月は満ちて


太陽は輝いていてまぶしいほどの光を放っていた。青い空には薄い雲が浮かんでいて、それはゆっくりと流れていく。雨の心配はないと朝の天気予報は告げてい て、行楽日和の日曜日だった。

「大輔っ!」
突然走り出した大輔止めようと美樹が伸ばした手に大輔は捕まらなかった。
「もう……」
不満げな声を出しながら美樹は大輔が走っていった先を見つめていた。
「いいじゃないか、久しぶりだから嬉しいんだろ」
言いながら、それは自分のことだと俊介は思った。
大輔が走っていった先には祐貴がいた。
家族が一緒だとは言え、会社以外で会うのは久しぶりだった。向けてくれる笑顔も――。



「疲れてるんじゃないか?」
電車で揺られながら、俊介は隣に座る祐貴に声をかけた。
「ううん。良い気分転換になるよ。誘ってもらわないと、なかなかどこかへ行こうってことにはならないから」
祐貴がゆるく頭を振る。
車内にはぱらぱらと立っているいる人がいて、向かいの席には、美樹と大輔と史也と可南子が並んで座っていた。
乗り込んだ車内の空いている席のスペースを見て、誰が指示するわけでもなくこの位置に自然に座っていた。いや、厳密に言うなら、子供の前に立とうとした祐 貴に俊介目 配せをして空いている席を示した。
席は空いているのだから立つこともないだろうと俊介は自分に言い訳をした。
それぐらいいいだろ――と思った。
隠れて何かするわけじゃない。
だけど、そんなことを思ってしまうあたり罪悪感があるわけだ。
揺れている電車にただ隣り合って座っているだけで、このまま時間が止まってしまえばいいと思う。自然に肩は触れ合い胸が熱くなる。
「羨ましいよな、今度はトリノだって?」
かけた言葉に。
「まあ、オリンピック時期に外れたのは良かったのか、悪かったのか、だけどね」
友達として、当たり障りのない答え。
上っ面を掠るような会話しかしなくなって久しい。
――お前はどう思ってるの?
聞きたい台詞は喉元で止まってあがってはこない。
あのときはあの選択しかなかったと思うし、それを後悔もしていない。
けれど、感情は自分が思っていたより深かったらしい。
時々思う。
あの時、祐貴を連れて逃げたらどうなっていたのだろう――世間で言う幸せには程遠い生活になったかもしれないけれど、できなかったことだからか、憬れる気 持ちはあった。

「動物園なんて、ホント久しぶりだよ」
嬉しそうに祐貴が笑うから、思わず俊介の口もほころんだ。
「喜んでくれるなら、良かった。疲れているんじゃないかと少し心配していたんだ」
祐貴が仕事をサボるなんてことは絶対しないだろうと思うし、史也の話を聞いても家のこともほとんどやっているんじゃないかと思う。家に仕事を持ち帰って も、できるのはきっと夜中になって睡眠時間を削ることになっているだろう。
「時間が過ぎていくのだけは速いよ。気が付くと一週間が終わってる」
――それで幸せ?
そう言葉が浮かんで、でも、すぐに言葉は消えていった。
聞いてどうする?
どんな答えをもらっても、満足はしない。
幸せであって欲しいと思うのに、心のどこかでそれを嫌がる気持ちがある。こいつを幸せにできるのは自分だけだと思いたい自分勝手な思いがある。

「俊介のところだって大変だって聞いたよ。急に機能変更があって……」
「あ、ああ、ホント嫌になっちゃうよな。向こうは言うだけで済むんだから簡単だけどな」
本当はこんな話をしたいわけじゃない。
腕を回して抱きしめて、むしろ話なんていらない。
「……いつも助かってるよ。本当に……この間は俊介が史也を向かえに行ってくれたんだってね」
祐貴がふっと視線を落とした。
「あ、いや、礼を言うのはこっちかな。ハンバーグ美味しかったよ」
久しぶりの祐貴の手料理を祐貴そっくりの史也に出してもらった。子供だから似ているのは当たり前だと思っても、本当に分身なんだなと思う。
「あんなもので良かったら、いつでも――大輔もいつも気遣ってくれて助かる」
「……あんなので良かったらいつでも使ってくれ」
似ているといわれても、自分ではピンとこなかったりする。自分はあんなに乱暴ものじゃない、と思っても、親には子供のころにそっくりだと言われた。
「なんだよっ!」
自分の話らしい、と察知した大輔が向かいから文句をつけてくる。
「ありがとう、いつも」
祐貴が声をかけると、大輔は途端にしおっとして照れるように頭をがしがしとかいた。
「あいつ、俺と似てるか?」
俊介がこそっと祐貴に囁くと。
「そっくりだよ」
にこっと笑って祐貴が答える。
「そうか?」
祐貴は子供のころなど知らないはずだ。
訝しげに思いながら、気が付くと手が頭に触れていてこのままでいると大輔と同じことをしそうだと気づいて、俊介は手をそっと下ろした。
「何気ない仕草って似るもんだね」
祐貴がとどめを刺してくる。
「そうか?」
もしかすると似ているところを探してしまうのかもしれない、と俊介は思った。
そして、ほっとする。
結局、どれでもいいから傍にいたいやつのどこか欠片でもあればそれで満足しようとしているのかもしれない。
それだけ、いつも欲しているということだ。
祐貴も?
疑問を口にはできない。

三十分ほど電車に揺られて最寄り駅に着き駅を出るとバスを待つ列は長く、今時の通勤電車でもないくらいのぎゅうぎゅう詰めで揺られること十分で目的地に着 いた。


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