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その笑顔の向こうに


廊下からバタバタと走る足音が近づいてくる。
そろそろ時間か?
そう思って佑(たすく)が腕時計を見ると、秒針がちょうど真上を指し、時間は五時ちょうどだった。
チャイムの音と同時に、大きな音を発てドアが開いた。
「佑っ、帰るぞ」
ドアに手をかけたまま大声で吼えるやつがいる。
図書室中に響き渡るような声に視線が集まっても本人は知らん顔だ。
佑も知らん顔をした。いわゆる無視ってやつだ。
「たすくー! 聞こえないのかぁ? 」
また吼えた。
それにも無視をして、祐はカウンターの中で図書カードの整理を始めた。
「いいのか? 」
同じ図書委員の大野がこそっと耳打ちをしてくる。
「ほっとけばいいさ」
さらっと答えて、佑は図書カードの整理を続けた。
「たすくー!」
と、三度目があって、それにも佑が無視をしたら、そいつはしおしおと鞄をぶら下げてカウンターまでやってきた。
「たすくぅ」
名前を呼びながらカウンターにへばりつく。クラスメートである翔太のトーンは十分の一以下に落ちていた。
佑はすくっと立つと、翔太の頭を撫でてやった。
「できるじゃないか。それでいいんだよ」
お褒めの言葉もかけてやった。
翔太をまるで犬みたいだなと祐は思う。無いはずの尻尾まで見えてくるような気がしてくる。しおっとしてた尻尾がぴんと立って、今わさわさと振られているだ ろう。
声をかけてやっただけで、どろんとしていた顔がぱっと明るくなる。これほど感情を素直に表に出すやつは少ないだろうとも思う。
「なんで、返事してくれないんだよぉ」
元気になって、出るのは文句だ。
「図書室じゃ、静かにしなきゃ返事しないって言っただろ」
静かに本を読むところなんだから、うるさいのは迷惑だ。
「そうだよ。だから、外から声かけたじゃん」
――――はぁ? 外から?
そういわれれば確かに翔太の身体は図書室の外だったかもしれない。
どうしても無駄なところに頭を使いたいらしい。確かに、図書室では静かにしろと言っただけだった。
「図書室の中に聞こえたら、意味ないだろ」
「そんなこと言わなかったじゃないか」
幼稚園児でもわかれよってことを翔太は主張してくる。
「そうだな。僕が悪かったよ」
まともに張り合うだけ損だ。こんなときは謝った方が疲れないですむ。翔太の後ろに借りるらしき本を持っているやつがいたから、こんなことはさっさと終えて 業務に戻らなきゃいけない。
「だから、向こうでもう少し待ってて」
佑は窓際の机を指差した。
「う……うん」
少し不満げな顔をしながら、すごすごと翔太はカウンターからどいた。

「あれで、学年一位って詐欺だよな」
後ろで大野がぼやく。
「記憶力は抜群だからな」
ついで言うなら思考力も。ただ使い方は絶対に間違っている。
「カンニングしてんじゃないかって噂ホントっすかね? 」
大野がひそひそと耳打ちしてくる。
お前、今言ったこと聞いてた? と思ったけれど。
「カンニングして、クラスで一番は取れないだろ」
祐は誰でも反論はできないだろうという答えをしてやった。予想通り、大野はぐっと詰まった顔をして、図書カードの整理に戻った。
図書委員の業務を終えて、翔太のところへ行くと、翔太は気がついているだろうに知らん顔をしてつまらなそうに窓の外を眺めていた。
声をかけてくるのを待ってるな、と佑は思った。そして、無視するつもりなんだろうと思う。
さっき無視したことを根に持っているらしい。目には目を、歯には歯をってやつだ。
そう簡単に仕返しをされたくはない。
佑は何も言わず、翔太の隣に座った。こうなったら持久戦だ。佑に負けない自信はあった。
校庭からは運動部の声が聞こえる。ついでに応援団の声も。野球部の応援らしく、選手の名前を連呼する。
かっ飛ばせ――――なんて言われてかっ飛ばせたらやっぱスターなんだろうなと思いながら佑は聞いていた。
窓の外は空気が紫色に見えた。西の空を見たら、きっと夕焼けがきれいなんだろうと思う。
不意に、翔太が佑の方を向いた。
「腹減った……」
その言葉を裏打ちするように、翔太のお腹がきゅんと悲しげな声をあげる。
佑は自然に顔が緩んでいた。憎めないやつだった。
「帰り、マック行くか? 」
「どこでもいいよぉ」
翔太は食べられるものなら何でもいいと言わんばかりの情けない顔をする。
「じゃあ、行くか」
佑が席を立つと、翔太も立ち上がった。

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