一回レッサーパンダ見に行きたい」
言いながら瞳をきらきらさせる。
「そっか」
そういえば、それが目的だった。
一番の人気者らしく、人波に流されるように、ほんの少ししか見ることはできなかったブースだった。
「あ、でも」
祐貴が口を濁す。
「何?」
「ずいぶん戻らないといけないよね」
困ったような顔をする。
確かに入り口に近かった。
「いいよ、行こうぜ」
大輔が史也の手を取ったと思ったら、誰かが声をかける間もなく、子供二人は入り口の方へ向かって走っていってしまった。
「もうっ……」
美樹が小さくなっていく背中へ向かって不満げに呟く。
「いいじゃないか」
美樹を促すように俊介は足を出した。
「ごめん」
後ろから祐貴が声をかけてくる。
「まだ十分に時間はあるし、興味がないものを見るより見たいものを見たほうがいいだろ?」
俊介が答えると祐貴は少し表情を緩めた。
何もすべてを見る必要はない。
空を見上げると、朝と変わららず空は青く太陽の日差しは更に強くなっているように感じた。


子供達の姿が見えなくなるのはすぐだった。
人はそれなりにいて、それぞれの檻の前には幾重にも人が取り巻いていた。ただでさえ反対方向へ歩いているから人を避けながら歩いていかなくてはならなく て、小さなすばしっこい子供達のようにすり抜けていくことことは難しい。
それでも目的地は分かっているから先を目指していくと、祐貴が少しずつ遅れてくることに俊介は気づいた。
子供達が心配らしく美樹と可南子は先へ行っていた。
少し止まって待っていると、目の前まで来た祐貴は驚いたように顔をあげた。
「あ、何?」
祐貴の顔色が青白く見えた。
「大丈夫か?」
やっぱり疲れているんじゃないか、と思った。
そういえば、昼食もほとんど手をつけていなかった。
大輔の大好きなオムライスを頼んで、半分近くが大輔のお腹に収まったんじゃないかと思う。何か他に取るか聞いたけれど、祐貴はかぶりを振った。
「あ、うん、大丈夫だよ。最近こんなに歩くことないから……」
ゆっくりと息を吐く。
「少し休むか?」
俊介は通路脇のベンチへ視線を向けた。
通路の脇にはところどころベンチがあって、空いているところもある。
「子供達を見つけたら。しばらくは離れないだろうし」
軽く口元を緩めると、祐貴が先へ行こうと目配せをする。
「あ、ああ」
その方が安心だろうとは思った。
「最近、体力が落ちたってすごく感じる。俊介みたいに鍛えてたわけじゃないし、会社と家の往復じゃ運動不足もいいとこだよね」
隣を歩きながら祐貴が言う。
「そうだな、何かやるか?」
社内にはスポーツクラブに通っているやつもいればスイミングプールに通っているやつもいる。ゴルフは色々大変そうだし――バッテングセンターなんかいいか もしれな いなと思った。思いっきりボールを打てば気持ちいいかもしれない。
「ん――」
祐貴が言いかけたところで、ポケットの中で携帯が震えた。
「はい」
俊介が出ると。
「どこにいるの?」
美樹の声がした。
「もう少しで着くよ。子供達は?」
目指すブースはまだ見えないけれど、それほど遠くないだろうと思う。
「いたわ。すぐ後ろにいるかと思ったのにいないんだもの」
声は不満そうだった。
「ああ、ごめんごめん。すぐ――」
行くよ――そう言おうとしたのに、俊介の視界の端に顔を歪めて手を頭へ持っていく祐貴の姿が入った。
「俊介?」
怪訝そうな美樹の声が聞こえた。
「あ、いや、祐貴が……」
やっぱり少し休んだ方がいいと思った。携帯があるから連絡はつく。
空いているベンチを確認して、少し休んでいると美樹に伝えようとしたところで、ふらっと倒れそうになった祐貴が目に入って、俊介の腕は祐貴を抱えるように 先に伸びていた。
予期していたことではなかった。祐貴を抱え込んだまま俊介は自分もバランスを崩して道に倒れこんだ。
「っ……」
アスファルトで固められた道路の衝撃を体は感じていた。
「俊介?」
かろうじて落とさずに持っていた携帯から声が流れる。
「くっ……」
背中から落ちてしまって半そでのTシャツから出ていた腕をすりむいていてそこは血が滲んでいた。
「俊介? どうかしたの?」
携帯から聞こえるのは、答えを急かすような不安そうな声だった。
携帯を持っている腕は祐貴を抱えていた。俊介は携帯をもう一方の手に持ち替えるとひとつ息を吐いた。
「祐貴が――」
ブースに群がっていた人達が気づいたらしく、動物に向けられていた歓声がざわざわとした話し声に変わっていた。
「祐貴が? 何?」
「祐貴が倒れたんだ。戻ってきてくれ」
腕の中にはぐったりした祐貴の体があった。
「え? 今、どこ?」
「分からない――」
遠巻きに人に囲まれていて、何も目印になるものがない。
「こっちに来る途中よね」
「ああ、そう」
「すぐ行くから、ちょっと待ってて――」
携帯は答えを待たずに切れた。
「祐貴?」
声をかけると返事はなくて前髪を上げると額に汗が滲んでいた。腕から零れていた祐貴の腕はまるで意志がないもののようにただ垂れていた。
「祐貴?」
閉じたまぶたはぴくりともせずに、ただ表情は少し苦しげだった。
「祐貴?」
名前を呼ぶことしかできなかった。
抱き上げることも揺することもさすることもできなかった。
「祐貴?」
ただ、目を開けて欲しいと俊介は思った。

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