見詰め合っていた。それは、一秒か二秒か、三秒か。
「慎、変わったな」
会ったときは七年の歳月を感じないと思っていた。別れたときのままの慎一郎だと思っていた。なのに、口からでるのは本当に慎一郎なんだろうか、と思う言葉
ばかりだった。
「そりゃ、歳が経てば人も変わるだろ。社会にでれば、学生の頃みたいに甘ちゃんではいられないさ。自分の目的を果たすためにはどうしたらいいのか。お前は
少しでもそんなこと考えないの?」
自分の目的を果たすため?
そんなことを考えていたかは疑問だった。
会社の中の駒にしか過ぎない。大きな枠が自分を守ってくれている。
慎一郎が大きく息を吐いた。
「お前は変わらないね。そうやって、ずっとこの七年ゆうたろうのことを考えていたのか?」
「ずっと、じゃないよ」
心の奥底にはいつもいて、でも、それを忘れようとした。
「でも、ずっとなんだろ。じゃなきゃ、なんで今ごろ会いたいなんて言うんだよ」
「でも、遅かったんだね」
遅すぎた。
「もういいよ。明日家の方へ行って、おばさんから聞くよ」
慎一郎からしか聞けないわけじゃない。
「おまえってさあ――――……」
慎一郎がため息をついた。
「少しは疑うってこと知ったほうがいいよ」
呆れたように続ける。
疑う?
「それって、どういうことだよ」
「お前が花でも持って、家に行ったら、母さん卒倒するよ」
「え?」
「パニくって、どこへ行けばいいのかも分からないのに、新幹線に飛び乗りそうだ」
「どういうことだよ。分かんないよ」
「俺は、ゆうたろうはいないって言っただけだぜ」
いない――――そう確かに聞いた。
「お前が死にそうな顔するから、ちょっとからかいたくなっただけだよ」
からかう?
「じゃあ、ゆうたろうは?」
「いないよ」
「どういうことだよ」
「お前を追って行ったよ、四年前」
――――え?
「で、でも、ゆうたろうを外に出す気はなかったはずだし、それをゆうたろうは了解してたんじゃないのか?」
「そうだよ。そのことで親と衝突して、仕方なく折れた親が卒業したら戻るって約束させて、金も学費とアパート代しか出さなかったはずだ」
学費とアパート代だけ? じゃあ生活費はバイトでもしていたのだろうか。
「それにしても、今年卒業したはずだろ」
まさか、留年した?
「向こうで就職したらしい。俺はよく知らないよ。あいつの話を聞きたいとも思わないし、去年から親元からは離れているから」
「でも、卒業したら戻るって約束してたんだろ?」
そう慎一郎が言ったのはついさっきのことだ。
「そうなんだけど。子供が生まれて、男の子だったから、後継ぎができたって親も丸くなっちゃってさ。許したわけじゃないけど、黙認状態ってやつ」
「じゃあ、ゆうたろうは今どこにいるんだ?」
追ってきた? そんなことは知らない。
「だから、知らないって言っただろ。俺が知っているのは親に無理やり入れられた携帯の番号だけだよ」
「携帯の番号?」
「知りたいか?」
慎一郎が顔を覗きこむ。さっきの会話を思い出して達也は思わず顔が強張った。
「そんなに警戒するなよ。からかっただけだって言っただろ」
顔色だけで分かってしまう。長い間会っていなくても、付き合いの深さはそう簡単には消せない。
「携帯貸せよ」
慎一郎が手を出す。達也はポケットから携帯を出して、慎一郎に渡した。
携帯の蓋を開け、慎一郎は少し眺めていると操作し始める。
「女の名前、ひとつもないんだな」
ぽつんと呟いた。
付き合っていた女の番号は会社に入ったときに全部消した。また会いたいと思う女には残念ながら出会えなかった。聞かれても教えないことにしている。どうせ
本気になれない。そんな諦めた気持ちがあった。
慎一郎は自分も携帯を出すと、自分の携帯から拾った番号を達也の携帯に入れていた。途中で、ふっと慎一郎の手が止まり、達也を見る。
「何?」
「いや、なんでもない」
慎一郎は視線を達也の携帯に向けると、何かを打ち込んで携帯を達也へ返した。
受け取った携帯には名前と番号が表示されたままだった。
祐太郎――――そう書くんだと初めて知った。期待なんて初めから無かったはずなのに、改めて落胆している自分がいた。
「そんな顔するなよ」
慎一郎がぼやくように言う。
「え?」
顔を上げて慎一郎を見ると、反対に慎一郎が目を伏せた。
「お前、俺のこと恨んでる?」
「なぜ? そんなことないよ」
一番の友達だったのに恨むわけがない。
「俺は祐太郎が憎いよ。一番大切だったものをかっさらっていったんだから」
「……そんなこと言わないでくれよ」
達也はゆるくかぶりを振った。
