いつもは暇な図書委員の当番だった。
ただ、暇なだけに気になることがあるとそちらへ気がいってしまう。
いつもは教室でなんだかんだとしている翔太と飛鳥が珍しいことに図書室で額を付き合わせるほど接近して本を読んでいた。
長い付き合いではあるけれど、教科書以外の本を読んでる翔太を見たことがなければ、漫画以外の本を真剣に読んでいる飛鳥も初めてみた。

祐は図書の整理をするふりをして書庫を回り、カウンターに戻るふりをして二人が何を読んでいるのかそっと後ろから覗いてみた。
背後に人が来たことなど関係ないとばかりに、二人は読書に熱中していた。それが普通の文芸書だったことに祐は驚きを覚えたけれど、図書委員たるものが他人 の読書の邪魔をするのはいかがなものかと思う。そのまま通り過ぎるしかなく、疑問は残しながらも祐はカウンターへ戻った。
「明日は槍でも降ってくるんじゃないの?」
大野が小声で耳打ちしてくる。
「せめて、雹ぐらいで勘弁して欲しいな」
冗談めかして答えたけれど、それは祐の本心だったりした。
更に驚いたことに。
鞄を持った翔太が笑顔でひらひらと手を振りながら、飛鳥と一緒に図書室を出て行った。
――は?
翔太が先に帰ることなどここ数年なかった。
あまりにあっけにとられて追いかけることを忘れ、我に返って追いかけてはみても廊下はおろか階段を見下ろしても姿はなかった。

「あいつ、一人で帰れるの?」
カウンターに戻った祐に、大野が不思議そうな顔で聞いてくる。
「飛鳥がいるから大丈夫だろ」
まさか放って自分だけ帰ったりはしないだろうと思う。毎日通っているのだから、一人でも帰れるだろうとは思うけれど、翔太のことだから心配もある。
興味をもったり心配だったりすると後をついていってしまうから、その後道を迷わないという保障はない。可愛い犬とか猫とか荷物を持ったおばあさんは要注意 で、隣を歩いていたはずが消えたと思ったらたいていそんなことになっている。
ただ付いていって見ているだけで声をかけるわけじゃない。それを祐も少し後ろから付いていてただ見ていた。気がすめば戻ってくる。その時に、自分の居場所 が分かっているかが重要だ。
大丈夫だと思ってはいたけれど、家に帰って翔太に電話をしてみた。
声を聞いて、ちゃんと帰っていたことに安心した。
けれど。

朝、いつもの待ち合わせ場所に現われた翔太を見て、祐は顔が強張った。
「それどうしたんだ?」
翔太は額に大きなガーゼを張っていた。
「なんでもないよ」
翔太が手で隠そうとする。
そして、手がガーゼに触れたのか顔をしかめた。
「なんでもないわけないだろ?」
翔太が隠し事をしたのは始めてだった。
「ただ、ちょっと……」
翔太が気まずそうな顔をする。
「ちょっと、何?」
隠されると余計に知りたくなる。
「学校に遅れるよ……」
翔太が行こうと促してくる。
「僕に言えないこと?」
祐は翔太の横に並んで歩きながら聞いた。
そう言えば話してくれると祐は思った。けれど、その予想に反して翔太は躊躇いがちに頷いた。
どうして? と問い詰めたかったけれど、祐はやめた。
隠し事をされたことはショックだった。けれど、今問い詰めたところで翔太が簡単に言うとも思えなかった。
――そうだ
昨日飛鳥が一緒にいたのだから、何か事情を知っているかも知れないと思った。
ふと横を見ると、口を一文字に結んで始めて見るような難しい顔を翔太はしていた。


学校に着いて、飛鳥に聞けば何か分かるかもしれないと思っていたのに、飛鳥の顔を見て祐は目が点になった。
「お前それどうしたの?」
ちょうど翔太とは反対側に、飛鳥もまた額に白いガーゼを張っていた。
「何でもいいじゃん」
ぷいっと飛鳥が顔を逸らす。翔太を見ると翔太も顔を逸らした。二人で何かを隠していることだけは確かだろうと祐は思った。
クラスの中で二人も額に大きなガーゼを張っていたらそれは奇異なことで、クラスメートからも担任からも声をかけられていたけれど、二人とも『なんでもな い』と答えていた。
ただ、教師からは放課後職員室に来るようにと、二人揃って言われていた。

放課後。
先に帰っていいと翔太に言われたけれど心配ではあったから、祐はそっと二人の後を付けていった。
職員室に入って、二人して頑固に黙秘を続けていたら長引くのだろうと思っていたけれど、ほんのニ、三分で二人は出てきて、そのまま二人並んで廊下を歩いて いく。その二人が昇降口を通り抜け階段をあがっていくのを見て、祐もそのまま後ろをつけて行った。
最上階まで上がってどこへ行くのかと思ったら、二人は図書室へ消えて行った。
――はぁ?
確かに、なんだかんだと言いながら飛鳥は翔太を可愛がっていて、翔太も飛鳥に懐いていたけれど、自分だけが仲間はずれにされたようで面白くなかった。

――何があった?
そう考えて思い出すことは何ひとつなく。
あの日、翔太と飛鳥が突然図書室に現われて、本を真剣に読んでいた時から何かが変わってしまったみたいだった。


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