「ん……」
深く合わされて、舌を差し込まれた。入り込んできた舌が絡みつき、強く吸われる。貪るように、今まで縛り付けられていたものが解き放たれたように、体も絡 みついてくる。
足を絡めて、体を引っくり返されて、圭に組み敷かれた。
「後で文句言っても受け付けませんよ?」
圭が上から見下ろす。
「言わないよ」
達也は圭の首に腕を回した。
途端に降りてきた唇が唇を塞ぎ、それは、首筋を降りていく。手は浴衣の帯をとき身に付けているものを剥いでいき、露になった肌を撫でる。
ちょっと触れられただけで硬くなった胸の突起を圭の舌が転がす。
「んっ……、あ、」
湿った息が零れる。体はすぐに熱くなって、圭を欲しいと思った。快感を享受したい、上り詰めたいと思う気持ちが寛樹に抱かれているときとは違った。
ひとつになりたい。溶け合ってしまいたい。
「感じてくれてる?」
圭がもうすでに立ち上がって先走るものが濡らしているものをそっと握る。
「決まってる……だろ」
求めていたものはここにあったのだと分かる。窄まりを撫でられて、ひくつくのが自分でも分かった。
「だめだよね」
圭が呟く。
「なんで?」
「何も準備してない。あなたを傷つけたくない」
圭の指が優しく撫でる。
「あるよ。待って」
達也は布団を抜けると、部屋の隅においていた鞄に手をかけた。寛樹を受け入れるつもりでいたから、それなりの用意はしていた。
小さな容器を持って、達也は圭のところへ戻った。
「圭、手を出して」
言われた通り、圭が手を出す。達也は容器のキャップを開け、液体を圭の手に零した。
圭はしばらく自分の手を見ていたけれど、視線を達也へ戻し、もう片方の手を出した。その手に達也は容器を渡した。
「痛かったら、言ってくださいね」
言いながら、容器を脇に置くと、背中を抱えるようにして口付ける。圭に腕に預けた体は自然に、布団の上に寝かされた。
ねっとりと湿ったものが窄まりを撫でる。触れられるだけで体はすぐに熱くなる。
「んんっ……」
圭の指に合わせて、腰が動いてしまう。
「圭……」
見下ろす圭の頬に手で触れた。
欲しがっていた。今まで、寛樹に十分に解されてきたそこは、すぐにでも欲しいと言っていた。
中へ入ってきたものが内壁を探る。優しく触れられることに、体の奥の熱は膨れ上がっていく。
「圭……もう、いいから……」
自分から体を開いて、圭の背中へ手をかけた。
「まだ……だめだよ」
呟く唇が胸の突起に触れる。それだけで体は震えた。圭を受け入れることで痛みがあったとしても、じらされている今の辛さよりは良いように思えた。
「早く、欲しい。圭……」
待てなくて、早く欲しくて、でも、それをじらすように、体の内側を解すように指が動く。
ふっと動きが止まった。
圭が小さい呼吸を繰り返していた。
「圭?」
頭を撫でると、顔をあげる。
「本当に、僕でいいの?」
くぐもった声をだす。
「愛してるよ」
達也は圭の頭を抱きこんだ。
理由なんてなくて、どこからくる感情なのかも分からない。けれど、愛しくて、大切で、傍にいて欲しいと思う。
引き抜かれた指の代わりに、圧迫感を感じた。少しの痛みと異物感と、でも、それを上回る熱を体に感じた。
少しづつ、体を広げるように繋がっていく。それは、溶け合ってひとつになるように感じた。
「大丈夫?」
圭が心配そうな声を出し、頬を撫でる。
「ん」
頷きながら、達也は深く息を吐いた。
快楽だけじゃなく、体の奥から満たされていくものを感じた。