なぜなのかは、自分でも分からない。可愛くて、笑顔も拗ねた顔もつまらなそうな顔も全部可愛くて、守ってやりたいと思った。なぜそんな感情を祐太郎に対し
て感じてしまうのか、理由はつけられない。
「お前が兄弟仲良くして欲しいって思っているのは分かるよ。でも無理だよ」
達也は顔を伏せるときゅっと目を閉じた。
可愛い祐太郎と、一番の友達だった慎一郎が自分のためにいがみ合うのは嫌だった。
「結局、お前は逃げて、祐太郎と俺には確執が残った」
逃げて――――そう思ってはいなかったけれど、言われればそうだったのかもしれない。自分は消えるから、いままでの仲の良い兄弟でいて欲しいと思った。
自分は兄に憧れていたくせに、一歩引いてしまったから、遠い存在のようで近づけなかったから、だから、祐太郎には自分と同じにはなって欲しくなかった。
「だいたい、お前と祐太郎が意気投合しちゃうなんて思わなかったし、お前の兄さんと俺じゃあ、レベル違いすぎ」
「そんなことないよ。慎は――――」
「そうやってお前が持ち上げるから、俺は影でやるしかなくって、結構大変だったんだ」
「慎」
「振り回すだけ振り回しておいて、さっさと逃げちゃって、残された俺達が表向きだけでも仲良くなんかできると思うか?」
「じゃあ、どうすれば良かった?」
あの時はどちらも選べなかった。今だって選ぶことなんてできない。
「決めるのはお前だ。だから、決めたことに文句言われても、そんなの放っておけばいいだろ。お前が決めたことの結果もお前に返ってくるんだから」
「そんな風に割り切れないよ」
「なら、割り切らなきゃいいだろ。他人にしろって言われたら、その通りできるのか? なら、言ってやるよ――――達也、俺のところへ帰ってこいよ」
最後の言葉は優しい声音を持っていた。
できない――――そう答えが返ってくるのを慎は待っているのだと、達也は思った。
性格も考え方も全て知られている。こう言えば、こう返してくるだろう、と信一郎の頭の中では計算してるだろう。その先に言われる言葉も決まっている。
慎一郎は返事を催促しなかった。グラスを手に取って水を一口飲むと、かたっと小さな音をたててグラスを置いた。
「達也、諦めろよ。お前は一人なんだから、一人に対してしか答えられないだろ」
「でも――――」
どうしても選べないこともある。
「一人を切り捨てれば二人は幸せになれるのに、これから先も、お前は周りにいるやつみんな不幸にしていけば気が済むのか?」
慎一郎の言葉に達也は答えられなかった。胸が熱くなって、痛いくらいに苦しく感じた。
「……それじゃいけないと思ったから、祐太郎に会いに来たんだ」
きっと祐太郎は自分のことなんか忘れているだろうと思った。誰か祐太郎の傍にいてくれる人がいて、祐太郎が幸せならば、自分は諦めるしかない。
「俺は、お前と祐太郎はうまくいっているんだと思っていた。祐太郎はこっちへ戻ってこないし、それは戻ったら親と衝突するのが分かってるからっていうのも
あると思ったけど、お前とうまくいったから戻ってくるつもりはないんだと思っていた。だから、就職もそっちで決めたんだと思ってたよ。俺に隠しておくこと
ができないと思ったお前が、言いに来たのかなと思ったのに、祐太郎はお前に会いに行かなかったんだ」
達也はゆっくり頷いた。
「知らなかったよ。祐太郎が家を出ていたこと」
親に反抗してまで、家を出るとは思っていなかった。家にいればそれだけで約束された将来がある。それを捨てるとは思わなかった。
「……あいつは、どこまでバカなんだろうな」
「そんなことないよ。祐太郎は――――」
「ばかだよ」
「慎!」
「あいつはお前の気持ちに全然気が付いてなかったんだから。あいつは俺とお前ができていると思っていた」
「え?」
祐太郎がそう思っていたとは知らなかった。
「それを否定しなかった俺もどうかと思うけど、気づかないあいつもどうかと思うよ」
「そんな話、いつ……」
「いつって言うより、ずっと、そう思ってたんだろうな。その仲を自分が壊したんだと思ったんだろ。今はどう思っているのか、何してるのか。お前のところへ
行かなかったのなら、他に好きなやつができたのかもしれないしな」
見えない針がちくっと心臓を刺す。
他に好きなやつが――――できて当たり前。そう思っていたくせに、言葉として聞いただけで痛みが走った。
「場所変えないか?」
突然慎一郎が続けた。
「え?」
一晩、慎一郎がそう言った先ほどの会話を思いだした。今からどこへ行くというのだろう。不安が頭を過ぎる。
「別に変なところへ行こうっていうんじゃないよ。会わせたい人がいるんだ」
慎一郎は伝票を持つと、立ち上がった。