駅の改札から人が溢れ出してくる。その中で、達也は一人の人物に目が止まった。
向こうも気がついて、こちらを見て軽く笑う。七年経っているはずなのに、それだけの年月を感じなかった。
「久しぶりだな」
少し見上げるところに顔がある。それも、以前とは変わらない。
「そうだね」
もう会うことはないかと思っていた。ゆうたろうに取り次いで欲しいだけだったけれど、その名前を出せなかった。取り留めの無い話をしているうちに会うこと
になっていた。会うことが少し怖かったけれど、それは、取り越し苦労だったようだった。
「どこ行く?」
慎一郎が聞いてくる。
「俺、よく分からないから」
七年の月日は街を変えた。
「じゃあ、俺の好きなとこでいい?」
「あ、うん」
促されるまま、達也は慎一郎に付いて行った。着いた先は小さなイタリアンレストランだった。
薄暗い店内は、各テーブルをろうそくの明かりが照らしていた。
「ごめん、突然。よかったのかな、呼び出して」
席についてすぐ達也は口にした。せっかくの休みだろう。家族との時間を取ってしまったことになる。
「いいさ。お前が俺に連絡してくることなんてないかと思っていたよ。同窓会だって、一回も出てきてないし」
「それは、色々あって……」
言葉がしどろもどろになる。
「まあ、いいさ。乾杯しようぜ」
食前酒にとったワインを慎一郎は手に持った。
「結婚、おめでとう」
達也はグラスを持つと、慎一郎のグラスにあわせた。かちゃっと小さな音がした。
「別に、おめでたくないけどな」
「そんなことないだろ」
達也が慎一郎を見ると、慎一郎が眉を寄せる。
「できちゃったからこれも運命なのかなって思ったけど、お前見たらちょっと決心が揺らぐかな」
達也の心臓がどくんと跳ねた。
「冗談だよ」
慎一郎はおどけたように言うと、笑って手に持っていたグラスを一気にあけた。
ゆうたろうに会うために来たんだろ。そう頭の片隅で囁く声がある。食事が終わってからでいいよ。そう自分に言い返すおよび腰の自分がいた。慎一郎の前で、
ゆ
うたろうの名前を出したくなかった。
「で、何?」
食事もほとんど終わり、昔話やら今のことやらの他愛も無い話が途切れたとき、慎一郎が言った。
「え?」
「懐かしくて会いに来たわけじゃないだろ」
慎一郎がまっすぐに見てくる。達也はその視線を避けるように顔を伏せた。
「いや……久しぶりに会えて嬉しかった」
中学から六年間、一番親しい友達だった。
「だから、それだけじゃないんだろ。ってか、何だよ言えよ」
喉まででているのに、たった一言がでてこない。言おうと思うのに、しーんと静まった体が思い通りに動かない。
「お前がそこまでためらうなんて、ひとつしかないよな」
慎一郎は大きく息を吐いた。
達也はごくりと生唾を飲み込んだ。
「ゆうたろうに……」
出た声は掠れていた。
「会いたいんだ」
自分で出した言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。
慎一郎が首を傾げ一瞬怪訝そうな顔をした。
「残念だったな」
乾いた声で答える。
――――え?
はっとして達也は顔を上げた。
「祐太郎は、いないよ。」
――――いない?
達也は慎一郎の言葉を口の中で繰り返した――――ゆうたろうはいない?
そんなはずはない。ゆうたろうは慎一郎と一緒に親の事業を引き継ぐことになっていたはずだ。家が大事だという慎一郎の祖母がゆうたろうを手放すはずはな
い。ゆうたろうも、それは分かっていたはずだ。不満はあっても、得るものを考えればそれを自ら捨てるとは思えない。
「どういうことだよ。ゆうたろうがどこかへ行くことは有りえないだろ」
「だから、そういうことだよ」
どこへ行ったわけでもなく、いない? まさか、存在自体が?
「嘘だろ?」
達也が慎一郎と見ると、慎一郎はふっと笑いグラスに手をかけ水を一口飲んだ。
「嘘じゃないよ。そんな顔しなくてもいいだろ。もう、お前は祐太郎と会うつもりは無かったんだろ。そのつもりでここを出ていったんだろ。祐太郎がどう
なっていても、お前には関係ないはずだろ」
慎一郎が穏やかな声で言う。
慎一郎の言う通りだった。達也は返す言葉がなくて、慎一郎を見つめた。ゆうたろうがいなくなるということを達也は考えていなかった。どうしても会いた
かったら、いつでも会いにくればいいと思っていた。
「会って、どうするつもりだったんだ?」
慎一郎が続けた。
「……何も、何も考えていなかった。捨てきれない気持ちをどうしたらいいのか分からなくて、ゆうたろうに会ったら分かるかもしれないと思ったんだ。今、ゆ
うたろうが幸せなら、それでいいと思ったんだ」
ちゃんと振られてこい、と寛樹は言った。行き場のない気持ちを整理するためには、現実と向かう合うしかないのだろう、と思った。
あの時ちゃんと向かい合うべきだったのかもしれない。けれど、そんなことが言えるのは今だからだ。あの時は初恋は実らないものだと、忘れていくものと思っ
ていた。
「ゆうたろうは? いつ? いったいどうして……」
「それを知ってどうするんだ」
どうするもなにも、もう何もできない。
「あ、だって、信じられないよ。ゆうたろうが……」
ゆうたろうが、もういない?
「あいつ、小さい頃は体弱くて、よく熱だして、救急車の世話にもよくなった。怪我も多くて、ただ幼稚園のホールでみんなと走っただけなのに、転んで口を
切ったり、額を切ったり、足の骨折ったり、だからさあ、俺なんか、元気なあいつの方が信じられないくらいだよ」
慎一郎が懐かしげに言う。
「元気だっただろっ」
自分の知っているゆうたろうは病気をしたとか、怪我をしたとかは聞いたことがない。
「四年前位前かな」
慎一郎が一旦言葉を止めた。
その先を聞きたくて、達也は慎一郎を見つめていた。
四年前?
「その先が知りたい?」
慎一郎がおどけた顔をする。
「当たり前だろっ。四年前何があったんだよ」
何も知らなかった。知っていたからと言ってどうすることもできなかったけれど、四年はあまりに遠い。
「じゃあ、一晩俺に付き合う?」
「え?」
「寝物語にゆっくり聞かせてやるよ」
「……何言ってるんだよ」
去年結婚したと聞いた。その相手を裏切っていいはずがない。
「ずるいじゃないか。あいつだけ」
「そのことは忘れるって言っただろ」
「俺は忘れて欲しいなら、とは言ったけど、忘れるとは言ってない……忘れられるわけないだろ」
「だからといっても、どうにもできないことだよ」
済んでしまった過去をいくら悔やんでも、戻りはしない。
「そんなの分かってるさ。だから前向きに考えてるだろ。あの時は痛がるお前に触れることしかできなかった。今は大丈夫だろ? あいつみたいな無茶はしな
い。
可愛がってやるよ」
「そんなことできるわけないだろ。お前は結婚してるんだし……」
「じゃあ、離婚すればいいのか?」
「そんなこと言ってないだろ」
話がかみ合わなくて、もどかしくなってくる。
「減るもんじゃなし、一回ぐらいいいだろ。どうせ、これが最後だろ? ゆうたろうがいないなら、もうお前が帰ってくる理由なんてないんだろ?」
「慎!」
「どうするのかは、お前次第だよ」
慎一郎は、ふっと口元を緩めた。