圭は静かな寝息を立てていた。
ずっと見ていても飽きないだろうな、と達也は思った。寝顔は無防備であどけなくて、触れたくて、抱きしめたくて、でも、そんなことしたら、きっと起きてし まうと 思うと、できずにいた。
突然、携帯の着メロが鳴り出して、達也はあわてて布団を出ると携帯の着信を取った。
「達也?」
寛樹の声だった。
「ん」
達也は圭がまだ寝ていることを確かめると、隣の部屋へ行き襖を閉めた。
「何か困ってることあるか?」
いつもの寛樹の声だった。
「何もないよ」
とりあえず思い浮かぶことはない。
「そっか……あいつ、どうしてる?」
仕掛けたのは自分の癖に心配してくれたらしい。
「ん、よく寝てるよ」
「そうか……期待通りだったか?」
寛樹の声が不安そうだった。
「……ん。幸せだよ、とても。自分の気持ちに素直になったら、一番大切なものが分かった気がする。ありがとう。寛樹のおかげだよ」
いつから寛樹はこんなことを考えていたのだろうと思う。少しも気づかなかった。
「お前。お人よしもほどほどにしとけよ。俺はお前を捨てたんだよ。分かってる?」
「ん。分かってる」
寛樹の優しさはいやというほど分かっていた。それには答えられなかった。それは少し辛いけれど、気持ちは一人にしか返せなくて、素直になることを寛樹も望 んでくれているのだろう、と思う。
「なら、いいよ。じゃあな」
「ん」
切れた携帯の鳴らす音が、いつもは冷たく感じるのに、優しく感じた。
携帯を持ったまま、襖を開けた。寝ていたと思っていた圭がむくっと顔を上げた。
「誰から?」
不安そうな顔をする。
「寛樹から」
そう言うと、圭が手を伸ばしてきたから、携帯を枕もとへ置くとそのまま腕の中へ滑りこんだ。
「なんて?」
耳元で囁きながら、背中へ回した腕で抱きしめてくる。
「困ったことはないかって」
好きにしろと言いながら、携帯の電源を切りながらも心配してくれていたのだと思うと、胸が少し痛む。きっと寛樹には分かっていたんだと思った。どちらかを 選べと言われたら、選べないことは。一度経験して後悔しているはずなのに、同じ過ちを繰り返してしまうのだろう。また後悔すると、分かっていながら。
けれど、もう迷わない。
「僕がいるよ」
そう囁きながら、圭がぎゅっと抱きしめてくる。
「ん」
達也も圭の背中へ腕を回した。
「本当に、村瀬さんとは体だけ?」
圭が疑問のように口にする。
「ん……軽蔑する? 体だけっていっても、戯れただけみたいなモンだけどね」
待っていてくれたのに、答えることはできなかった。
「……良かった」
「え?」
「体だけっていうようには見えなかった。だから、複雑だった。幸せにはなって欲しいと思うけど、あなたが誰かのものになってしまうのは、やっぱり、嫌だ」
圭が肩口に顔を埋める。
「圭」
圭の頭を抱えた。
「あなたのことを大切にしてるのかと思ったら、今日みたいなことするし、かと思えば心配してるような素振りを見せたり……村瀬さんってよく分からない」
圭がぼそっと呟く。
「寛樹は、あいつは、俺のことを俺自身より分かっていて、だから、今の俺に一番必要なものは何かを分かっていたんだよ」
「それって……」
圭が顔をあげる。
「俺には圭が必要だって、きっと、あいつは俺より分かっていたんだ」
「本当にいいの? 僕で」
圭が顔を覗き込む。
「圭がいなくても生きてはいけるけど、幸せだとは思えない。抱きしめたいと思うのは圭だけだ」
何も理由はなく、ただその存在が愛しく思える。
圭がほっとしたような顔をした。


「圭、ひとつだけ訊いていい?」
どうしても分からないことがひとつある。
「何?」
「祐太郎と圭、どっちがお前の本当の名前?」
圭がふっと笑った。
「そうだね。不思議だよね」
圭は小さくため息をついた。
「祐太郎はおばあさまがつけた名前なんだ。兄さんの名前もおばあさまがつけて、それでその時に二人目は自分達でつけたいって両親 が言ったら、その時はおばあさまは良いって言ったらしい。僕が生まれて、圭って名前をつけて、届けて、家に帰ったときに、おばあさまが僕の名前だって、祐 太郎って書いて張ってあったって。圭ってつけたって言っても、聞いてくれなかったって。そんな名前は認めないから、変えてこいって。そんなことできるわけ ないのに」
圭が視線をそらす。それは、自分ではどうにもできない頃のことだ。
「その上、僕は体が弱くて病院から帰ってきたその日に高熱だして、救急センターに運ばれたりとか、けっこう大変だったみたい。休みとか深夜とか、そんなと きに具合が悪くなるから、主治医は休日診療所の先生だったって、母さんは笑って言ってたけど、その時は笑えなかったんだろうなって思う。そんなこと全部名 前の所為にされて、おばあさまは僕のこと祐太郎って呼ぶし、家の中じゃ、圭って呼べない雰囲気があって、祐太郎って家では呼ばれてた。僕、小さい頃はみん な名前は二つあるんだって思ってたんだ。兄さんもきっと学校では違う名前で呼ばれているんだと思ったら違って、僕だけ違って、なんか、考えようによっちゃ 得なのかもしれないけど、そうは思えなかった」
人と違う――――そのことに不安はつきものかもしれない。
「圭?」
「ん」
「良かった。だって、お前がひとつの名前しか持っていなかったら、もう俺の前には現れなかったんだろ?」
「ん、そうだね」
「おばあさまに感謝かな」
「したくないけど」
圭がぎゅっと体を抱きしめる。
カーテン越しに空が明るくなってきているのが分かった。小鳥のさえずりも微かに聞こえてくる。
「明日帰るって言ったけど、もう一泊していく?」
圭の頭を撫でながら訊いた。
「一緒にいられるなら、どこでもいい」
「……そっか」
達也は圭の体を抱きこんだ。
一番大切なことを見失ってはいけないんだ。
忘れることはできないと思っていた遠い記憶を今腕の中で現実として抱きしめて、そう達也は思った。

「ずっと、傍にいて」
圭が体を絡めてくる。
「ああ、もう離さない」
温かい体温を感じながら、達也は圭の体を更にぎゅっと抱きしめた。

Fin



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