「どうすんの?」
寛樹が携帯を手の中で転がしながら訊いてくる。
「そんなの、分からないよ」
達也は頭はほとんど動かなくて、どうなっているのかよく分からなかった。
圭は祐太郎かもしれない?
「お前がその気になれば、すぐわかるだろ。携帯の番号聞けばいいんだから」
「じゃあ、なんで名前が違うんだよ」
だから、違うと思った。
「そんなの本人に聞けばすぐ分かるだろ。名前なんてそう簡単にごまかせるもんじゃないと思うけどな。で、どうすんの? もしあいつがそうだったら」
寛樹が見てくる。
「分からないよ」
また同じだ、と達也は思った。
あの時は慎一郎と祐太郎のどちらも大切だと思った。寛樹も大切な友達には変わりない。
圭を拒めたのは、圭は祐太郎じゃないと思ったからだ。追ってきたと言われたら、知らない顔なんて できない。
「でも、結論はでてるんだろ?」
「分からないって言ってるだろ」
「なんで? お前の望みが叶うんだろ? ずっと忘れられなかったんだろ?」
「だからって言って」
圭を選ぶということは寛樹と別れるということだ。慎一郎も言っていた。一人にしか答えられない。
「ああ、そうか」
抱かれるなら俺がいいんだ――――寛樹耳打ちする。
「そうだよ」
達也は半ばやけばちに答えた。
「いいよ」
寛樹がふっと笑う。
「あいつが認めてくれるなら、俺はいつだってOKだよ」
「そんなわけにはいかないよ」
「じゃあ、どうすんの?」
堂堂巡りだ。
人は何かを選びながら生きていく。それはレストランのメニューだったり、学校だったり、会社だったり……友達だったり。けれど、どちらかに決めないといけ な い時選べないと思うこともある。
「達也、悩む前に、確かめるのが先じゃないのか? まだ、時間あるから、もう一度かけてみるか」
寛樹が携帯の蓋を開ける。
「俺が自分で確かめるよ」
達也は寛樹の手にある携帯の蓋を閉じると、自分のポケットに入れた。
「もう少し、は無しだぜ」
「ああ、この週末に」
達也は自分も知りたいと思った。


圭の部屋のドアの前に立って、達也は自分の手元を見つめた。手には駅前のケーキ屋で買ったケーキが入っている箱を持っていた。圭の部屋へ行くきっかけが欲 しかっ た。
食べたくなって買ってきたけれど、誰もいなくて――――そんな理由は少し不自然かと思ったけれど、本当かどうかを確かめたりはしないだろう。
後は、ドアをノックすればいい。なのに、それをためらう。
――――留守なら
そんな考えが頭を掠めた。早く知りたいとは思う。けれど、知ることも怖い。週末のうちにと言ったのに、寛樹に今日のうちに聞いてこいと言われた。明日は休 みだから携帯を変えるかもしれないだろと言われて、反論はできなかった。急ぎの仕事はなかったから定時で退社した。
今、寛樹は達也の部屋にいる。あまりぐずぐずしていると、来るかもしれない。寛樹なら躊躇などせずはっきり言うだろう。それが良い時もあれば、悪い時もあ るだろう。名前が違うということは普通では考えられないから、他人に知られたくないこともあるかもしれない。
達也は小さく息を吐くと、ドアをノックした。
「はい」
ドアの向こうで答える声がした。

ドアから顔を出した圭は、不思議そうな顔をした。
「よかったら、食べない?」
達也は手に持っていたケーキの箱を圭の目の前に掲げた。
圭の不思議そうな顔が不安げな顔に変わる。
「あ……」
困ったような声を出した。
「忙しかったらいいんだけど、この間のコーヒーがもう一度飲みたくて」
笑顔を作って、これはわざとらしかったかな、と思ったけれど、もう後には引けなかった。
「あ……別に何も……」
しどろもどろに呟いた圭は、一旦顔を伏せ、すぐに顔をあげた。
「いいですよ。どうぞ」
ドアを開いて、達也を中へ促す。
「ごめんね、急に」
そう謝った達也に圭は
「いいえ」
と小さく呟いた。

