朝、祐貴がオフィスへ入ると、可南子は自分の席に座り、パソコン画面を睨むように凝視していた。
以前は、祐貴の顔を見ると席を立ち、笑顔を見せながら祐貴の元へ来た。それが、日課のようだったのに、俊介との関係を知られてから、それは変わった。視線 さえ合わせようとはしない。仕事は、メールで済ませるようになった。そのメールには、最後に必ず一言添えられていた。
『報告を待っています』
一見仕事に関することかと思うような言葉が何を意味しているのかは、簡単に想像ができた。
いつまでも応えを伸ばしているわけにもいかない。結論はもうでたのだから、はっきりさせるのは早い方がいいに決まっている。
後ろに来たことを気づいていると思うのに、目の前のパソコンを睨みつけ振り向こうとしない可南子へ祐貴は声をかけた。
「可南子」
仕事ではないから、名前で呼んだ。
「何?」
俯きかげんに少し振り向いて、可南子は応えた。それは、はっきりと目を合わせることを避けているようにも見えた。
「話がしたい」
「……今、ここで?」
抑揚のない、淡々とした返事が返ってくる。
「人には聞かれたくないから、時間があるときでいいよ。外で会おう」
「いつでも、いいの?」
「いいよ。合わせる」
一日くらい都合はつけられる。急ぎの件は、先日の出張レポートだけだ。
「じゃあ、今週末の金曜日」
「わかった」
仕事の後なら待ち合わせもいらない。
「じゃあ、そのときに」
そう続けると、祐貴は返事を待たずに、可南子から離れた。
必要以上に接しない方が良いと思った。もう、結論は決まっている。伏せたまま顔を見せなかった可南子の表情は分からなかった、声から感情を読み取ることも できなかった。けれど、可南子がどう思っていようと終わりにしなければいけない。
時は少しづつ、着実に進んでいる。その時の中で、可南子の気持ちは変わっていないのだろうか、と思う。知られてしまってから直ぐの言葉じゃない、その間に 一週間という時はあった。だから、ばらしてやると言った可南子の言葉を一時の感情だとは思わない。
それから、また一週間、そして、次に向かいあうまでに少しの時間がある。自分の思い通りになるとは思わないまでも、衝突はしたくない。
少しでも、可南子の気持ちが変わっていることを祐貴は願った。

自分の席へ戻ると、祐貴はポケットから携帯を取り出した。そして、俊介の アドレスを選択して金曜日に可南子と話をすると、メールを送った。二人で向かい合っている時に可南子の話をしたくはなかった。ただ、報告だけで済むこと だ。俊介の返事はいらない。だから、読み捨ててくれれば良かったのに。
「お前、一人で大丈夫か?」
昼休み俊介がぽつっと呟いた。何がと、訊かなくても分かった。
「大丈夫だよ」
わざと平気な顔をして、あっさりと答えた。自分で始末をつけなきゃいけない。
俊介は不安そうな顔をしていた。きっと、自分がカタをつけてやりたい、と思っているのだろう。なのに、その気持ちを抑えてくれている。優先してくれる。そ れに応えなければいけない。
「大丈夫だよ。父さんが帰ってきたら、一緒に暮らそう」
前に言われたときには、返事ができなかった。その言葉を祐貴は自分から言った。もう、決めた。もう、引かない。もう、後悔はしない。


パソコンがメールの着信を示した。
『終わりました』
文面はその一文だけだった。私用メールは禁止だから、文面は限られる。可南子へ視線を向けると、可南子は席を立って、入り口へ向かっていた。祐貴は書きか けのメールをフォルダに保存すると、パソコンを切り席を立った。
ゆっくり着替えて、支度をすれば、エレベータの前で会うだろう。
今日、もう一度俊介に大丈夫か、と聞かれた。大丈夫だよ、と前と同じ答えを返した。
そして、
「明日、何か作りに行くよ」
そう付け加えた。
俊介の苛立ちが分かるから、カタチで表せる答えをした。
時間は言わなかった。はっきりした予定は立てられない。可南子とのことは、これで最後にしたいから、納得してくれるまで、分かってくれるまで、話をした い。話だけで分かってくれるのなら――――。
けれど、明日には、俊介のところへ行く。それまでには、決着をつける。
そして、その時は俊介が好きなものを買っていこう。カタチに表せない二人の関係だけど、二人だけで祝えれば良いよ、ね。
心の中でそう呟く。今ははっきり伝えられないけれど、明日会ったときにはそれを言葉にしようと思った。

