「
ドアをノックする音がした。
「はい」
返事をすると、達也はドアまで行き、開けた。
「やあ」
ドアの向こうには寛樹が立っていた。
「どうしたんだよ。他人行儀になっちゃって」
今まではまるで自分の部屋のように、ノックなんてせず、勝手に開けて入ってきたのに。
「や、なんとなくさ。ちょっといい?」
寛樹が視線を部屋の中へやる。
「どうぞ」
達也は寛樹がドアへ手をかけたのを見て、ドアから離れた。
「コーヒーでいいか?」
訊きながらキッチンへ行った。
「あ、ん、すぐ行くからいいよ」
「まあ、一杯くらい飲んでいけよ」
達也は水をやかんに入れて、コンロに火をつけた。
「合鍵返しにきただけだからさ」
そういえばそんなものもあったっけ、と達也は思った。
「あいつは?」
寛樹が聞いてくる。
それだけで誰だか分かってしまった。
「部屋にいると思うよ」
圭は特に何も言っていなかった。
「部屋にこないのか?」
「あんまりね」
「なんで?」
不思議そうな顔をして、寛樹はキッチンを覗きこんできた。
「節操がなくなりそうだから」
寮でもずっと一緒にいたら、会社という環境の中で四六時中一緒にいることになってしまう。
今、自分がどこにいて、何をするべきなのかを見失ってしまうかもしれないという不安はあった。
「じゃあ、どうしてんの?」
「週末はよく遊びに行くよ」
「どこへ?」
「ん、圭が弁当作ってくれるから、公園行ったりとか、市民センター行って卓球やったりとか」
大学へ行っていたとき圭はずっと自炊していたと言った。慎一郎の話からも、恵まれた学生だったとは思えない。
「はあ?」
「楽しいよ、卓球」
寛樹を見ると、呆れた顔をしていた。
「ずいぶん、健康的だな」
「今度一緒に行く?」
「いや、遠慮しとくよ」
寛樹は即答してきた。
断られたことに、達也は自分から言っておいてほっとした。
「時間を埋めている感じ、なんだ」
ぽっかり空いている時間の隙間が少しづつ埋まっていく感じがする。
「幸せ?」
寛樹の問いかけに、達也は少し胸が疼いた。
「ん……寛樹と付き合っているときも幸せだと思っていたよ」
それなりに楽しい日々だった。
「なんだ、実はお前俺に抱かれたいんだろ」
寛樹が笑う。
「ん。好きだったよ。寛樹に抱かれるの」
安心して体を預けられた。
「なんだ、不満なの? あいつに抱かれるの?」
「そういう訳じゃないよ……」
求めるものは違う。比べられることじゃない。
「あいつが許してくれるなら、俺はいつもOKだぜ」
寛樹が親指を上げる。それに、達也はかぶりを振った。
「もう、あいつを失いたくないから」
一番大切なものが分かった。
「お前だって、いるだろ。付き合っているやつ」
達也は続けた。
松浦と付き合いは続いているらしい。車で出かけるところを見かけたことがある。
「まあな。お前とは全然違うタイプなのがいいらしい」
「どういう意味だよ」
「分からなきゃいいさ」
寛樹が笑う。その先は聞いてはいけない気がした。
お湯が沸いた音に、コンロの火を止め、インスタントコーヒーをカップに入れると、お湯を注いだ。二つのカップを持って、寛樹に部屋へ戻るよう目線で促し
た。
ベッドの縁に腰掛けた寛樹にカップを一つ渡し、達也は寛樹の隣に腰を下ろした。
「久しぶりだね」
最後にこの部屋で過ごしたときは、日差しがきつかった。今は部屋に差し込む日差しが柔らかい。
「そうだな」
寛樹がカップを口元へ持っていき、喉をごくりと鳴らす。
別に避けているわけではないのに、会う回数ははるかに減った。
「お前、どうすんの? 四月から」
ふっと気が付いたように寛樹が訊いてくる。三月末までには寮を出なければいけない。
「圭と、一緒に住むことを考えてる」
達也は視線をカップに落とした。漆黒の液体がゆらっと波打っていた。
良いところが見つかったら移ろうかと、探してはいる。どこでも良いと思いながらも、まだ時間があると思うとわがままも出てくる。
「俺は誘ったときは嫌がったのに……」
ぽつっと寛樹が文句のように言った。
「ごめん」
寛樹には感謝することばかりだ。なのに、何も答えられることはない。
「まあ、仕方ないか。俺達は友達だからな。恋人ができたら、そっちを優先させても文句は言えないか」
寛樹がため息交じりに呟く。
友達?
今でもそう思ってくれている?
達也は心の中で呟いた。
気持ちが分かるのに、その気持ちには答えられない。だから、もう友達ではいられないと思っていた。
「そうだろ?」
訊き返されて、寛樹を見た。
「そうだよな」
寛樹に念を押されて達也は小さく頷いた。
「ん」
これからも、友達でいられる。そのことに達也は胸の奥が温かくなっていくことを感じた。
Fin