祐は時計と睨めっこをしていた。
壁にかかった時計の針は頂上を過ぎてから下降を続けていた。
図書室に五時と言った待ち合わせの時間を翔太が自ら破るとは考えられなかった。誰かに捕まっているか、自分が動けない状況になっているか。そう思ったとこ ろで、どこにいるのか分からないのだから、待ち合わせ場所で待つしかない。

「何してるんだよ……」
文句がでる。
これが日常時間を平気で破るやつならそれほど心配もしないし、放って先に帰るのもありだ。けれど、翔太は時間を破らない。というより、言ったことは必ず守 る。
そこで待っていろと言えば、トイレに行きたくなってもお腹がすいても鍵を閉めるのだからここから出ていけと言われても、断固として守る。武力行使で部屋を 追い出された時には、ドアにしがみついていた。泣きべそをかきながらトイレに走っていったこともあった。
そんな翔太が五分や十分でなく、もう二十分も遅れているのは絶対おかしい。

だんだんいらいらしてきて、そんな時に、きぃーと静かに図書室のドアが開き、しおしお顔の翔太が顔を覗かせた。
「遅いっ!」
開口一番、祐はどなっていた。
顔を見て安心して、それまでの心配がつい声になって出てしまった。
翔太は更にしおしおな顔になってぶつぶつ呟いていたようだったけれど、いかんせん遠くて何を言っているの祐には聞こえなかった。
「何? 翔太」
促すと、翔太がまたぶつぶつ呟いている。
仕方ないと重い腰を上げ、ドアから顔を出す翔太の目の前まで言って
「何?」
と聞いた。
「図書室で大きな声を出しちゃいけないって言ったのは祐なのに、祐だって大声だしてるじゃん」
翔太が不満そうに言う。
「いいんだよ、もう人がいないから。図書室の使用時間が終わってだいぶ経つだろう。それで、もう人がいないからいいんだ」
ようは、大声を出されてうるさいと思う人がいなければいいわけだ。
「で、なんでこんなに遅くなったんだっ?」
ついキツイ口調になってしまって、祐は顔を伏せた。
顔を見て良かったと思っているのに、安心したのに、苛立ちが先にたつ。
「ごめんなさい。怒った?」
翔太は声までしおしおになっていた。
「まあ、いいさ」
祐はため息をひとつついて、
「そこで、ちょっと待ってて」
そう言うと、後ろを向いた。最後だから一通り見回って電気を消して鍵を閉めなければいけない。
「祐ぅ」
後ろから翔太が情けない声を出す。
「何? 後じゃだめ?」
祐が後ろを向くと、翔太が米搗きバッタのようにへこへこしている。
「何?」
祐が翔太のところへ戻ると、翔太が躊躇いがちにピンクの封筒を出してきた。
「これ」
うかがうように上目づかいに見てくる。
一目見て、一度見たことがあるやつだと思った。
「これ、どうしたんだよ」
祐が指差すと、
「祐に渡してくれって、頼まれた」
翔太が情けない顔をする。
きっと裏には真っ赤なハートのシールが貼ってあるやつだろうと思う。一度下駄箱に入っていて、封は開けずに差出人の下駄箱に返しておいた。
中身の内容に察しはつくから、あえて触れずに返したのに、差出人はそれがどういう意味か察してくれなかったらしい。
「別に後でいいだろ」
また、そのまま返すだけだ。
祐が後ろを向くと、
「祐ぅ」
また、翔太が情けない声を出す。
「なんだよ」
振り返ったときに、ちらっと翔太の後ろに人影が見えて、
「翔太ちょっとどいて」
祐は翔太に手をかけて半強制的にどかし廊下をうかがって見ると、「きゃっ」と小さな悲鳴をあげ両脇で結わいた長い髪とスカートをひらひらさせながら階段 脇の影に隠れる人陰を見た。
なるほど、ただ渡しただけだとまた同じ結果になると踏んで、それなりの策は練ってきたらしい。