エレベータの前で祐貴が待っていると、程なくして可南子は来た。一度は合った視線を可南子はすぐに伏せた。拒絶されているように感じるその仕草に祐貴は可 南子との距離を感じた。軽蔑されているなら、それでもかまわないと思う。けれど、可南子の真意は分からない。
ちょうど来たエレベータに可南子の後で乗り込んだ。祐貴から言葉はかけなかった。他に、数人、人がいたから、ヘタなことを口に出すことを拒んでいた。決心 したくせに、まだ臆病な自分がいる。
二人ならどこでも生きていけるだろ、そう言った俊介の言葉を祐貴は思い浮かべた。

社屋を出て、少し人がばらけたところで、祐貴は後ろをついてくる可南子へ振り向いた。
「どこへ行く? 希望はある?」
「どこでも」
首を少し傾げて、今更そんなことを聞くわけ? と言うような顔をする。人には聞かれたくない話をする場所なんていうものは当然限られる。
「先に、食事を済ませよう」
そう言った祐貴に可南子は頷いた。
「いいよ、どこでも、好きなところで」
言いながら、可南子に先を譲るように、祐貴は歩調を緩めた。最後だから、少しは楽しい時間を持てればいいと思った。思いは重ならないけれど、嫌いなわけで も、憎いわけでもない。
可南子に従いながら電車に乗り、ターミナル駅で降りた。週末の夜らしく街は人波が渦巻いている。喧騒とネオンの輝き、日常とはかけ離れた世界がそこにあ る。スクランブル交差点も人で溢れていた。まっすぐ歩くことさえ、難しいその中で、祐貴の腕に可南子が手をかけた。
「はぐれないように……」
腕にかけられた手へ視線を向けた祐貴に、呟くように可南子は言った。細い指が腕に絡む。以前はこうやって歩いていたときもあった。その時は笑顔を見せたく れた可南子は今、視線を合わせないようにか、顔を伏せていた。

イタリアンカフェで、コースを頼みワインを少し飲んだ。
祐貴が可南子と付き合っていた頃、イタリアンをよく食べに行った。パスタが好きな可南子は食べに行った後はよく同じものを作ってくれた。『どう?』不安げ に訊く顔が『おいしいよ』と答えると、途端に緩む。あの頃はそれなりに楽しかった。
可南子と別れた後に、思いきれないものを感じた。もしかしたら待ってくれている俊介へ、気持ちは伝えているとは言えまるで恋人のように接していた可南子 へ、祐貴は二人へ後ろめたい気持ちを持っていた。
それでも、会っている時は楽しかった。
その頃とは違い、目をあわそうとしない可南子は祐貴が話しかけても、あいまいな相槌しかうたなかった。可南子は自分とは違うところにいると思えたから、祐 貴も話すことを止めた。
テーブルの上のメニューは可南子の好きなものであるのに、半分も手をつけないで、可南子はフォークを置いた。

