しばらく沈黙が流れ、
「誰?」
飛鳥が戸惑うような視線で聞いてくる。それは、当然の質問かもしれないと祐は思ったけれど。
「ごめん、言えない。玉砕するのは分かってるからさ」
祐は飛鳥から視線を逸らした。視線の先で見透かされてしまいそうで怖かった。
「まさか……亜紀ちゃん?」
飛鳥が驚いたように口にする。
何を思ったのか中学の時からラブラブな彼氏がいるやつの名前を出してきた。
「言えないって言ったろ?」
祐は答えを誤魔化した。答えていたら、そのうち正解にたどり着いてしまうかもしれない。間違った答えをそのまま信じてもらった方がマシだと思った。ただ、 ほとんど 接点がないやつの名前を出してくる辺り、まったく気づかれてはいないらしい。

「玉砕するって分かっていて、でも好きなの?」
飛鳥が不思議そうな声を出す。自分でもついさっき同じようなことを言ってたんじゃないの?と思った。
「お前に言われたくないな」
祐が言うと、飛鳥がはっとした顔をした。
「……そうかも」
望みがないと分かれば諦められるなら、それほど楽なことはない。飛鳥自身他人の世話を焼いてなんかいないでさっさと自分の彼氏を見つければいい。
「困ったな……」
飛鳥がため息をつく。
「別にお前に迷惑はかけないよ」
祐は飛鳥に声をかけると、グランドに視線を向けた。もう何週回ったのか、手をだらしなく垂らしながら翔太は歩いた方が早いんじゃないの、という速さで走っ ていた。
サボるということを知らないのか、律儀な性格だからか、誰も数えてはいないのに、きっと10周きっちり走ってくるのだろうと思う。
「だから、もうお前も僕と誰かをくっつけようとするようなことはやめてくれよ」
たとえ誰を連れてきても、答えは同じだと思う。
「ちょっと、ここで待ってて」
飛鳥に声をかけると、祐は立ち上がった。
「どこ行くの?」
飛鳥が驚いたように立ち上がろうとした。
「翔太に、何か飲み物買ってきてやろうと思ってさ。二人ともいなくなったら、あいつ慌てるだろ?」
絶対にそうなる自信がある。へとへとになった身体で泣きながら校舎中を探し回るかもしれない。
飛鳥は切なそうな顔をすると、
「いいな、翔太は……」
そうぽつりと言った。
「……すぐ戻ってくるよ」
飛鳥に一言言って踵を返すと、祐は小走りに校舎へ戻った。
騙しているわけでも嘘をついているわけでもなかったけれど、飛鳥の一言は胸にちくっと痛みを感じた。
飛鳥はそれなりの付き合いがあるやつだから、それなりに幸せになって欲しいとは思う。協力してくれと言われればできることならするだろう。
けれど、気持ちだけはどうにもならない。
望みは微かなものだと思っても、今の気持ちを捨てることはできないと祐は思った。


祐が手にスポーツドリンクを3本持って戻った時、翔太はグランドで大の字になって寝転んでいて、その横で飛鳥がしゃがんで手で翔太を扇いでいた。
祐が近くまで行くと翔太が身体を起こして
「祐ぅ」
と情けない顔をする。
やっぱり、こいつには自分がついていてやらなきゃいけないと祐は思った。
「喉かわいただろ?」
冷たいペットボトルを頬にあててやった。
「ひっ、ひゃっこっ」
翔太がきゅっと目を瞑る。その仕草が可愛くて祐は自然に顔が弛んだ。この仕草だけじゃない。全てが可愛く思えてしまうのだから重症だと思う。
「完走したご褒美」
祐は頬から離すとペットボトルを翔太に差し出した。
「あ、ありがと!」
翔太が嬉しそうに受け取る。せわしくキャップを外すと、ごくごくと喉を鳴らせて飲んでいく。みるみるうちに中身は無くなってあっと言う間にペットボトルは 空になっていた。
「もう一本飲むか?」
翔太に一本差出し、残りのもう一本は
「ほら」
と声をかけ飛鳥に放った。
「いいの?」
翔太がうかがうような顔をする。
「ああ、僕はあんまり喉が渇いてないから、一口もらえばいいよ」
ほらと祐が取るように翔太に催促すると、
「じゃあ、祐が先に飲んで」
そう翔太は言った。
そうは言ったけれど、目は欲しそうだった。一気飲みしてしまうほどなのだから、そりゃそうなのだろう。
押し問答するより、自分が先に飲んでしまった方が絶対早い。
「じゃあ」
祐はキャップを開けて、一口二口飲むと、そのまま翔太へ渡した。
もういいの? というような顔をして、けれど、翔太は手に取ると直ぐに口元へ持っていってごくんと飲む。
そして。
「おいしい」
と言ってにこっと笑った。
実は、祐はもう少し飲めばよかったかなと少し後悔していたけれど、
―― いいや
翔太の笑顔が見れたから、これでよしとしようと思った。
不意に視線を感じて祐が顔を視線を感じた方へ向けると、飛鳥が不服そうな顔をしていた。
手に持っているペットボトルに目がいって、
「飲まないの?」
そう聞いてみた。いらないのなら、返してくれてかまわなかった。
「飲むよ」
飛鳥が不服そうに答える。けれど、ペットボトルを握り締めたまま飛鳥に飲む気配はなかった。

そのまま三人で家路についた。家は近所なのだから別れる必要は無かった。
あまり弾まない会話の中で、
「翔太はいいな……」
飛鳥がぽつりと呟いた。
「なんで? 飛鳥ちゃんの方がずっといいよ」
翔太が不思議そうに答える。
それは、単なる社交辞令かなとも思ったけれど、祐は引っかかりを感じた。翔太が社交辞令なんてものを使うとは思えない。思ったことを素直に言葉に出し顔に 出す。
ただ、月に一度だけ顔を見に来るという父親が来る日、その前日はそれが明日なんだと明らかに分かるほど、翔太は嬉しい顔をしていた。
そんな翔太から見れば両親と共に住む飛鳥はそれだけで羨ましい存在なのかもしれなかった。

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