飛鳥の気持ちが落ち着くのを待って、
「話してくれないか?」
祐は飛鳥に問いかけた。
しばらく待っても答えはもらえなくて、
「図書室で読んでいた本があったろ? あれ、読んでみたよ。まさか、本気でそうなると思ったわけじゃないだろ」
取っ掛かりが欲しくて、祐は考えていたことを口にした。
いくらショックを与えたからと言って、体が入れ替わるなんて有り得ない。
「絶対ないなんて、言えないじゃない……」
飛鳥が不服そうに言う。
祐の予想は当たっていたらしい。
「本堂の表階段を転がり下りたら、ただじゃ済まないってことぐらい分かるだろ?」
脇の階段は曲がっていて、だから、数段ごとに踊り場がある。それでも、飛鳥の腕や足には擦り傷があった。
「なんで、こんなことしようと思ったんだよ」
祐はため息がでた。
「だって……翔太が羨ましかったんだもん」
飛鳥がスカートを掴むようにぎゅっと手を握り込んだ。
「祐が好きなんだもん。私も翔太みたいに、祐に見て欲しかった……」
「そんなこと……」
言われても困る。
「なんで? 祐は飛鳥ちゃんが好きなんだよね」
翔太が戸惑ったような声をあげた。
どうやら翔太には誤解があるようだった。
「ちゃんと振られちゃったよ、私」
飛鳥が頼りない声で言う。
「え、だって」
翔太が驚いたような顔で見てくる。
「どうして、そう思ったんだよ」
祐は飛鳥が好きだとは一言も言ったことがなかった。
「だって、飛鳥ちゃんは可愛いし優しいし、祐は他の女の子とは別扱いだったし……」
翔太の言葉がしどろもどろになっていく。
別扱いではあっただろうとは思う。祐にとって飛鳥は一番気の置けないやつだった。
「違うの?」
翔太がきょとんとした顔で見てくる。
「翔太にも分からなかったなんて、私なんて分かるわけないね。っていうか、好きな人がいるっていうのは断るための言い訳だったの?」
飛鳥が見上げてくる。
まっすぐ見てくる瞳には嘘はつけなかった。
「いるよ、好きなやつは……」
言い訳なんかじゃない。
「誰?」
飛鳥に問いかけられて翔太を見ると、翔太は固まったようになってこちらを見ていた。
どちらにも逃げ道はないんだ、と祐は思った。
「玉砕は決まってるから、あんまり言いたくないんだよ」
それは本音。
「絶対、誰にも言わないでくれるか?」
確認した。
偏見があるのは分かっていた。
飛鳥がゆっくり頷いて、翔太は何度も頷いていた。
本人に知られてしまうのかと思うと、祐は胸がきゅっと痛くなった。もう傍に寄らないでくれと言われてしまうかもしれない。けれど、何も言わずに二人が納得
してくれるとも思えなかった。
「……お前だよ。翔太」
祐は翔太に視線を向けた。どんな反応をするのか怖いけれど、知りたいことでもあった。
飛鳥は「えっ?」と小さな声をあげ、
「俺?……」
翔太が信じられないという顔で、呆然としていた。それはある意味、当たり前の反応だと祐は思った。
境内の明かりがぽつぽつと灯り始めた。
「帰ろう?」
祐は二人を見回した。
祐の告白が衝撃だったらしく、飛鳥も翔太もそれから一言も口を開かなかった。
突然、きゅんと悲しく鳴ったお腹の音が聞こえて、祐が翔太を見ると、翔太が情けない顔でお腹を押さえていた。
「ほら、翔太も腹が減ったって言ってるからさ」
きっと、ずっと我慢していたのだろうと思う。
「ほら、立って」
祐が飛鳥を促すと
「うん」
小さな声で返事をすると、飛鳥は立ち上がって制服をぱたぱたと叩いた。
「ほら、翔太」
祐は翔太に手を差し出した。まだ座り込んでいるなんて翔太らしくないと思った。
けれど、翔太は差し出した手を掴もうとはしなかった。
それも仕方ないのかと、祐は手を引っ込めた。翔太にしてみれば、男に好きだなんて言われるのは気持ち悪いかもしれない。
「先に……帰っていいよ」
翔太が小さな声で呟くように言う。
一緒にもいたくないのかと思うと悲しかったけれど、翔太を一人で置いていくこともできなかった。
「僕と一緒に帰るのは嫌かもしれないけど――」
祐が言うと、翔太はふるふると首を横に振った。
「じゃあ、他に何かあるのか?」
言いながら、祐はふと翔太の手がが足首に触れているのが目に入った。
「どこか痛いのか?」
祐が翔太のずぼんの裾をまくってみると、右足が少し腫れているようだった。
「ずっと、我慢してたのか?」
そっと触るとそこは熱をもっていた。
「大丈夫だよ」
翔太は不安そうな顔をしながらも、弱音は吐かなかった。いつも何かあると情けない顔をするのに、今日はいつもの翔太とは違った。
「飛鳥は大丈夫なのか?」
祐が飛鳥を見ると
「うん」
と頷き、心配そうに翔太を見た。
「じゃあ、三人分鞄持てるか?」
飛鳥に向かって祐が聞くと
「あ……うん」
飛鳥が躊躇いながらも頷く。
「嫌じゃなかったら、おぶっていってやるよ」
そう翔太に言いながら、祐は翔太の手を取った。
翔太に何かしてやるのは、これが最後かもしれないと祐は思った。