人に話を聞かれないところなんていうのは限られている。
シティホテルのツインは、週末とはいえ、イベントのあるときではないから、予約なしでも入れた。
部屋に入り、ベッドへ腰掛けた可南子の脇を通って、祐貴は部屋の奥の窓辺まで行った。
どうやって、話を切り出そうかと祐貴は思っていた。言ってしまえ ば一言で済む。けれど、それだけで済むとは思わない。考えてはきていても、実際可南子を目の前にすると、口にだすことを躊躇う。できるだけ、可南子を傷つ けたくはない。
最上階とは言わないまでも、そこそこの高さがある部屋からの眺めは、きらめくネオンを下に敷いていた。
「先に、シャワー使わせてもらうから」
背後から可南子の声が聞こえた。
「可南子?」
振り向いて声をかけても、無視するように可南子はバスルームへ行こうとする。祐貴は可南子の後を追うと腕を掴んだ。
「離してよっ」
可南子は祐貴が掴んだ腕を振り切ろうとした。力いっぱい腕を振り回しているつもりでも、細い腕に力はない。
「可南子、今日は――――」
「男と女がホテルに来て、することなんてひとつじゃないっ」
敵わないと分かっているだろうに、祐貴を振り払うようにしながら可南子は叫んだ。
「……恋人同士なら、そうかもしれない。だけど、僕達は――――」
「なればいいじゃない、恋人同士に。祐貴はあいつと別れるんでしょ。そうしたら、以前のように、恋人になれるでしょう」
「別れないよ」
この言葉を言うために、今日は会った。
可南子の身体は固まったように動きを止めた。
「僕は俊介とは別れない」
そのことを可南子に分かって欲しかった。
「……ばらしちゃうよ……本気だよ、私」
掠れるような声で、可南子が言った。振り回していた腕は力なく垂れ、声にも力がなかった。
そして、祐貴の腕に冷たいものが弾けた。
「可南子?」
可南子の顎を捕らえて上へ向けると、大した抵抗もなく可南子は祐貴へ顔を向けた。
「そうしたら、きっと会社にはいられなくなるよ。祐貴だけじゃない。あいつだって……それじゃあ、困るでしょう?」
間近で視線が合ったのは久しぶりだった。その可南子の瞳からは大粒の涙が溢れていた。それが、ひと雫づつ、頬を伝う。
「本気だよ」
呟くように言いながら大粒の涙を溜めた瞳を向けられて、祐貴は視線を逸らすように伏せた。
「それで、可南子の気が済むのならいいよ」
他に言葉が思いつかなかった。それが可南子の望みなら、それで済むのなら、それも仕方ないと思った。
「済むわけないじゃない」
可南子の手が縋るように祐貴の腕を掴む。
「じゃあ、どうすればいい?」
どうすれば、可南子は分かってくれる?
祐貴はゆっくりと視線を可南子へ戻した。避けてはいけない現実がそこにある。
「あいつと別れてよ……」
可南子は顔を歪めた。涙が溢れてきて零れる。そして、また――――。
祐貴は可南子を押し戻すようにして、ベッドへ座らせると、自分はバスルームへ行った。洗面台の上のあるタオルを一枚取ると、可南子のところへ戻り、可南子 の手を取りタオルを握らせた。
「それじゃあ、話が進まないよ」
そっと肩へ手を置く。もう、ひかないと決心したから、可南子に分かってもらうしかない。
可南子は渡されたタオルを握りしめると、顔へ押し当て、肩を震わせた。その隣に、祐貴はそっと腰を下ろした。

隣で肩を震わせる可南子を、祐貴は以前の自分の姿に重ねた。
可南子の前で、俊介のことを話しながら、自然と涙が溢れてきた。あの時の自分と今の可南子は違う。不安に思いながらも、自分は俊介の気持ちを信じていた。 俊介が他の誰かを好きだったら、そう考えるだけで、胸がきゅっと縮んで苦しくなる。
自分がそれほど可南子に思ってもらっているとは思わない。だからといって、今横で肩を震わせている可南子の気持ちを無視することはできない。指向が違うと 知ったこともそれなりのショックだっただろう、と思う。
気安く声をかけることを祐貴は躊躇った。
可南子を慰める術を自分は知らない。