「誰から頼まれたんだ?」
翔太を向くと
「飛鳥ちゃん……」
と翔太がぼそっと呟く。
差出人と違うだろうよ、と思いながらも聞いた声の主とは合った。
それに。
「何をもらったんだ?」
もう一つ疑問を投げかけると、
「焼きそばパン」
と消え入りそうな声で翔太が言う。
そんなことだろうとは思ったけれど、その通りだったらしい。
飛鳥も同じクラスメートで翔太をちゃん付けで呼ばせ手懐けている。
翔太の大好きな焼きそばパンが数学の宿題になったり英語の予習になったり、果てには化学の追試をクリアできなかった後の課題だったり。
それはそれでお互い様だとは思う。
きっと、翔太はいつものように宿題でもやらされるつもりだったのだろう。出された焼きそばパンを齧った後で、飛鳥は用件を出してきて、その時の翔太の困り 顔が浮かぶようだと思う。遅れてきた原因は、たぶん、飛鳥と揉めていたからだろう。
けれど。
「なんで飛鳥が渡辺の手紙を翔太に頼むんだよ」
飛鳥にも聞こえるように祐は言った。
「知らない」
ぼそっと答える翔太のしおしお顔は変わらない。
「飛鳥!」
祐は影に隠れているだろう、飛鳥を呼んだ。
家が近所のこの幼馴染とは幼稚園から一緒の仲だったりする。
へへっとまるで悪巧みが見つかったような顔をして顔を覗かせた飛鳥の後ろに不安そうな渡辺の顔まで見えた。ご本人までいたらしい。
「悪いけど、これは返すよ」
言いながら、祐は翔太の手から封筒を受け取って、飛鳥の方へ差し出した。
中身を読むまでもない。
「中身も見ないで返すなんて、ひどくない?」
飛鳥が眉を顰める。その後ろで渡辺が泣きそうな顔をしていて、参ったなあと祐は思った。
読むだけでいいならいいけれど、それだけで済むわけじゃない。それで済むなら、読みもせず突っ返した時点で返事までつけたわけだ。
相手に気が強くて口うるさい飛鳥が加わっているのだから、好きな人はいるのか誰なのかどれくらい好きなのか根掘り葉掘り聞かれるのは必至で、そんな面倒な ことにはなりたくない。
「チョコも手紙も誕生日プレゼントも全部突っ返しなんて、そんなの人としてどうなのよ」
飛鳥が食ってかかってくる。
じゃあ、どうしろと言うんだと言いたくなる言葉を祐は飲み込んだ。
ありがとうなんて笑いながら言って陰で捨てていたほうが、よっぽど人としてどうかと思う。
「そんなやつ相手にしない方がいいよ」
そうしてくれた方がこっちも助かる。
手紙を取りにきてはくれないみたいだったので、祐は飛鳥の目の前まで歩いていくと、手を取って手紙を握らせた。
「ごめん、受け取れない」
飛鳥に頼まれたと翔太は言っていたのだから、飛鳥に返せばいいだろうと思った。正直、渡辺に直接返したら泣かれそうで困ると思った。
別に恨みがあるわけじゃないけれど、好きでもないやつと付き合うつもりはない。
「ちょっと!」
飛鳥があわてたように、返してこようとしたけれど、祐は身を翻すと図書室へ身体を滑らせてドアを閉め、ドアを背中で押さえた。
「祐ぅ」
目の前の翔太がまだ情けない顔をしていた。
「怒ってないよ」
祐が翔太に言うと、ぱあっと翔太の顔色が変わる。
こいつが好きだって言えたら、と祐は思った。そうすれば、飛鳥の詰問なんて怖くない。
廊下からは
「飛鳥ぁ」
と呼ぶか細い声が聞こえた。
「ちょっと、ここで待つしかないかな」
祐は翔太にぼやいた。
翔太がいて飛鳥を振り切れる自信はなかった。
「うん」
翔太がにこっと笑う。
状況が分かっているのかいないのか、けれど、翔太のその笑顔には癒されるものがあった。

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