達也が自分の部屋のドアを開けると、ベッドの上で壁に背を預けていた寛樹と視線があった。
「どこに行ってたんだ」
寛樹が厳しい顔で聞いてくる。
「……その話は、今日帰ってから話すよ」
すぐに済む話だとは思えなかった。
圭の部屋を出るとき、不安そうな顔をしていた圭に、すぐ食堂へ行くからと言ってある。行かなければ、圭は心配するだろうと思った。
「それまで待てるわけないだろう」
寛樹の目が赤かった。寝ずに待っていたのかと思うと、胸が痛んだ。圭のところにいたと言うことをためらう気持ちがある。何もなかったとは言っても、一晩過 ごしたこと は変わりない。
「……あいつのところか?」
違うとは言えなかった。
「何してたんだよ!」
「何もしてないよ」
返した言葉に、寛樹は目を見開いた。
「何もしてないなら、帰ってくればいいだろっ!」
寛樹が吐き捨てるように言う。
達也は小さく息を吐いた。寛樹の納得がいく答えを出さなければ離してもらえないだろう、と思った。
「何もしていないのは本当だよ……好きだとは言われた」
隠しても分かってしまうだろう。先に言った方がきっと良い。
「それで?」
寛樹が先を促す。
「応えられないと言ったよ」
「なら、それで帰ってくればいいだろ」
「放っておけなかったんだ」
それは圭だったからかもしれない。震える背中をそのままにしておけなかった。
「なんでだよ。お前には関係ないだろ!」
「そう、思えなかったんだ」
「あいつが好きなのか?」
「違うよ。それは分かっているだろ」
「じゃあ、なんでなんだよ!」
「……ただ、放っておけなかったんだよ……」
好きだったゆうたろうにさえ、自分は何もできなかった。重ねて見ていることは確かだ。罪滅ぼしができるとは思わないけれど、その場を離れられなかったのは 理屈じゃない。
「達也」
寛樹の声音が急に穏やかなものに変わった。寛樹を見ると、呆れたような顔をしていた。
「寮をでないか?」
それは意外な言葉だった。
「え?」
「どうせ、あと一年も居られないんだ。ここを出て二人でアパートにでも住もう」
「それは……」
達也は寛樹と住むことを考えてはいなかった。体だけの関係がそう長く続くとは思っていなかった。寛樹が新しく恋人を見つけるまでの間、そう達也は思ってい た。
「場所はお前が決めればいい。俺は文句は言わないよ」
「……その話は、今日帰ってからでいいだろ。もう、用意して会社へ行かないと」
圭はどうしているだろう、達也はそれが気になった。
「お前が『うん』とさえ言えばいいよ。細かい話は後でも」
「……その話はもう少し考えた方がいいよ。今の関係がこのまま続くとは限ら――――」
「別れたいってそう言うのか!」
「そうじゃない。寛樹に恋人ができたら、困るだろ」
これほど続くとさえ思っていなかった。
「分かってるんだろ。俺の気持ち」
寛樹の言葉に達也は胸がぎゅっと締め付けられた。
「俺達は、気持ちは求めないはずだろ」
最初にそう決めたはずだった。
「お前がそれを望んだからだ。初めて会ったときから、俺はお前に惹かれていた」
「何言ってるんだよ。ちゃんといただろ、付き合っていたやつが」
「人の気持ちなんて変わるもんだよ。それくらい分かるだろ」
「だけど、俺はお前には――――」
「あいつのことが好きなのか?」
言葉を遮られ、問い掛けられて、達也は口を噤んだ。
「いや、あいつのことが好きだと言っても、俺は諦められないよ。お前は渡さない」
寛樹に見つめられて、体が強張った。
うすうす感じてはいたことだった。答えをもとめられないことに甘えていたのは確かだ。
「……そんなに熱くなるなよ。あいつにはちゃんと断ったんだから」
圭と付き合うことはない。それはきっとお互い傷つけあうだけだ。
「俺はお前の優しさが怖いんだよ。今回は本当に何もなかったんだろう。お前が嘘をついているとは思わないよ。だけど、次がないって言えないだろ? 放って おけなかった。そう言ってお前があいつに抱かれないって保証がどこにあるんだよ」
「そんなことにはならないよ」
かえって似ているからこそ、思いとどまることもある。今回もそうだ。
「俺、前に、お前の最初の相手はあいつに似ているやつの兄貴かって訊いたよな」
「ああ」
それは、圭が新入社員として始めてこの会社に来た時だった。
「お前はそう思ってもいいって言ったけど、違うんだろ?」
寛樹が厳しい視線を向けてくる。
「寛樹、その話は後でもいいだろ。帰ってくるのが待てないなら、昼休みでいいだろ」
朝にする話だとは思えなかった。いつもなら、朝食を終わって、もう少しで寮を出ようとする時間だ。
「歳を計算すれば、お前が高校三年だったとしても、相手は中学三年だから、それはないだろう、って思ったけれど、それは、間違いだったんだよな」
「寛樹、いいかげんにしてくれよ。そんなの今話すことじゃないだろ」
達也はクローゼットを開いた。朝食は会社に行く途中にでも何か見繕えばいいと思った。圭のことが気になった。
ハンガーを取ろうとした手を後ろから寛樹に捕まえられた。
「弟の方だったんだ。それで、忘れらないんだろ、今でも」
手を引かれ振り返った先で、強い意志をもった瞳に見下ろされて、達也は言葉がでなかった。
「当たりか」
寛樹がため息をつく。
「そうだよ。だからいいだろ。もう離してくれよ」
寛樹の手を振り切ろうとした。
「なんで、そんなに急いでるんだよ。まだ時間はたっぷりあるぞ」
「それはお前の場合だろ。圭が――――」
言いかけて、達也は、はっとした。
「圭が? いつ名前で呼ぶくらいに仲良くなったんだよ」
寛樹の声が尖って聞こえた。
「圭が、どうしたって?」
続けて訊かれて答えられなかった。
「あいつは、もう成人してるんだ。一人でも大丈夫だろ」
寛樹が口元を緩める。
達也は体から力が抜けた。もう、圭と過ごす時間は取れないのだろうと、思った。


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