図書委員の仕事は本の整理と貸し出し返却が日常的に行われることで、学期ごとに蔵書の確認、一年に一度ある購入図書を決めることぐらいだった。
日々の当番は二、三人づつで回していた。
図書室で本を借りるやつがそれほどいるわけでもなく、放課後の図書室は勉強しているやつがちらほらと調べ物をしているやつがちらほらと他に暇つぶしをして いるだろうやつらがちらほら、たまに、書架の影でいちゃついているカップルがいるくらいだった。
特にすることはなくて、普段は時間をもてあましている。

4時を過ぎた頃。
「ちょっと抜けていいかな?」
祐は大野に声をかけた。
飛鳥がいつまで待っていてくれるか分からない。できるなら、早めにすませておきたいという気持ちもあった。
「俺はいいけど」
大野がもう一人の当番の橋本を見る。
「いい? 30分くらいだと思う」
祐は、今度は橋本へ声をかけた。
その時間に根拠はないけれど、長引くようならまた別の機会にした方がいいと思う。
「あ、いいよ。どうせ暇なんだし、そのまま帰ってくれていいよ」
何でもないように橋本は言った。
祐がちらっと大野を見ると、軽く頷く。それは同意の意味だと取った。
「助かるよ。そのうち埋め合わせするから」
時間の制限がなくなれば、用件は終わらせられる。
「ああ、焼きそばパン一個でいいぞ」
すかさず、大野が笑いながら言った。
「せめて、ハムカツパンにしてくれ」
祐は苦笑いをした。マヨネーズに紅生姜がきいた焼きそばパンは何気に人気メニューで、購買部では真っ先になくなる商品だった。
すばしっこい飛鳥がフライング気味に買いに行っても調達できない時もある。
「ああ、それで手を打とう」
大野が手を叩く。
「そのうちな」
祐は鞄を手に取ると、もう一方の手をあげた。気のいい仲間も「おお」を声をあわせ、見送ってくれた。


飛鳥が大人しく待っていてくれたらいいけれどと思いながら、祐が教室のドアを開けると、飛鳥と翔太が二人きりで、机を挟んで向かい合っていた。
よくあるのは、翔太が宿題を片付けている横で飛鳥が漫画を読んでいたりとか、ぼんやりと翔太が解いているものを見ていたりとかで、正面で向かいあっている ところは見た記憶はなかった。
「あ、祐」
ドアの音を聞いて顔をあげたらしい翔太と目があった。
飛鳥が驚いたように振り向く。
「え、早くない?」
飛鳥は驚いた顔をしていた。
「ああ、飛鳥に逃げられないうちに、と思ってさ」
正直、こんなに大人しく待っているとは思わなかった。
「何、それ!」
飛鳥があひるのように口を尖らせる。幼稚園時代から、文句があるとでるその仕草は変わらない。
「ここじゃなんだから、外にでも出ようか」
祐は外を示した。誰かに聞かれて、それが広まったら、尾ひれはひれが付くことは簡単に予想できる。グランドとか、周りに誰もいないことが確認できるところ が望ましい。
「別に、いいけど……」
少しテンションが落ちながらも、飛鳥は了承した。


グランドは秋らしい乾いた風が髪を軽くなびかせる程度にふいていた。
遠くから応援団の声は聞こえるが、部活が休みなのか、校外へランニングに行っているのかグランドには人の姿はなかった。
「あそこでいいか?」
祐はグランドの端の木陰を指差した。下には芝生とも雑草ともとれる草が生えていて、座ることもできる。
飛鳥は何か考えるように視線を伏せ、次に翔太を見た。
「明日焼きそばパン二つあげるから、グランド50周してきて」
さらっと、まるで下に落ちている消しゴムを拾ってレベルのなんでもないようなことのように飛鳥が言う。
「ええ〜?」
翔太が顔を歪め情けない声を出した。それは日頃運動とは係わりの無い翔太には至極当然な反応に思えた。
「そりゃないだろ」
祐は翔太に加勢していた。
翔太の保護者的存在だと自負しながらも、祐はあまり口は出さないようにしていた。自分のことなのだから自分で解決するべきだと思 う。それは翔太のために。
けれど、突然の飛鳥の要求は度を越していると思った。
飛鳥が唇を尖らし、
「じゃあ、10周でいいよ」
トーンダウンする。
祐は別に翔太がいてもかまわないだろうと思っていたけれど、飛鳥的には違うらしい。教室で待っているか?と祐は翔太に言おうとしたが、情けない顔をしなが らも、グランドにとぼとぼ歩いていく翔太を見て、やめた。
距離は少なくなった。走ることは悪いことじゃない。

ゆっくりと走り始めた翔太を見て、祐は飛鳥を促し木陰に腰を下ろした。
「何か言いたいことあるんだろ?」
祐は飛鳥を見た。朝からの恨めしそうな顔は少し弛んでいた。
「……綾、諦めるって……」
飛鳥がぼそっと言う。
「そう」
それは良かったと祐は思った。
「志保ちゃんも、美由紀も、匡子も、桜も、いったい何が不服なのよ」
飛鳥が眉を顰める。
「お前に関係ないことだろ?」
よくまあ他人のことを覚えているものだ、と思った。手紙やらプレゼントを渡してくれようとした人の名前だろうと思いながら、名前を出されてそんなことも あったっけと思い出すやつもいた。
「みんな、可愛くていい子なのに、いったい祐はどんな趣味してんのよ」
飛鳥の声が攻撃的になる。
あんなのだよ、とグランドを走る翔太を指差したかったが、祐はそんな度胸を持ち合わせていなかった。
「何度も言ったけど、飛鳥には関係ないだろ。他人のことより自分のことを心配しろよ」
それは幼馴染としての忠告だった。
「関係ないことないよ」
ぼそっと言うと、飛鳥が躊躇いがちに見上げてくる。
「祐が誰かとできちゃわなきゃ、諦められないじゃん……」
――え?
祐は言葉を失った。
「分かってるよ……ブスだし気が強いしうるさくてバカだし……祐が私のことなんて全然気にしてないのはさ。でも、決まった人がいないと、でも、って思っ ちゃうじゃん」
飛鳥が視線を落とすと草を手の中に握り、でも、それはすぐに放した。
「俺はお前のこと、ブスだとは思わないけどさ」
どっちかと言えば可愛い部類だと思う。現に、その元気なところがいいと言うやつもいる。
はっとしたように飛鳥が顔をあげた。
視線があって、濡れた瞳が揺れていた。
「でも、ごめん。好きなやつがいるんだ」
言うつもりはなかったのに、祐の口から言葉が出ていた。

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