祐が呆然と立ち尽くしていると、二人の姿が目の前から突然消えた。その後、何かが池に落ちた音と水しぶきがあがっていた。
「しょ……翔太っ!」
祐が池に駆け寄ると、翔太が池の中から顔をあげたところだった。目が合うと、翔太は気まずそうな顔をした。
「あ、飛鳥は?」
まるで呼びかけに答えるように、今度は飛鳥が池の中から顔をあげてきた。
とりあえず、祐は手を差し出した。何があったのかは分からないが、池からは引き上げなきゃいけないだろうと思った。
「飛鳥ちゃん」
翔太が促すようにすると、飛鳥がおそるおそる手を出してくる。その手を握ると上に引き上げた。制服が水を吸ったからか、思った以上に重くてやっと引き上げ
ている間に、翔太は自力で池から上がってきた。
「何やってんだ?」
ただ落ちたとは思えなかった。祐の目には二人が抱き合ったまま、飛び込んだように見えた。まさかこの二人に心中する理由があるとは思えない。
「何でもない」
そう翔太がぼそりと言う。
「……何でもないわけないだろっ!」
翔太の答えに感じた苛つきが祐は声にそのままでてしまった。
額のガーゼといい、びしょぬれの制服といい、何でもないと言って済ませられることではないと思う。少なくとも担任には話したらしい。職員室に呼ばれたのだ
から何も言わなければものの五分で無罪放免はないだろう。
「祐には関係ないよ」
飛鳥が口を挟んでくる。
関係ない?
それは確かにそうなのかもしれないけれど。
「じゃあ、好きにしろよっ!」
そんなことを本心で思っているわけではないけれど、二人でこそこそ何かをして、それを何も言ってくれないことに苛つく。翔太までがだんまりであることに心
穏やかではいられなかった。
いつも懐いてくる笑顔はどこにいってしまったのだろうと思う。何があったのか、なんでそんなことをするのか、どんな些細なことでも聞く気持ちはあるし、秘
密にして欲しいというなら誰にも言いはしない。
担任には話したことをなぜ話してくれないのか。いままでの付き合いはなんだったのか。他の誰かなら、面白くはなくてもここまで苛立つことはないけれど、相
手が翔太だから余計に許せない。
ずぶ濡れになった二人が心配じゃないと言えば嘘になるけれど、関係ないと言われてまで係わるのも面白くない。
祐が立ち上がろうとすると、背後に違和感があった。
――え?
祐が後ろを見ると翔太が泣きそうな顔をして、上着を掴んでいた。
すがるような翔太の手に祐は怒りにさえ似た気持ちがすっと消えていくのを感じた。
「ごめん……」
か細い声で翔太が謝ってくる。
それを振り切って立ち上がれるほどの怒りは祐にはもう無かった。
「大丈夫か?」
濡れている髪を書き上げてやると、翔太が力なく笑って頷く。
敵わないと思う。このまま放って行けるわけがない。
「ジャージを持ってきてやるから、ロッカーの鍵あるか?」
このままで帰るのは辛いだろうと思った。
翔太がズボンのポケットから鍵を出してきて、
「飛鳥ちゃんも」
飛鳥の方を見る。
「持ってきてやるよ」
祐は飛鳥の方へ手を出した。
不服そうな顔をしながらも、飛鳥もスカートのポケットから鍵を出して手の平に載せた。それを摘んで取り上げると、
「すぐ戻るから、もう、こんなことするなよ!」
厳しく言うと祐は立ち上がった。
まだ寒い時期ではないけれど、濡れ鼠が気持ちいい時期でもない。
祐がジャージを持って戻ってくると、二人は近くのベンチで座ってしょんぼりしていた。いつも威勢がいい飛鳥がしょんぼりしていると幼馴染の間柄ではあるし
付き合いは長いから少し可哀想にもなってくる。
ただ、なんでこんなことをしたんだという疑問だけは晴れない。
飛鳥にジャージを渡すと、
「絶対っ、見ないでよっ!」
そう叫んで飛鳥は草陰に消えていった。
「どうしても話してくれないのか?」
祐は着替えている翔太に話しかけた。
「ごめん……」
翔太は顔を伏せて言葉少なく答える。
「一つだけ聞いていいか?」
祐は喉をごくりと鳴らせた。どうしてもこれだけは確かめておきたかった。
「何?」
翔太が不安そうな顔をする。
「お前、飛鳥が好きか?」
自分で言った言葉に祐は胸が痛くなった。
翔太はなんでそんなことを聞くんだろうという顔をして
「好きだよ」
そう躊躇いもなく答えた。
祐はぎゅっと心臓が押しつぶされるような気がして、けれど頭は平然とした顔をしていろと命令する。
「そうか……」
祐は自然に顔が弛んでいた。
翔太の傍にいたいのならば、受け入れなければいけないことだった。
かさっと草が掠れる音がして、ジャージに着替えた飛鳥が姿を現す。
「帰るか」
祐は立ち上がった。
失恋なんてものは突然やってくるものなんだと思った。
三人で押し黙ったまま帰路についた。
祐は翔太と別れる時に
「制服大丈夫か?」
一応聞いてみた。
おばあさんにうるさく言われたら可哀想だと思う。
「うん」
翔太はきょとんとした顔で答える。聞いた意味がわかっていないみたいだった。
「おばあさんに何か言われない?」
「なんで?」
まだ翔太はきょとんとした顔をしていた。
「洗濯しなきゃいけないだろ?」
濡れただけとは言っても、きれいな水とは言い難い。翔太がはっとした顔をした。
「大丈夫。洗濯は自分でしてるから」
――え?
「……そうなのか」
少し安心した。
「何か困ったことがあったら言えよ」
こいつのことは気になる。
「うん。ありがとう」
にこっと小さくだけれど翔太は笑ってくれて、笑顔が見れたことに祐はほっとした。
いつものように、翔太は別れてから少しすると振り向いてきて手を振ってくる。そして、背を向けた翔太に、祐は飛鳥が言った言葉が脳裏に蘇った。
決まった人がいないと諦められない、と飛鳥は言っていた。
そうかもしれないと思う。暗く沈んだ気持ちはいつ晴れるか分からないけれど、諦める方向へ動いていることは確かだった。