「好きなのに……」
しばらく肩を震わせていた可南子が嗚咽を殺すように口にした。その言葉に祐貴は答えることができなかった。
「美樹さんを見たときは……諦めるしか、ないのかな、って思った。なのに……なんで祐貴が好きなのが、あいつで、あいつは祐貴なの? いったいどこ見てん の? なんで、そんなことになるのよ」
可南子の言葉は世間の常識かもしれないと思った。けれど――――。
「……その答えがでるのなら、可南子は僕なんかじゃなくて、違うやつ好きになってるんじゃないの?」
隣の可南子に問いかける。
世 間の常識が自分の気持ちに重なるなら、自分も俊介に友達以上の感情を持たなかっただろう。常識とか、利益とか、モラルで自分の感情をコントロール できたら、楽だと思う。自分を好きになってくれる人を好きになれたら、そしてその人と結ばれることを周りが祝福してくれる。そんな人を本気で好きになるこ とができたら、悩むことなんてない。
可南子がやり切れないように、伏せていた顔を上げた。見つめてくる濡れた瞳は小さく揺れていた。
「僕も、諦めるしかないのかな、って思ったときがあったよ。俊介に彼女だって美樹を紹介されたときは、はっきり自分の気持ちを自覚していたわけじゃやな かったのに、目の前が真っ暗になった気がした」
あの時すでに、友達以上の感情はあったのだろう。
「諦めちゃえば良かったのよ」
可南子が眉根を寄せる。
「諦めたよ。自分から離れた。傍にいることさえ、辛かった」
「じゃあ、なんで……」
「俊介はまっすぐなんだ。僕が躊躇って避けてしまうところでも、避けたりしない。道の先に高い壁があって、僕には無理だなって思って遠回りしてたら、壁の 上から俊介が落ちてきた」
「えっ、何それ」
可南子が弾けたように笑った。
「ほんと、そんな感じ。びっくりしてたら、押さえられて捕まえられた」
「野蛮じゃない」
可南子が口を尖らせる。
「それで、抵抗したら離してくれた。そして、困ったらいつでも力になるから来いって、いつまでも待っているって言ってくれた」
いつも、いつも、俊介は我が侭を聞いてくれた。
「でも、待ってなかったでしょ。美樹さんとよりを戻してたじゃない」
「さあ、でもそのことに関しては僕の方が罪が大きいから」
「それは、私のこと? 手を出すなら美樹さんみたいに大人しくひくやつにしとけってこと?」
可南子がうかがうように見る。もう、涙は零れていなかった。
「俊介はそんなこと言わないし、違うよ。僕は自分にも俊介にもいい訳をして逃げ出そうとしただけだった。最低だよな、って自分でも思う」
「逃げちゃえば良かったのよ。そのまま」
不服そうに可南子は言った。
「手の中にあるときは気づかないことってあるよね。手放して初めて、その大切さを知るって。僕はあの時初めて俊介が自分の手の中から消えていった気がした んだ。俊介はずっと自分を思ってくれている、そんな変な自信がふっと心の中からなくなって、生まれたのは不安と後悔だけだった」
見送りに俊介は来てくれなかった。あの時、自分の浅はかさを知った。どれほど大切だったのかを知った。
「それを、私じゃ埋められなかった、ってこと?」
「俊介じゃなきゃ埋められなかったものだから」
それほど深く思っていたのだと、自分でさえ初めて知った。
「私じゃ、だめってことね」
「ごめん、可南子」
利用したとは思いたくない。その時は確かに愛しいと思う気持ちがあったと思う。けれど、俊介に対する気持ちの方が大きい。それは自分でもどうしようもでき ない。