部屋の中は前に来た時と変わりなかった。ただ、机の上のノートパソコンの横に携帯電話があった。
圭はキッチンに行ってお湯を沸かすと、窓際のサイドテーブルを部屋の真中へもってきて、その上に、皿とフォークを置いた。
「ごめんなさい。座布団とかないんですけど、適当に座ってください」
「あ、うん、気を使わないで」
達也の返事を聞いて、圭はキッチンへ戻る。
この間とはずいぶん態度が違うな、と達也は思った。あんな事があったのに、何でわざわざ来たのだろうと訝しがるのは当然と言えばそうなのだろうとも思う。
達也はテーブルの一方に腰を下ろして、箱をあけると、ケーキを皿の上に置いた。
戻ってきた圭がケーキを見て、一瞬はっとした顔をした。
「これ、美味しいんだよ。急に食べたくなって買ってきたんだけど、一人で食べるのは、なんか寂しいだろ?」
言っていてしらじらしいな、と達也は自分でも思った。けれど、美味しいのは確かだし、時々むしょうに食べたくなるときもある。モンブランは祐太郎が大好き なものだった。
「村瀬さんは?」
圭が怪訝そうな顔をする。
「部屋に行ってみたけど、まだ帰っていないみたいなんだ」
達也の部屋にいるのだから、今行っても部屋にはいない。物音はたてるなよ、と達也は心の中で思った。
「そうですか」
言いながら、圭がカップを置く。この間と同じ香ばしい香りがたちのぼった。
態度からあきらかに、歓迎されていないと分かる。
断られたのならもう用はないということなのかと思うと、少し寂しいと思った。でも、それは、圭が祐太郎ではなかった場合だ。もし、同じなら、食堂で携帯 電話にかけたとき、何かを感じているかもしれない。
名前をごまかして入社したとすれば、ただでは済まないだろう。だいたい、そんなことができるわけがない。
圭は達也の向かいに腰を下ろすと、ぼんやりケーキを見ていた。
「遠慮しないで、食べて」
圭に向かって言うと、達也は皿を手に取って、ケーキをフォークで切り一口、口に含んだ。程よいマロンクリームの甘さが口の中に広がった。
どうやって切り出そうと思う。携帯の番号さえ分かればいい。二台携帯を持っているとは思えない。
「携帯、どこの使ってる?」
達也が声をかけると、はっとしたように、圭が顔をあげた。
「え、なんで?」
圭が不安げな顔をする。
「机にあるのが目に止まって、なんかいいサービスのところがあったら、乗り換えたいって思ってるから、どこのを使っているのかな、と思って」
達也は適当な言葉を並べた。
よく言葉がでてくるもんだと、思った。どうやって携帯の番号を聞き出そうか考えても良い案は浮かばなかった。ストレートに聞けばいいだろと寛樹に言われて 追い出されたけれど、聞く理由が思いつかなかった。
「別に、いいとも悪いとも。小柴さんはどこですか?」
反対に問い掛けられた。
「あ、俺が使ってるのはこれ」
ポケットから携帯を取り出す。他人に聞くのならば、まず自分から出した方が相手も安心するだろうと思った。
手を出した圭に、達也は携帯を渡した。
「かっこいいですね。開けてみてもいいですか?」
「あ、うん」
アドレス帳には祐太郎の携帯番号が入っていると思ったけれど、まさか、開いたりはしないだろうと頷いた。
「……携帯の番号……教えてもらってもいいですか?」
圭が不安そうに顔をあげた。
それは……まずいんじゃないか。そう思うと達也は答えることをためらい、沈黙が流れた。
「……いいよ」
まずいかなと思いながらも達也は承諾した。
もし、圭が祐太郎ならあの時の携帯の着信を怪しんでいるかもしれない。自分だけが知ろうとするのは、卑怯な気がした。
「圭も、教えてくれる?」
かえって聞きやすくなったことは確かだった。
「あ、僕、今使ってるの古くて、買い換えようと思っているんです。だから、新しい携帯買ったら教えますね」
携帯を手で隠すように圭が答える。
寛樹の言うことは当たっていたかもしれないと達也は思った。明日だったら、確かめる術は無かったかもしれない。
けれど、はっきり拒絶されてしまっては同じだったかもしれない。
「買い換えるの?」
聞き返してみた。どこかで糸口を見つけなければいけない。
「ええ、大学に入ったときからずっと使っているんで、もう化石ですよ。よくもったなってホント思います」
「そうなんだ……」
それはごくもっともな理由だと思った。
「でも、そんなにすぐって訳じゃないだろ。契約だって残っていたりするんじゃないの?」
ものによっては解約料が必要な契約もある。三月や四月に契約したのなら、半端なはずだ。
「今月で切れるんです。だから、ちょうどいいし……」
本当に? そう思いながらも、契約書をだせとも言えない。
「そう」
仕方なく、達也は相槌をうった。
「プロフィール見てもいいですか?携帯の番号」
「あ、うん」
相槌をうって、どうしようと思いながら、達也はケーキとコーヒーを口へ運んだ。
圭は達也の携帯の画面を見ながら、自分の携帯に番号を打ち込んでいた。打ち終わると、蓋を折りたたんで達也に携帯を返し、自分の携帯をテーブルの上に置い た。
「ケーキ、食べないの?」
圭はケーキに手をつけていなかった。
「今はお腹が一杯で……後でいただきます」
「そう」
付け入る隙がなくて、早く食べて帰ってくれと言われているような気がした。
けれど、このままでは帰れない。
「もう一杯いい?」
達也は空になったカップを少し持ち上げた。
「あ、はい」
圭が戸惑った顔をする。それでも、達也からカップを受け取ると、キッチンへ入っていった。
手の届くところにある携帯を取り上げて見ることができないわけじゃない。でも、それを見られたら、もし、違ったときにどういい訳をしていいのか分からな い。
達也は携帯の音量を一番小さくすると、祐太郎の番号へ繋いだ。

思い通り、圭の携帯が鳴った。けれど、達也は携帯が鳴ったことよりも、聞こえるその曲に胸が熱くなった。
「あ……」
圭がキッチンで声をあげる。
達也は圭に見えないように自分の携帯を後ろへもっていくと、音量を少しづつあげた。
「圭、携帯が鳴ってる」
キッチンに向かって圭を呼びながら、これは自分が鳴らしているんだという確信はあった。
キッチンから出てきた圭が携帯をテーブルから取り上げて、固まった。
「俺のことは気にしなくていいよ」
声をかけても、圭は凍ったように動かなかった。
音が止まった。
『留守番サービスへお繋ぎします』
達也の携帯から感情のない声が流れる。
達也は携帯のラインを切ると、ラインを再び繋いだ。呼び出し音とともに、圭の携帯から音楽が流れる。
圭は携帯の蓋を開けると、電源を切った。
音楽は止まり、ラインが切れたを示す無機質な機械音が部屋に響く。
一度なら偶然かもしれない。けれど、それが三度続けば偶然では済まされない。
「着メロ古すぎるよ」
達也は呟いた。
それは、祐太郎が好きだというから、ちょうど近かった誕生日プレゼントにと、達也がプレゼントしたCDの曲だった。




着メロはよぞらのむこう

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