「謝られたくない。それじゃあ、まるで私は過ちみたいじゃない」
可南子は視線を伏せ、手の中のタオルを握りこんだ。
「好きだったよ」
それは、たぶん、可南子への初めての告白だった。付き合っていた頃、口にしたことはない。
可南子は一瞬身を硬くすると、祐貴を見上げた。
「でも、私よりあいつの方が好きなんでしょう」
「ん」
祐貴は頷いた。それも、事実。
「あいつだけ?」
「うん」
「あいつしか好きにならないの? これから先、ずっとあいつしか好きにならないの? 」
「……そうだと思う」
少し考えて、祐貴はそう答えた。今はそれしかないと思っても、将来のことを断言はできない。
「思う、じゃ。許せない。絶対そうだって言うなら、祐貴にはあいつしかいないって言うなら、百歩譲って、見守っててあげる」
ひいたはずの涙が、また可南子の瞳を潤ませていた。
「……絶対だよ、可南子」
祐貴は自分に言い聞かせるように言った。
「僕には俊介しかいない」
向かいあう可南子の瞳はしばらく固まったように動かなかった。そして、可南子はゆっくりと視線を落とした。
「……しかた、ないよね……」
まるで、誰かに問いかけるように可南子は口にした。そして、祐貴の足の上に片手を載せた。
「もう、何も言わない、もう邪魔もしない、ばらしたりもしない……最後でいいの。だから……抱いて」
「可南子、それは――――」
祐貴はかぶりをふった。
「言わなきゃ分からないよ。あいつだって、美樹さん抱いてたんでしょ。同じじゃない。絶対言ったりしないから」
足においた手で縋るようにする。
「だめだよ。可南子」
祐貴が可南子の手を掴みあげると、可南子は崩れるように祐貴の胸に倒れこんだ。
「こんなところに連れ込んだんだもの、祐貴だって、その気があったんでしょう」
「僕は、ただ話を――――」
「あいつは、どう思うのかな。ホテルへ行って、ただ話をしたって言ったら信じてくれるの? 私が祐貴に抱かれたって言ったら、あいつは祐貴を信じてくれ る? 」
可南子が身体を預けてくる。柔らかい肢体が祐貴の腕の中にあった。
「でも、抱いてくれたら、言わない。祐貴のことも諦める。だから」
いいでしょう?、そう言いながら可南子は祐貴を見上げた。
「可南子、自分を大事にしなきゃだめだよ」
可南子の身体を起こそうと、祐貴は可南子の肩を掴んだ。細くて華奢なそれは、俊介とは違う。その肩を押そうとすると、可南子は嫌がるように身体を振り、祐 貴のシャツを掴んだ。
「最初に、私を抱いたのはあなたじゃない。あなたは私にとって、初めての人だった」
「可南子……」
今更、過去のことを出されてもどうすることもできない。時間は逆行はしない。
「男なんて馬鹿にしてた。好きだと思ったやつなんていなかった。構内で、ぶつかって、何よって思ったのに、『ごめん』って言われて向けられた笑顔に一瞬息 ができなかった。気がついたら追いかけて、サークルに誘ってた」
「可南子……」
縋る可南子を突き飛ばすことはできなかった。どうすることもできなくて、祐貴は可南子の背中へ腕を回した。回した手で背中を撫でる。
抱くことなんてできな い。これ以上俊介を裏切ることはできない。
「あっさり諦められたら、こんなところまで追ってこないよ。待ってた。彼女は待っててくれなかったって祐貴から連絡がくるんじゃないかって、ずっと待って た。でも、祐貴はメールの一本すら送ってきてくれなかった」
「ごめん、可南子」
「謝らないで、って言ったじゃない」
「だけど……じゃあ、どうしたらいい? 」
「抱いて」
「だから、それはできないよ」
「最後でいいから――――あいつにも誰にも絶対言わないから」
可南子の腕が祐貴の背中を抱きこむ。
「でも」
事実は事実だ。可南子を抱いてしまったら、俊介にどんな顔をして会えばいいのか分からない。
「抱いてくれたら諦める。だけど、抱いてくれないなら、あいつにあることないこと言ってやる。祐貴が別れてくれないなら、あいつに別れさせればいいんで しょ。そうしたら、祐貴は私のところへ戻ってきてくれるよね」
可南子の腕に強く抱きこまれる。細い腕を振り払うことは簡単だと思った。勝手にすれば良い、そう言って可南子を振り切ることはきっとできる。
「ねえ……祐貴。これで本当に終わりにするから」
可南子が腕を緩めて見上げる。そして、切なげな瞳をみせながら、片手を祐貴の背中から離し、頬へ触れた。白くて柔らかい手が頬を撫でる。潤んだ瞳が見上 げ、誘うように口を少し開ける。
最初に可南子を抱いたのは自分だった。可南子がそれを望んだとしても、自分に意志がなければ抱くことなんてできなかったはずだ。
「最後?」
それは甘い言葉だった。
「ん」
祐貴の問いに可南子は小さく頷いた。
祐貴は可南子を抱き寄せると、首筋に唇で触れた。
「好きだったよね。ここにキスされるの」
その頃、不安を抱えながら、ひと時の安らぎを可南子に求めた。いつも可南子は受け入れてくれたし、喜んでくれた。必要とされる自分を感じることができた。
「祐貴なら……どこでもいい……」
可南子の熱い息を祐貴は首筋に感じた。
「可南子……」
引き寄せて、祐貴は更に可南子を強く抱きこんだ。

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